第23話 おっさん
「ここは、私の家、兼お父さんの研究所」
そして、この急展開である。
俺の正体を知る少女と、壁と床に張り巡らされた白いタイルと用途の分からない
道具たち、いかにもな雰囲気のあるこの研究所から、次の展開は、サルでも分かる
だろう。
「おやおや、君が『怪獣』の男の子か」
「はあ…」
「これ、私のお父さん」
娘から「これ」呼ばわりされた父親は怒ることなくそのままじっと俺のことを見
たままだ。
白髪も禿げた部分もないきれいな黒髪を、整髪料できっちりと額を見せるように前髪を上げている。研究者というより、ベテランの営業マンのような見た目だ。
顔は、どこかで見たような気がするが、気のせいか。
彼女の父親は、きっと知っている。娘が知っているのだから、知ってて当然か、と
思い直す。
俺の体質のことを。
『週末怪獣』として全く知らない人間から追い回され、全く知らない人間から笑
われる悲劇も。
「あんたが、知っていることをすべて教えてほしい」
俺は、単刀直入にそういった。
この残りの九ヶ月間を快適に生き抜く方法を。
間中に会って、黒音に会って、本当の仲間ができたような気がした。趣味も思考も違う三人が、学校の垣根を越えて、気を遣うことも遣われることもなく、自由でいら
れるのが本当に素晴らしいと思えた。
だからこそ、週末に怯えながら、残りの高校生活を過ごすのは、本当に嫌だ。
俺の事情を知っているなら、俺の想いもこの男に届いてほしい。
「…いいよ。君も苦労してんだね、なんとなくわかるよ」
「ありがとう、…ございます」
俺は、深く頭を下げた。自分の父親に謝るときくらいしかこんなに頭を下げないの
に。
「その代わり…」
彼は、提案する。どっかの誰かさんが、前によく言っていたようなセリフだ。
「その代わり…?」
「かわいい女の子紹介してよ!」
「はあ!?」
「だってヒデオ君、もてるでしょ! こんなにかっこよくて勉強も運動もでき
て、もてる要素満載じゃん! もてるために生まれてきたんでしょ!?」
「また始まったよ、このクソ親父」
お手上げムード全開の娘のため息で、彼の人格がなんとなく分かった。
「で、なんで私なの?」
すっかり日が落ちた時間に、わざわざこんなところまで呼び出された鮎川黒音は、
怒っていた。
「いや、お前は俺の事情を知ってるし」
「はあ? ふざけんな。なんでこんな気持ち悪そうなおっさんに紹介すんのよ」
娘はともかく、黒音は初対面なのに堂々と失言できるのか。
「ひどいなぁ、おじさん泣いちゃうかも」
そうやってわざとらしくおどける、気持ち悪いおっさん。
「それに…、かわいい女の子って言って、なんで私なのよ…」
黒音は、急に改まったように顔をそらす。
「何言ってんだ?」
俺は、彼女の言っている意味が分からなかった。だって。
「お前、普通に可愛いだろ?」
黒音の頬が微かにひくひくと歪んだ。
「別に、そんなんじゃない!」
彼女は、声を荒げて否定した。
「なんでキレるんだよ」
俺は、何が何だかもうさっぱり分からなかった。
「お姉ちゃん可愛い…」
トイレから戻ってきた娘が、帰ってきて黒音を見ると、まるで完成度の高い芸術品
でも見るかのように目を丸くしていた。
「あら、あなたは…娘さん? ありがとね。あなたも随分かわいいわ」
黒音は、にっこりと笑った。さっきの俺とは真逆の対応だな。
「お姉さんにそんなこと言われたら照れちゃうなぁ…。私、河田千里(かわたちさと)、よろしくねっ!」
こちらも、俺とは真逆の対応だな。
ていうか、俺も初めて聞いたぞ、この子の名前。
「いいじゃないの? 若いって」
「うるせえな、おっさん」
「えっ!? 君もそんな感じぃ!? …、まあいいや」
おじさん、もとい河田博士は気を取り直して、
「じゃあ、約束だし、説明しようか。君が置かれている事態についてを」
『怪獣』と『ヒーロー』についてを語り始めた。
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