第28話 仲間

 「間中って、いい奴だよな」


 「急に何よ? 気持ち悪い」


 土曜日。


 例の思念具現化因子(長いので以下、思念因子と略す)の話を再確認するために

集まった。


 間中と黒音、三人で集まるつもりだが、いまだ間中は来ず、黒音と二人。


 学校で変な噂が立っているから、二人きりになるのは何となく気まずかった。な

ので俺は不自然に会話を振る。


 「いや、あいつ早く来ないかなあって、思って、それであいつのこと思い出して、

なんとなく」


 俺は言い訳をこぼす。


 「ああ、そういうこと? …うん。確かに、あいつはいい奴よね。アホだけど」


 黒音も同意見だ。


 「ああ、アホなところはあるよな。意地っ張りなところはあるけど、どっかビビり

で…」


 「そうそう!」


 二人して間中のことを思い出して笑う。


 「一緒にいて退屈しねえよな」


 「うん。たまにセクハラ発言してきてキモいけど、あいつはいい奴。私もそう思

う」


 「俺が、怪獣になって初めてヒーローから逃げ切ったとき、その喜びを誰かに共

有したくて、すぐにあいつの顔が思い浮かんだんだ」


 俺は、あの日の喜びを思い出しながら言う。


 「もちろん、身近な人間であの時に俺のことを知ってるのはあいつだけだったって

のもあるけど。とにかく、あいつは話しやすいんだよ。今でも怪獣の相談とか、スマ

ホでやってるし」


 「私もっ!」


 黒音も嬉々とした面持ちで同調する。


 「私も、あいつとたまに相談してる。あいつ、私の以外にもネットの配信よく見

てるから、意外と説得力があって鋭い意見が言える。アホのくせに」


 照れ隠しからか、「意外と」や「アホのくせに」と、マイナスな言葉を敢えて加え

ているように見える黒音。


 「この浴衣だって、あいつに相談して…」


 黒音は、今身にまとっている浴衣の袖を摘まみながらそこに目を落とす。


 今日の集いは、学校の近くの河川敷で開かれる花火大会を楽しむことも兼ねてい

る。


 『怪獣問題と試験ばっかりじゃなくて、進展も大事だから』と声から伝わる意味

ありげな言葉。間中からの提案。


 「あんたのことも…」


 「ん? なんて?」


 「何でもない!!」


 怒りからか、急に赤く染めた頬をした彼女は、大声で俺を怒鳴った。


 「なんでキレてんだよ…」


 「…ていうか! あのアホ間中遅い!! 何分待たせんのよ!」


 「ごめーん! はあっ、はあっ、お待たせ」


 間中が、遅れてやって来た。


 「遅い!」


 「ホントにごめん。ところで黒音ちゃん、…いいじゃん」


 間中が、黒音の浴衣姿を下から舐めるように見て、高評価を下す。彼女は、「気持

ち悪い」と言ってまた耳たぶでも引っ張るんだろうな。


 しかし、黒音は、意外と素直に、


 「ありがとう」


 とだけ呟いた。


 「たぶん喜んでるぜ、彼も」


 「…うん」


 間中の様子が変だが、いつも冗談ばかり言う性格からしてこれは正常か。それよ

り、黒音の方は、何かに緊張しているような態度で、少し心配だった。


 「お前ら、そんなに仲良しだったっけ?」


 俺の疑問を合図に、二人して大きなため息を吐いて、肩をがっくりと落とした。


 「ヒデ君って、意外とおバカさんなんだね…」


 「なんでだよ!」


 「あんたってやっぱり無神経なのね」


 「やっぱりぃ!?」


 俺の反応を面白がるように、二人は目を合わせてクスクスと笑う。


 意味は分からなかったが、とにかく楽しかった。


 俺のことを、こんなにからかってくれるのは初めてだった。強さや勝ち負けを重

視する堅い家族でも、勝手に持ち上げられて機嫌を取ってくるクラスメートでもな

い、まったく新しい関係。


 『週末怪獣』という事故が、この二人に出会うきっかけを作ってくれた。


 『思念具現化因子は後天的に発動しないだろう。つまり、週末怪獣になった後、

いくら理想を持ったとしても、それはまず具現化しないということだ』


 おっさん、もとい河田博士はそういった。


 『週末怪獣』になってからは、いくら願っても、その状態には変化できない。


 だから、目の前のこいつらがもし、何かに巻き込まれても、彼らを助けられる力

が欲しい、なんて思っても、具現化しない。




 『俺は、醜くなりたい。そして誰よりも弱くて、誰よりも努力しなければ誰にも

勝てないような雑魚になりたい。そして、そんな理不尽に負けないくらい打たれ強

くなりたい』


 『本当の努力を、俺に教えてください』




 その気持ちは、神を名乗る男から血を分けてもらって五年間、そう思い続けた末

に手に入れた醜く弱い姿。


 そして、目の前の、大切な仲間。


 もし、後天的に思念を具現化できるとするならば。


 俺は、この二人と、ずっと一緒にいたい。


 「うおっ! 花火が上がった!」


 「きれい…」


 河川敷の空いている場所へ歩き出す二人。


 俺もまた、二人と同じ方向に歩み始めた。






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