第34話 文化祭
九月もあっという間に過ぎようという中、学校を一際にぎわせる行事と言えばと聞かれれば、普通の学生ならばみんな口をそろえて言うだろう。
文化祭。
涼しい風が、残暑を打ち消すように靡いていた。
「…じゃあ、この内容で今日から二日間、よろしくお願いします」
俺は、何をしているのかというと。
「はい。生徒会の皆さんも、ちゃんと楽しんでくださいね」
文化祭実行委員会が作った『文化祭運営要項』に目を通していた。端的に言え
ば、文化祭を盛り上げるために色々工夫を施してみました、というような内容だ。
俺は、同級生が書いたものには基本的に興味がないので、流し読みをして、ちゃ
んと見ましたよというような反応だけした。
文化祭実行委員たちが去る。
「朝早くからご苦労様だなあ、あいつら。まあ俺たちもなんだけど」
今この場にいる生徒会役員たち八人も、思うところは一緒だろう。ほとんどが内申点のために立候補した役員たちは、少しだけ後悔してそうだな。
「この書類も、ご丁寧にいろいろ書かれてるし」
「こういう内容は佳也子と拓斗がちゃんと読んでるから大丈夫だろ、とか思って
るでしょ」
「はぁっ!?」
「はい、図星」
生徒会役員だけになったのを皮切れに、佳也子が俺の怠惰をとがめる。
「ヒデ君って、派手なもの好きなくせに、こういう細かいものには全く振り向か
ないもんね。自分だけステージに立ってチヤホヤされるんでしょ?」
随分な言われようだな。
「ステージのはバンド好きのやつが誘ってくれたから行かなきゃいけねえだけだ
って」
「ほらそうやってチヤホヤアピールしてくる~。鮎川黒音のこともそんな風にはぐ
らかしてんでしょ! 私のことは適当に無視して…」
ああ、そっちか。
夏休みは、佳也子と一日も会っていなかった。誘いのメッセージも勉強中だとか親父の友人と会席に行くとかで何とか誤魔化していた。
「あんな黒髪で地味そうな女のどこがいいのよ」
「そんなんじゃねえって」
俺は真っ向から否定する。
「へぇ~」
なのに、信じてくれない。
一学期、黒音を呼んだときは「黒音ちゃ~ん」なんてわざとらしく大声で呼んでた
くせに、今となっては吐き捨てるように、彼女を無気質にフルネームで呼ぶ佳也子。
黒音との根の葉もない噂を「どうにかしなさいよ」と黒音には言われたものの、
どうにかできるものではないと思った。逆に、変に動いたら悪化しそうだから、ほ
ったらかしが一番の得策だ。
「またモテ男アピールかよ、うぜえ」
三田村が口を挟む。
「ああっ?」
間中のことを未だ許せないでいる俺は、今にも手が出そうだった。
「もっ、もう、止めなって三田村! ヒデ君も!」
暴力に発展しそうな展開に、佳也子は慌てて俺たちを止めようとする。それで
も、俺たちは睨み合ったままだった。
「やめとけ」
間に入るのは、小川拓斗。
「チッ…」
三田村は舌打ちを鳴らして、俺から離れた。
「はあ」
相手に聞こえるように大きなため息をついて、俺も三田村から離れる。
佳也子や、他の役員から止められても収まらない俺たちの怒りを、拓斗の、見えな
い凄みのようなものが圧倒して、いとも簡単に鎮めてしまう。きっと、それは日ご
ろからいっさいの我がままを言わずに築き上げた信頼がそうさせているのだろう。
俺も三田村も、どうも彼には逆らうことができない。
「『学内での暴力行為を見かけたら、文化祭実行委員会、もしくは生徒会、教師
に相談を』、この要項の第三条。俺たちが報告される側になったら立場ないだろ?」
拓斗はやっぱりちゃんと読んでたか。こういうの読まない者同士で小さなもめ合
いをしたことを心から恥じた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます