第17話 ブレス
「おんまえさあ! 遅刻厳禁ってあれほど…」
翌日、日曜日。
八時五十七分。
屋上にたどり着いた私は、まずは叱責された。
私は、クスッと笑った。
こうして直接関わる以前の、遠くから見ていた生徒会長は、ここまで取り乱す人
間だとは思ってなかったので、それがとてもおかしくて面白かった。
「相変わらずムカつくなあ、お前」
「ごめん」
この間、あんな態度をとったことを思い出し、慌てて謝ってしまう。
いつもの調子になれない。それを、彼に指摘されるのが怖かった、そっとしてほしかった。
「まあいいや…」
私は胸をなでおろした。しかし、ホッと一息はつけなかった。
「時間ねえから手短に話すぞ」
彼は、スマートフォンの画面を開く。
「九時になったら何かあるの?」
「いいから聞けって」
目の前で焦る彼。エリート生徒会長で『ヒーロー』の貫禄なんかない。むしろな
んだか近しいように感じる。
「何?」
低血圧で実はすごく重たい瞼をこすりながら、彼の手短な話に耳を傾けた。
「俺は、ヒーローなんかじゃない」
きっぱりとしたその声に、私の眠気はあっさりとどこかへ消えていった。
「どういうこと…?」
ヒーローじゃない。
わからなかった。この屋上から、木にさえぎられることもなくそのままグラウン
ドの堅い土に叩きつけられた彼が、どうしてこの期に及んでそんな下らない嘘をつく
のだろうか。
「だから、そのままの意味だ」
「だって、あなたは」
「お前、意外と鈍いんだな」
「はあ? ふざけんな…。…あっ」
私は気付いた。
鈍い、なんて言われたけど、そんなことを言われる筋合いがあるのか。だって、そ
んなもの、誰だって普通は『ヒーローの方』だって思うじゃないか。
「やっと気づいたか」
スマホの画面に再び目を落とした。
私も、自分の腕時計に目を落とし、九時〇〇分を確認する。
「えっ…」
視線を戻すと、目の前に彼の姿はなかった。
「俺は…」
代わりにあったのは、変わり果てた彼の…。
ヒーローは、気が立っていた。
前回の欠席と、前々回の怪獣討伐失敗を随分と気にしているようだ。マスクを覆
っている顔は意外と分かりやすいらしい。
「お前だけは、絶対に許さねえ! ぶっ殺す!」
「それはどちらかと言えば俺のセリフだろ!」
街の大きな通り。コンクリートの代わりに無数のレンガが敷き詰められた公園
は、公園と称されているが、砂利がないとやっぱり公園って感じがしない、などと場
違いに思いながら背を向けて逃走する。
人通りが多いという理由以上に、俺への怒りから光線銃を使わずに、素手で俺の
ことを痛めつけようとする。
「いったっ!」
開けた通りで曲がり角をくねくねと曲がれなかった俺は、容易に追いつかれ、そ
のまま蹴り飛ばされた。
「いいぞ! ヒーロー!」
「これを待ってたんだ!」
「怪獣なんか、ぶっ飛ばせぇ!」
「最近いいことないけど、こういうの見るとストレス解消だよな~」
世間からの、いつもの、あれ。
慣れっこだったそれも、蹴られた痛みも、二週間ぶりだと、妙に痛く感じる。
それ以上に、緊張があった。
今日は、闘うと決めたことによる緊張。その前に、あることを表明しようとする
緊張。
いやらしく、ゆっくり歩いてくるヒーローを尻目に、俺は素早く立ち上がり、敵
の方を向く。
その敵の背後に目をやり、見つける。
俺は大きく、それはとても大きく息を吐いた。
大げさに、はたから見たらそれは馬鹿みたいに、背中をエビのようにそらしてかき
食らった大気を、次は背中を前に屈めて一気に吐き出す。
「なんだ、火でも吐くのか」
「気持ち悪い…」
「ブレス攻撃なんて卑怯だぞ」
ブレスじゃない。いや、ブレスか。
「鮎川ぁ!!」
俺は、届けたい思いを大きな息(ブレス)に乗せて、放った。
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