第24話 意地

 夏休みは、地獄のような気分だった。


 平日だろうが土日だろうが、お構いなしに客数が多くなり、心休まる瞬間がなく

なってしまうからだ。


 今もこうして、火曜日なのに昼間には多数の人間たちが集まってくる。最悪だ。


 そして、さらに最悪なことがあって、それが…


 「あれって確か、間中でしょ。陰キャのくせにバイトしてんだけど」

 俺が立っているレジとはまた隣のレジで、三田村が接客している相手。



 「知ってるんだ。あんなの」

 「うん、二年の時のクラスが一緒だったから、一応ね。にしても、相変わらず気

持ち悪そう」


 俺のことを面白そうに一瞥するのは、生徒会の副会長、日比谷佳也子。三田村と

仲がいいのもきっと生徒会繋がりだろう。まためんどくさそうなのがやって来たな。


 「拓斗はどーする?」


 三田村がまた慣れた口調で話しかけるのは、同じく生徒会の書記、小川拓斗。


 「俺は、アイスのカフェオレで」


 俺は、日比谷佳也子と三田村のような、表向きにはしゃぎ、堂々と静かな人間を侮

辱するタイプは苦手だが、小川拓斗のような、三田村やヒデ君のような気の強い相

手をたやすくコントロールできるような人間はもっと苦手だ。


 それでいて、俺のような根暗な人間には無干渉で全く興味のないところも、なん

となく不気味だ。


 「あんた、お釣り間違ってるわよ!」


 「あっ…すいません!」


 「ちゃんとしてよね」


 もう一つ隣のレジで、喝を入れられるスタッフ。

 「何あれ?」


 日比谷佳也子が笑う。


 「間中の同類だろ? あいつも見てて面白いポンコツだぜ」



 三田村がニヤニヤしながら自分の嘲笑対象を得意げに語る。

「も」ってなんだ。俺は、根暗で不器用な部分だけを見られて、あいつと一緒にさ

れている。


山木海斗(やまきかいと)。



彼もきっと思っているだろう。一緒にされたくないと。趣味だって今までの経験だっ

て好きな音楽だって違うだろうに、ただ口数が少なくて不器用なだけで、同類扱い

されてしまうのが納得いかない。


 俺だって、三田村も日比谷佳也子も同じ部類だ。あんな勢いと暴力とルックスで

他人を評価するような奴ら、俺から見れば、一括りにしてしまってもいいくらいだ。


 「山木、ちゃんろしろ」


 店長に喝を入れられる山木。


 「はい」


 どこか納得のいかないような顔をして、うなだれる。忙しくて仕方がないと思える

が、間違えたのは自分なんだから、素直に自分の落ち度を認めろ。


 こんなやつと、俺は同じにされているのか。


悔しい。俺だって、もっとやれるのに。


 俺は、ヒデ君と黒音ちゃんからどう思われているんだろう。たまたま事情を知って

いる俺。俺じゃなくても別によかっただろう。


もっと言えば、こんな役立たずなんかじゃなくて、もっと器用に人とコミュニケー

ションが取れる、小川拓斗のような男こそ、ヒデ君たちの事情を知るべきだ、と自

虐的にもそう感じてしまう。


俺は、認められていないんだ。二人にも、そして、この職場でも。


背景だ。


周りから認められる存在を飾るための、飾りになるかどうかも分からないような地

味な背景として、俺はこれからも生きていくんだ。


こんな小さな問題を、ヒデ君にも黒音ちゃんにも言えない。きっと俺の悩みなんて

強い二人には真面目に取り合ってくれない。自分で解決するしかないんだ。


これは、意地でもある。二人に近づきたいけど、近づきたいと思っている時点で彼ら

よりも自分は下だということを無意識に認めてしまっていることから、目を背きた

いだけだ。


それでもいい、好きなだけ強がってやる。


 だから俺は、夏休みは週に五日間、一日五時間以上のシフトで働くことにした。


 でもそれは、ちょっとだけ後悔している。


 やっぱり家で、ゲームしてたい。


 テーブル席でくつろぐ日比谷佳也子と小川拓斗を、羨ましそうに眺めた。

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