第22話 自慢話
平日も、休日も忙しいこの俺、ヒデオにも平等に訪れるもの。
夏休み。
勉強に追われ生徒会の活動に追われ、ヒーローに追われ、目まぐるしくて早く終
われと思った一学期。
それも、ようやく今日をもって幕を閉じる。
この後の予定は、特にない。生徒会の用事も勉強もすることなく、久しぶりに家でのんびりしていようか。課題はどうせ模試の問題以下だから余裕だろ、とかいうと
黒音と間中に睨まれそうだな。
その彼らも、バイトや配信やらできっとがんばっているだろう。特別な予定でも
立てなければなかなか会えないか。
終業式がようやく終わったので、教室で課題の配布をされる。案の定、みんなが
苦しむ数学も英語も俺には余裕の問題だ。
終業式は幸運にも火曜日で、ヒーローに絡まれることはないが、懸念点があると
すればただ一つ。
教室を出る時が、勝負だった。
一組から、飛び出してくる生徒たちの中に、いる。
佳也子が。
俺は、逃げるようにして、教室、そして廊下を飛び出し、学校の敷地から急いで離
脱した。
こんなに逃げることはないだろうに、とは思うが、暑い中、相手の想いを裏切り
ながら作り笑いをして相手の話を聞いてあげる余裕は俺にはなかった。
こんなところ、黒音に見られたら怒られるだろうな。逃げるな、だの、責任を取
れ、だのまた喝を入れられるんだろうな。
そういえば、彼女に関する風評被害が俺の元にも来ている。
俺が黒音を呼び出したことが、一組の人間から広まったらしく、佳也子という存
在がいながらとか、浮気だとか言われるようになってしまった。付き合ってねえよ、
誰とも。
ある意味、怪獣ネタ以上に勘弁してほしい事態だ。
俺はと言えば、自分で言いたくないのだが、やはり女子からは告白されたりする
ことが年に数回はある。
生徒会室の前に待ち伏せされたり、夏休みに呼び出されてそのまま近所の夏祭り
に一緒に行ったりと、女子にはいくらか縁があった。
自慢話だ、と昔から友人にため息を吐かれたり嫉妬されたものだが、こっちはた
だ事実を言っているだけなのにな。主観と客観は違うってやつか。はあ、こっちがた
め息だわ。
「ねえ、タピオカいこ~」
「ぎゃはは、今日もガンガン飲もうぜ」
若者から、
「はい、では失礼いたします」
「何時にお伺いすればよろしいでしょうか」
大人まで。
道行く人間たちの声が、重なり重なって大きな喧騒になる。
駅前の大きな通り。都会育ちの俺にとっては、今やこれが当たり前の景色で何の
感慨もないが、田舎で育ってきた人にとっては憧れになるのだろうか。
「ないものねだり、ってやつだな」
独り言が、寂しく大気に埋もれて、やがて消えた。
「あーっ!!」
声の集合体とは独立したような大声が耳障りで、正直うるさかった。
見覚えのない小さな女の子、小学四年生くらいだろうか。
「やーっと会えた!」
うるさいなあ。
最近の子供は、随分ませているらしく、小学生の時分にはすでに恋人がいる子供
が増えているらしい。拓斗が言ってたから間違いない。
ノースリーブのシャツに短パンをまとったこの小学生も、相手に会えた興奮が収
まらないのだろう。緑色のふちに、飴色をしたレンズのゴーグルみたいな何かをして
いる。あれも最近の流行りだろうか。
「ふっ、子供だな…」
「ねえ! あんた『怪獣』さんでしょ!?」
…
「はあっ!?」
さっきから無関係の人間にも聞こえよがしに、うるさいなと思っていたが、彼女
は俺に聞こえるように声を張っていたらしい。
そんでもって、関係大ありな内容を口にして、
「あんた分かりやすっ!」
小学生にも見透かされるくらいの反応だったみたいだ。
「お前、いきなりなんだよ?」
突然のことで驚いたので、とりあえず率直な疑問を相手にぶつけてみた。
「俺になんか用かよ?」
「うん」
「知らない人とお喋りしないって、小学校で習わなかったか?」
「小学生じゃねえし!!」
「声でけえから」
さっきからこの小学生、いや自称非小学生が声を張るたびに集める視線が痛い
し、勘弁してほしかった。
「私は、こう見えても中学二年生ですぅ~。身長は小さいけど、こういう体型の方
が案外需要があるのよ」
「ホントかよ」
話がそれている気がしたが、こういう年下をからかうのは案外悪くなかったの
で、このまま続けることにした。
「ホントだっつの。あとはお胸がもう少しあれば、男の子にだって、振り向いて
もらえる、はずなんです…」
「ないものねだり、ってやつだな」
「うっせえバカ!!!」
「だから声でけえって!!」
このガキは、他人から見ても自慢話にはならないだろうな。
絶対に。
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