第14話 由来
同じような毎日だ。
昼間は課題をしてこなかっただけで教師から叱責されて、周りから浮いているだ
けで誰も相手にしてくれない。
だから、私の方から見限ったのだ。こんなくだらない奴ら。適当にうんとかはい
とか言ってやればそれで済む。
夜だけが、週末だけが、私が私らしくあることができる、限られた時間なのだ。
それなのに。
『お前、気持ち悪い。目立ちたいだけなんじゃないの?』
雪の上を転がる雪玉のように少しずつ膨れ上がったフォロワー数。その数千人の
中のたった一人から言われた言葉が、小さくも十分に違和感を感じられるほどのし
こりのように、私の胸中をむしばんでいた。
金曜日。
俺は、クロートを探し始めた。
俺の弱みを握った間中といい、会う約束をするのなら自分の所在とか連絡先とか
を前もって教えるべきではないのか。これでは、各クラスを巡って探さなければいけ
ないじゃないか。
「黒髪なんて、いっぱいいるだろ?」
全校生徒の人脈を持つと名高い生徒会書記の拓斗も、特定できなかった。いや、黒
髪、だけではわからないか。俺は、美人だと言うのが悔しいけどむず痒い気持ちに
なって、絶対に余計な口を挟まない拓斗にすら、どうも正直に言えなかった。
というわけで、教室中を巡る。
一つだけ注意事項。
佳也子のクラスには最後に立ち寄る。
遭遇したら、「ヒデ君の方から会いに来てくれるなんて」と無駄に胸をときめか
せるのを阻止するためだ。
だから、クロートがその他の教室にいてくれることを願いながら、廊下を練り歩
いた。
俺がいる二組から、六組の教室を一つずつ見ていく。
佳也子のクラスは一組。
佳也子のクラスにいないことを願っている、とは言ったものの、こんなにクラス
があるのなら被るはずがないだろう。
三組、四組、五組、と順番にドアや窓の解放された教室を見やり、彼女を探す。道
すがら、
「ヒデじゃん」
「ヒデくーん」
「よお」
などと声を掛けてくる生徒たちを上手に相手して、目的を何とかごまかしながら彼
女を探す。
五組の教室を覗くと間中と目が合う。「ご苦労様だな」と、ニヤリと細めた目が
言っていた。ムカつく。お前も協力しろよ。
まあ、五組まで到達して、彼女がいないのなら六組にいるだろう。考えうる最悪
の結末を頭の隅まで追いやって、武者震いのように強引に落ち着き払う。
大丈夫だろ。
六組の開放された窓を見る。
黒髪。黒髪。美人。女子の中では背が高い。
端正な顔立ち。
白い肌。
違う、違う、違う。
「ヒデ君から会いに来てくれるなんて、うれしいなぁ…」
クロートと同じ教室にいた佳也子が、胸をときめかせた。
あっという間に金曜日の放課後。
俺は、間中と、そしてクロートと駅前のカフェで落ち合った。
「急にあんたが教室に来るもんだから驚いた」
クロートは、俺が教室に訪ねて来たことを思い返し、痛感する。
「いや、あらかじめ連絡先とか教えろっつの。おかげであらぬ疑いをかけられた
ぞ、俺もお前も」
「それは悪かったってば」
「…もう! 俺の方が先にクロートちゃんのこと知ってたのにぃ~。あっ、どうも
初めまして、クロートちゃんのファンです間中です、どうかごひいきに…」
「ああ、どうも」
「それだけ!? ええ!? リアルだとこんな感じなのか…」
間中は、彼女に一寸の興味も持たれていなかった。間中は、少しだけがっかりす
る。
ああそうだ。ゲームも歌も上手な文字通り玄人で、見た目もあんなに可愛いだとか
SNSで天使だとか言われようが、根は冷たい女なんだ。
「じゃあ一つだけ」
クロートは、しょうがないといった感じで付け加える。
「私の名前は鮎川黒音(あゆかわくろね)。学校とかでクロートなんて言わないで。今日、あんたがクロートなんて言ったらしいからひやひやしたわ」
今度は俺の方を見やる。
んならあらかじめ本名名乗っとけや。
「ああ、そうか!」と、大好きなネット活動者に会えて相変わらず興奮気味の間
中。
「黒音。本来の読み方はクロネだけど、『音』の部分をそのまま『オト』と発音し
たら『クロート』、なんだな!」
「そうよ」
「ああ! そうだったのか~! てっきり、ゲームとか歌がうまいから『玄人』に
由来するものだと思ってた。おまけに、き、きき、きれいな見た目だから、その、
夜の方も玄人なのかなぁと、ああ…、なんつって…」
「こいつ気持ち悪いんだけど」
クロート、もとい黒音が顔を歪ませた。
「間中、ちょっと黙ってろ」
「はい、すいません」
ところで、『クロート』という名前は、俺も『玄人』から来るものだと思ってい
たが、細かいことにもこだわりそうな彼女は、案外安直なネーミングをするんだ
な。俺は微笑ましく思った。
「クロートさん、って子、いる?」
先日、その声を合図に飛び上がる黒音は、認めたくないが可愛かった。
「くろおと? …ああ、クロネちゃんね」
俺の口から他の女の名前を出した時の佳也子の一瞬だけ見えたあの女の汚い部分
を頭部に集中させたみたいな顔がすごく怖かったのもセットで覚えている。
「クロネちゃーん!」と、そんなに仲良しでもないだろうに自分の飼い猫でも呼ぶ
ような甘い声で黒音を呼ぶことにも戦慄した。
「ていうか、自分のことを『玄人』なんて思って付ける奴なんて、あんたくらいしかいないでしょ?」
「どういう意味だよ」
「まあいいわ。それより、本題に移りましょう。ヒーローさん」
「この前、朝っぱらから半泣きで懇願してきたようには思えないくらいデカい態
度だな」
「うっさい。それより、聞いてよ」
手元にあるアイスコーヒーをストローで吸い取りながら、この毒舌自己中女の相
談とやらを黙って聞いてやることにした。
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