第16話 黒い音

 土曜日。

 

暗い部屋の中で、私は、何をする気にもならなかった。


 私は、週末が好きで、しかし嫌いだ。


 短絡的な理由ならば、学校に縛られることなく家の中で好きなだけ配信をするこ

とができると考えられる。


 でも、それをさせない両親が、家の中にいるということが、前者の恩恵を台無しにする。


 「黒音。降りてきなさい」


 父親のうるさい声。


 特に用事なんてないくせに。自由にさせてほしいのに。ネットの世界が古い人間

の自分にとっては未知の世界だから怖くてたまらないのだろう、あの小心者は。だか

らいつまで経っても他人にこき使われる立場なんだよ。


 直接そう言えないのが、もどかしくて苛立つ。


そんな私も大概、小心者だ。たかがよく分からない人間に中傷されただけでここま

で精神を消耗している。


それに、助けてくれようとしてくれる、仲間として私のことを迎えてくれようとしてくれる人間の手を叩き落した。


最低だ。


突然、息が詰まった。


等間隔に詰まる息は、次第にうめき声になり、「うっ、うっ」と息を漏らし、


涙を流した。


 薄暗い闇の中で、自分が何をしたいのか分からなかった。


 ただ、泣いた。


 「助けて…」


 閉ざされた部屋の中で、自己満足のように声を漏らす。


 「助けて…、助けて…。助けてよ!」


 吐き出した声は、一瞬で消えてしまった。


 私の元には、もう助けなんか来ない。私の声は誰にも届かない。


 まさに、黒い音だ。黒くて魅力のない、誰にも気にかけられない声音。



 突然、音が鳴った。


 誰かの声じゃない、機械が何かを通知する音。


 タイムラインが主流ではなく、相手との会話をするのに特化したSNSの着信

音。


 『明日の八時三十分。あの屋上で』


 相手に承諾もなしに予定を決めてしまう一方的な内容。それに怒りを持つ余裕は

ないほどに私は安堵した。


 送り主は、もちろん…。


 もう一度、音が鳴る。


 『遅刻厳禁な』


 「うるさいな…」


 そう返信してやりたかったのに、嬉しさが私にそうさせなかった。


 私と送り主、二人のトークルームにスタンプを一つだけ、張り付けた。




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