第15話 大バカ野郎

 彼女は苦しんでいた。

 

いまや数千人と稼いできた視聴者の中の、たった一つの心無いコメントに。


 正直、俺はファンなんてものを獲得したことがないから、彼女の気持ちは微塵も

わからない。


 「どうすれば、いいかな?」


 先ほどまで強気にふるまっていたクロート、もとい黒音は本題に移ると同時に弱

気になっていく。


 「どうすれば、だれにもこんなことを言われなくて済むかな?」


 俺は、彼女に誤解されている。


 生身の状態で校舎の屋上から飛び降りても無傷だったヒーロー。自身を知るすべ

ての人間から親しまれ時には敬愛される存在。


 …違う。


 俺は、怪獣だ。


 存在を視認されただけで周りからは嫌な顔をされて、ヒーローに傷つけられる姿

を期待される、ただの憎まれ役だ。


 おまけに、自分の決めたことを絶対に曲げたくないくせに、学校での自分の立場

が脅かされるのを恐れる卑怯者だ。


 「知らねえよ」


 だから、俺は言わせてもらう。


 ヒーローなんかではなく、自分のエゴで動く身勝手な生徒会長として。


 他人から指図されることを嫌う英雄(ひでお)として。


 「そんなこと、俺がどうこう言えるもんじゃねえし。そういうのはお前が考える

べきじゃねえの? ていうか、そんなやつ、放っとけばいいじゃねえか。そんなこ

とを言うやつは、どうせ大した奴じゃねえんだから」


 「…どうせ、そうね」


 黒音は、笑った。自分をあざけるように。


 そして、俺を睨みつける。


 「どうせあんたには分かんないわよ! いい家に生まれて学校に好まれる才能を

すべて持ち合わせて。きっと努力だってしてきたんだと思うけど、あんたと私じゃス

タート地点が違いすぎる! そんなに大きくない会社で上の人間に頭下げるのが日課

の父親の元で育てられ、好きな趣味のことも馬鹿にされ、親も教師も古臭い思考で

私の夢を否定して、…あんたに何がわかんの!? 私が唯一胸を張れたネットの世

界でも名を挙げて、得意分野を奪っておいて…」


 黒音は、立ち上がった。店を出るつもりだ。


 「おい、待てよ」


 「うるさいっ!!」


 伸ばした俺の手を、叩き落とす。


 痛かった。


 「ごめん。俺も帰るわ、そろそろバイトだし」


 「おい…」


 「ヒデ君は、周りの誰から見ても強い。頭の悪い俺にだってわかる。今だって怪獣

に対する逆境にも逃げることなく立ち向かってるし、昔だって、生まれとか才能だけ

じゃなくてそういうのを乗り越えた努力があったからこそ、今の学校の立場がある

んだと思う。でも、みんながみんな、ヒデ君みたいには強く思えないよ…」


 間中も席を立ち、そのまま歩いて帰った。


 痛かった。


 心が。


 黒音にも、間中にも、がっかりされたことが、何かを失ってしまったようで胸が

締め付けられるように、痛かった。


 俺の主観で、彼女を勇気づけるどころか、傷つけてしまった。


 自己中の卑怯者だと開き直れば、何を言っても許されるとでも思っていたのだろうか。


 俺は、大バカ野郎だ。





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