第13話 お願い
「へえ、来なかったんだ」
通学時間、ヒーローが来なかったことを間中に話した。
「どう思う? お前的に?」
俺は、その理由を自分の中で考えを張り巡らせるだけでは落ち着かなかったの
で、他人の意見を聞いてみた。
「うーん。急にどうって言われても…、そうだな、俺が聞いた話の中で考えられる
としたら、前の週でヒデ君に逃げられたことが相当ショックだったとか」
「だよな…」
俺も、そうではないだろうかと推測していたが、間中も同じ考えだったか。そう
すると、ヒーローは意外とメンタル面の方はタフなタイプじゃなく、むしろ折れや
すい性格なのかもしれない。
しかし、俺の顔はまだ曇っていた。
「…じゃないよな」
間中が言う。
「はあ?」
俺は、こいつが何を言いたいのかわからなかった。
「ヒデ君。これだけじゃないよな」
「これだけじゃないって、なんだよ。ていうか、お前の質問の仕方、って相手に核
心を言わせるみたいでムカつくんだが」
「そうか?」
「そうだよ。言いてえことあるなら、はっきり言えっつの」
「じゃあ、はっきり言うけどさ…。あれ? あれだろ? ヒデ君の悩み。多分」
間中が、急に俺の視線から外れた場所を指さす。つられてそちらのように目をやる
と、いた。
俺を高い場所から地面にたたきつけた女が。
「クロート…」
「ああ! やっぱり! ヒデ君、クロートちゃんのことになると、なんか複雑な
顔つきになるんだよな! って、まじ? あの子が…」
「ああ。間違いない。てか、本人が、そう言ってたし」
「ええっ! ヒデ君、いつの間に! 俺のほうが遥か先に彼女のことを知ってた
のにぃ~! ちぇっ、…まあ、ヒデ君なら譲ってやってもいいよ」
「なんだよ、譲る、って」
そんなくだらないやり取りをしながらクロートをもう一度見ると、彼女は先ほど
立っている場所にはいなかった。
その代わり、俺たちに接近していた。手を伸ばせば触れられる距離に、黒髪の美
人は、いた。
「あんたに、お願いがあるんだけど」
昨日の毒を含んだ言い方ではなく、何かをもったいぶったような顔でお願いをし
てきた。
「なんだよ?」
俺は、尋ね返す。
「人気が出る方法を教えてください!」
背中に到達する黒髪をなびかせて、彼女は体を前に曲げて、深く頭を下げた。
「おいおいおい! 何の真似だよ。頭上げろって」
突拍子もない事態に、俺は動揺した。俺はこの女に何度動揺させられればいいの
だ。
彼女は、頭を上げない。そのまま続ける。
「ヒーローのあなたに、教えてほしいの。どうやったら嫌われないか、とかも…」
彼女は、ようやく頭を上げた。
「そんなの、わかんねえよ」
朝日に照らされ、そして顔を紅潮させた彼女は、最高だった。
硬派できれいな顔だとは思っていたが、今の、この瞬間だけは、か弱くてかわい
いと思ってしまった。
「お願い…」
彼女は、もう一度、深々と頭を下げた。
「…、ああもう! わかったよ! 教えられる限りのことは教えてやるよ!」
俺は、彼女の思いに根負けした。
「ありがとう」
次は、うれしさからパッと素早く頭を上げた彼女。
優美に笑う黒髪女は、何物をも凌ぐ輝きがあった。
実は怪獣でした、という誤解をとけないまま、俺は他人の相談に乗るというなかな
か難しい問題に直面することとなった。
彼女は、去る。
そういえば、俺たちのやり取りを意外にも口を挟まず静観していた間中は、もし
かしたら事情を察したのかもしれない。
週末怪獣の俺を、ヒーローだと勘違いしたクロート。
勘違いされたまま、彼女に、いま大人気のヒーローとして人気とは何たるかを教
えなければいけないという試練。
抱えている悩みはこれだけじゃないだろ、と先ほど見抜いた間中は、もしかしたら
ここで察しがついているかもしれない。
意外と、勘の鋭い男だろう。
「えっ、…ってことは、ヒデ君…」
「ああ、俺はいま、彼女にヒーローだって誤解されて…」
「ヒーローなのか!?」
「んなわけねえだろっ!!」
前言撤回。
こいつはアホだ。
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