第29話 名誉挽回

 日曜日。


 夏休みで、学校は平日も休みになるから、日曜日への感謝みたいなものはなくなるけど、怪獣としてヒーローに襲撃されるのは変わらない。


 家族の目を忍んで歩く街並み。黒光りする皮膚の感覚は、妙に久しぶりだ。


 「今日も見れるぞ」


 「またこいつやられるんだろうな」


 「ははっ、何を当たり前なことを」


 若者から中年まで、俺の姿をじろじろ見て、ヒーローにぼこぼこにやれれる姿を

期待している。


 「もうよくね? こいつらのことなんて」


 「最近面白くなくなった」


 「ヒーローもなんか嘘くせえし」


 「やっぱり演技みたいなもんじゃないの? 芸能人とか動画配信者の芝居みたい

な」


 一方で、俺たちのやり取りを飽きたり芝居だと疑ったりする人間も増えてきた。俺

は芸能人のような、とても大きな流行のど真ん中にいるんだなと改めて感じた。


 そして、肝心なヒーローが、なかなか来ない。


 あちらにも、プライベートとか、予定があったりして忙しいのだろうか。もしそう

ならば、俺にとっては好都合だが。


 それからは、いくら待ってもヒーローは来なかった。


 俺はまた、あいつの神経を逆撫でするようなことをしただろうか。心配になっ

た。


 あてもなく街を歩いていると、衝撃的な光景を目にしてしまった。


 それは、とても遠い場所からよく目にするような光景なのに、いざ自分の目の前

に現れると怖気づいてしまうくらいに心が揺れ動いた。


 火災。


 二階建ての一軒家の一階は、大きな炎で埋め尽くされており、その炎からは黒々

とした煙が出てくる。


 非日常を求めるようにぎっしりと集まるギャラリーと、現場からある地点までの立

ち入りを禁止するために立ちはだかる男たち。


 消防隊が駆けつけており、焼け付く家屋の中から夫婦と思しき若い男女が出てき

て、ホッと安堵の息を漏らす部外者が数人。


 しかし。

 「待って! まだあの子があの中にいるの! お願い! 離して!」



 「危ないので子供は私たちに任せてください!」


 「嫌よ! 私の命はどうでもいいから、あの子だけは!!」


 家の中に再び飛び出したそうにする女性を、消防隊員が力強く押さえつける。


 女性は、へたり込んでいた。


 そして。


 家の一部が、爆発した。


 家の中の何かが引火して、爆発したようにも思える。


 消防隊員は、なかなか近づけないでいた。


 「早く行ってくれよ!」


 「何やってんだ」


 「使えないなあ」


 関係のないギャラリーたちが、勝手な同情を夫婦に送り、勝手な非難を消防隊に

浴びせる。


 お前たちには、関係ないのに。


 そうだ。俺にだって関係のないことだ。


でも、目を背けて離れたかったのに、聞こえてきた声と、今のこの身体が俺をそうさ

せない。


俺は、走り出した。


「君!」


立ち入り禁止のテープを突き破って、駆け抜けた。


家の中に、燃え盛る炎の中に、突撃した。


熱かった。


息苦しかった。


来ていた服が全焼し、頭部や手足だけでなく、全身が真っ黒の姿になる。


でも、怪獣となったこの肉体は、耐熱性も耐ガス性もあったようで、生身の人間な

ら悶え苦しんでいただろうこの炎とガスは、同級生と殴り合いの喧嘩をするくらい

の可愛いダメージ程度にしか感じなかった。


「えっ…」


二階に通じる階段の前の炎。その前に立ち尽くす消防隊員。


「俺は、熱くないから、任せてほしい」


俺の言葉ではなく、俺の姿に圧倒されたのか、若い消防隊員は、俺に道を譲った。


階段を駆け上がり、部屋のドアを開けて。


 見つけた。


 小学生くらいの、小さな女の子が泣いていた。


 今起こっている状況を把握してパニックになれるほどの年齢。四年生くらいだろう

か。


 その子が、今度は俺の侵入にも戦慄する。


 それでも、俺は、彼女を抱きかかえる。


 「嫌だ! 死にたくない!」


 その子の部屋と思しきこの場所には、窓があるから、それを全開にして、


 「目えつぶっとけよ!」


 飛び降りた。


 着地は、俺の背中で。


 痛いけど、黒音のために落ちた校舎ほどではない。


 すぐに立ち上がる。


 人の気配はなかった。どうやら、玄関側とは逆の方の庭へ落ちたみたいだ。



 よし、とりあえず救助成功だ。それはいいのだが。


 俺は、その後のことを考えた。


 もし、このまま、俺がギャラリーの前に現れたら、ヒーローはどんな顔をするだ

ろうか。怪獣を傷つけるだけのヒーローよりも、ヒーローらしいことをしたら、あ

いつの立場はないのではないだろうか。


 「お、お前…」


 声に、敏感に反応して、パッとその方向を見ると、ヒーローが目の前に立ち尽く

していた。俺は、よかったと、思った。


 「よお…」


 えらく気の抜けた声だと、自分でも分かった。


 「お前、この子を連れて、歩けるか?」


 「なんでだよ…!?」


 ヒーローは訳が分からないといった顔で俺を睨んだ。きっと、この憎たらしい怪

獣に活躍を奪われたような気持ちもあったと思う。


 「俺、上から落ちたんだけど、打ちどころ悪かったみたいで、歩くのもきついんだ

わ。だから、お前が連れてってくれ」


 この女の子を自分たちの手柄のように扱うのが、本当に申し訳なかった。


 「いい気になるなよ…」


 憎まれ口をたたきながらもヒーローは快諾し、女の子と一緒に玄関前の人だかり

を目指した。


 これでいい。これで、よかったんだ。


 名誉挽回、なんかしなくてもいい。


 どうせ、来年で終わりなんだ。俺も、ヒーローも。


 俺から遠ざかりながらも、何度も振り返る女の子の顔を見ると、後悔の念のよう

なものが俺の胸を緩やかに締め付けた。





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