第30話 俺なんかよりも

 「きゃぁぁぁ!!!」


 悲鳴を上げる黒音。


 廃校になった校舎の屋上で、いつものように怪獣の時間が終わった俺は、転送さ

れた。


 全裸で。


 「お前なんでいんだよ!?」


 さっきの火災ですっかり全焼した衣類は帰ってこないのに、否応なくこのタイミン

グで生身の人間に戻される不条理。そして運悪くそれを目撃した黒髪の美少女。


 「あんたが戻ってくるのを待ってたのよ! そしたら…」


 彼女は、両手で両目を覆い隠しながら俺以上に恥ずかしく振舞う。


 「だからって、なんで今日なんだよ。 ツイてねえな…」


 「それ何とかしなさいよ!」


 黒音が、恥ずかしさを極めたのか、覆い隠せてない顔の一部を真っ赤にして、涙

声のような声音で叱責した。


 「いやいや、無理だろ! このまま校舎から出たら人間状態でも終わるって!」


 ていうか、恥ずかしいのも泣きたいのも、全部こっちなんだけどな。


 黒音にお金を立て替えてもらい、近くの洋服屋で簡素なポロシャツと安価なジーン

ズを買ってきてもらい、どうにかこうにか、帰ることができた。


 身近にお店がある都会でよかった。


 トランクスも買ってほしかったけど、同級生の女子に男性用の下着を買わせるのも

生々しい話だから、今日は仕方なくノーパンで帰ることにした。






 バイトの飲み会、というものに生まれて初めて来た。


 俺たち高校生は、お先を飲むことはできないが、料理がおいしい居酒屋なので、

酒が飲めない俺たちは退屈しない。


 「飲みまーす!」


 俺たちと同級生なのに、三田村はお酒を飲もうとしている。


 「こらこら」


 夜勤のシフトをメインにしている大学生の人から酒を取り上げられる。


 そんな光景を、遠くで見ていると、隣にいる店長が「馬鹿だな」と苦笑する。


 「お前とあいつが同じ学校の同級生だなんて、なんだか面白いな」


 「まあ、確かに、彼の方が明るいし人の機嫌を取るのがうまいですし、器用です

よね」


 店長の言いたいことは大体こういうところだろうと思い、俺は分かってますと言

わんばかりに先回りする。


 「俺は、ああいうやつは好きじゃない」


 一瞬、誰の声なのか、分からなかった。


 俺の、彼への羨望から自然と漏れてきた声だと勘違いしそうなほどに、唐突だっ

た。


 店長が、続ける。


 「ああいう、上辺だけで外面のいい奴は好きじゃないし、むしろ嫌いかもしれな

い。店長の立場でこんなことは言っちゃいけないんだろうけど、俺はハッキリと言っ

ておく」


 意外だった。


 仕事に対して積極的で、場を和ませるような冗談も言える店長なら、体育会系で

機転が利く三田村のことは好きだろうと思っていたから、俺はまるで夢を見ている

かのように現実味のない話を聞かされている気分だった。


 「俺は、お前のように、真面目で人のために動けるやつと一緒に働きたい」


 胸が熱くなった。


 鳥肌が立つ。


 三田村のことを気に入らないという内容ですら言葉が詰まるほど驚いていたの

に、俺のことをまさかそんな風に思っていてくれたことに、さらに動揺した。


 嬉しかった。


 ヒデ君や黒音ちゃん、三田村のような強い人間にはずっと届かないと思っていた俺

だが、仕事熱心で尊敬する店長の一言で、胸の中のそういうつっかえのようなもの

が、きれいに外れたように途轍もない解放感を感じ、救われた。心が自由になっ

た、とでも言うべきか。


 「そろそろあいつらの世話でもしようかな」


 店長がジョッキを持って立ち上がり、そのまま口数の多い人間の集まりへ移動し

た。






 「今日は、君の所に並びたかった」


 平日の夕方。


 夏休みの最終日。


 小川拓斗が、俺が担当するレジにやって来た。日比谷佳也子は、いない。


 テイクアウト用のプラスチックのコップにアイスコーヒーを入れて、ストローを

差し、彼に手渡しする。


 千円札を渡され、お釣りの小銭を渡す際に、小川拓斗は口を開いた。


 「オレンジジュース」


 「はっ?」


 小銭を取り出す手を止めて、視線を彼の方に、くいっと向ける。


 「ああ、追加?」


 レジのタッチスクリーンにあるオレンジジュースのパネルを押そうとする。


 「見たんだ」


「えっ?」


 押そうとする指を胸元に引っ込める。


「オレンジジュースをこぼした女の子に、新しいのを渡したところ」


約二週間前の、俺にしては随分思い切ったマネを思い出す。あれを見られていたの

か、少し恥ずかしいな。何を言われるのだろう、と体が強張り身構えてしまう。


「いいと思った。君の方が」


「俺の方が…?」


先日の店長にも同じようなことを言われたので、つい三田村のあのアホ面を思い出

す。


しかし、小川の言うところの比較対象は三田村ではなかった。


「君は誰にも相談を仰がず指示されることなく、そのまま自分の意志で歩き出した。あの忙しい店内にも関わらず、君は君の意思に従った。場の空気ばっか読んでる俺なんかよりも、ずっとヒーローだった」


「ヒーロー…!?」


今となっては敵として認識してしまう単語を突然耳にして驚きの声を上げる。慌てて

口を噤む。俺が事実を知っていたらヒデ君のことを彼に勘づかれてしまう。


 まさか、あの天才生徒会長をも言葉巧みにコントロールするこの男が…。


「じゃあ、忙しそうだから。お釣りもらってすぐ帰るね」


ヒデ君にも負けないくらいのルックスで優美な笑みを見せた後、飄々と店を出て行

った。





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