第33話 起きろよ

 「このまま…目覚めないのかな」


 病院の一室で、黒音はめずらしく弱気だった。


 「そんなことねえよ…」


 俺は、否定した。


 こいつは、そんなに軟弱な奴じゃない。


 バイトをして変わったのでもなく、俺たちに出会ったから変わったのでも決してな

い。


 こいつは最初から、粘り強くしぶとい男だった。


 「起きろよ…」


 親友の俺が、そう思ってんだから、証明して見せろよ。


 「おい…」


 この日、学校で三田村を掴んだように、次は別の目的で間中を掴みたかった。


 「ふざけんな…」


 朝の憤りが、夕方になった今でも残っている。悔しかった。こいつをこんな目に

あわせてしまった犯人を見つけることができなくて。


 「起きろって…」


 頭部と腕に巻かれた包帯、酸素マスク、心電図、片腕の点滴、彼についたそれらす

べてが当時の痛みの重さを語っているようで見ているこちらも痛々しくなってしまい

そうで、それがまた苦しかった。


 「起きろよっ!」


 「ちょっとっ!」


 同じ病室にいた患者と同じく見舞いに来た人たちが一斉に俺たちを見た。


 「あっ…すいません…」


 「気持ちは分かるけど、信じてるなら、静かに待ってあげようよ…」


 黒音が、涙声で、俺をなだめた。


 俺に乗せた手が、大きく震えていた。


 俺は乗せられた手をひっくり返して、黒音の手を、落ち着かせるように握り締め

た。

 その時だった。


 「んぁ…」


 「「っ…!?」」


 間抜けな声を合図に、俺と黒音はパッと、視線を移した。


 目が、開いた。


 「うぅ~」


 呻き声を、息と一緒に漏らす。


 「あっ…」


 意識が、戻ったみたいだ。


 目と目が完全に合ったことを、俺は確信した。


 「あっ! おっ、おい! 黒音! ナースコール!! ナースコール!!」


 「うっ、うるっさいわね!! 分かってるから黙れ!!」


 間中の、突然の目覚めに、感嘆の声を漏らさずにはいられなかった。


 再び、同じ病室にいた患者と同じく見舞いに来た人たちが一斉に俺たちを見た。






 間中の、目覚めてから初めての晩飯は、目の前に置かれた病院食だった。


 「いつごろ退院できそうなの? 再来週の文化祭までには間に合う?」


 黒音は、間中が目覚めた今も、心配そうに尋ねる。今日は珍しく素直だ。弱って

いる人間にはちゃんと優しくできるやつなんだな、と俺は感心してしまう。


 「黒音ちゃんが、このご飯を萌え声で色っぽくあーんしてくれたら今すぐにでも退

院できそうだなぁ~。なんつて!!」


 「黙って食え」


 「はい」


 前言撤回だ。




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