第8話 美人

 「おーい」

 

朝から快活な声音で走り寄って来たのは、間中。


 初めて会った時と比べて、すっかり懐いてきたものだが、学校では自分の立場を

気にして近づいてこない。


「おはよ」


 俺は、応じる。


 「昨日は上手くやったみたいだな! ヒデ君!」


 「ああ。急に電話して悪かったな」



 「いやいや、どうせ暇だったからな。にしても、努力のたまものだな」


 「…まあな。光線銃を撃たれまくった甲斐あったよ」


 昨日の逃走劇をあらためて祝福してくれる。ヒデ君という愛称で俺のことを呼ぶ

ようになったこいつは、今ではすっかり友人関係になっている。


 「その光線銃って、痛えの?」


 「あれは、かなりくるぜ…。つーか月曜日にそんな話すんじゃねえ!」


 二人そろって笑う。


 「あっ…、俺はそろそろ」


一緒に通学路を歩くが、同じ制服の人間が見えたところで、俺の先を歩き始める。


「一緒に歩けばいいのに」


あいつは、俺に迷惑をかけると、いつもこうして人目を避けて俺に関わる。


誰が明るいとか、強いとか、友達が多いとか。あいつが根暗とか、面白くないと

か、友達が少ないとか。


そんなつまらない価値基準で人付き合いを選ばなきゃいけないなんて、これだから

スクールカーストってやつは…。かく言う俺もまた、それに囚われているのだけど。


間中が俺に復讐だと言って、週末怪獣の弱みを握ってきたのも、学校での立場による

ものだったし。週の大半、一日の大半を過ごす空間に仲間がいないのは確かに辛い

ものがあるかもしれない。


小さくなっていく彼の背中を見ながら、頼まれてもないのに勝手に哀れんだ。






 放課後。


 今日は、生徒会の集まりにより、ちょっと居残りだ。


 「ヒデ」


 定例会議を行う教室へ足を進めると、その道中で書記の小川拓斗と合流した。


 「よう、拓斗か」


 「今日の議題は十月にある学園祭、だったよな。また去年みたいに見回りすんの

かねぇ」


 拓斗は、気だるげというよりはむしろのんびりとした口調で、俺に話を振った。


 「まあな。うちは大人しい奴がいる分、やんちゃ坊主も多い学校だからな」


 「俺だって女の子たちと回りてえっつの。めんどくせえな」


 冗談めかす拓斗。


 「じゃあ生徒会やめろっつの」


 「相変わらず鬼だな。うちの生徒会長さんは」


 次は、おどける。


拓斗はよく他人に冗談を言うのだが、その引き際をよく分かっている。誰にでも気

やすく話しかけられる度胸と、相手の感情を鋭く察する賢さ、そして場の空気を和

ませる柔軟さ。能力だけで見れば、隣にいるこいつの方がよっぽど鬼に思える。


それに、間中の件だって、あれから全く聞かれることはない。人の心でも読めるの

か、と本気で疑いたくなるくらいに他人を不快にさせることがない。


教室に着き、所定の位置に座ると、数分後に会議が始まった。






 会議が終わり、職員室の近くの廊下を歩く。


 拓斗は、待ち合わせしてる彼女と一緒に帰るみたいだから、俺は一人で足を進め

る。


 佳也子を警戒しながら、遠回りをしなければいけない。


 彼女は、昇降口の上履きを置くスペースの前によく待機している。


 一緒に帰ればいいのに、と周囲からは言われるのだが、俺がその気になれないの

だ。その気もないのに思わせぶりな態度を取るのは嫌だ。もらった首飾りを付けて

今更何を言うかと言われそうだけど。


 おかげで、靴を持参しながら動いている。十分休みを利用して、靴を袋に入れて、

こっそり持参していたのだ。


 ここからは、見つからないように、逃走経路を考えながら歩く。


 正直、佳也子は苦手だった。


 活発で、知り合いが多いことを自負しているところや、大人しい人間の愚痴を言う時の顔。スクールカーストの上位であることを振りかざしているようで、それが嫌

だった。


 「次遅れたら評価下げるからな」


 職員室の方から教師の声が聞こえた。


 その直後、中途半端に開いていたスライド式のドアが、完全に開き始めると、黒

髪の女子生徒が出てきた。


 美人だった。佳也子とはまた別のタイプで、男子から人気のありそうな長身の美

人。


 目が合ってしまう。いけない、と俺は慌てて目を逸らした。


 背後からドアが閉まる音を聞き取りながら、静かな廊下を歩く。


 静かな…、


いや、早歩きの音が、廊下を速いテンポで叩き、やがてその音源は俺を追い抜いた。


 さっきの黒髪だった。


 何かをブツブツと喋りながら、そのままの足取りで歩いていった。


 そして、その俺の後ろから。


 「ヒデ君みっけ!」


 「うわあっ!」


 佳也子に見つかった。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る