第9話 マスク
「見てみろよ、これ」
昼休みの教室で、一人のクラスメートに見せられたスマホの画面には、もちろん
あの人。
いつものように赤いジャケットと、身バレしないように着用しているマスク。
何もやってない怪獣をいじめるあいつ。
『怪獣退治の前にタピオカでエネルギー補給! 今どきのJKたちと一緒に撮っ
たぜ!』
こじゃれたお店の前で女子高生たちと自撮りした写真が、文章の下に貼られてい
る。
一昨日の日付。日曜日の十二時三十五分。
俺が、あの醜い姿になるのを秘密にするために、早い時間から親にもっともらし
い嘘をついて外出し、緊迫した面持ちで外を歩いているというのに、こいつは呑気
にタピオカか。
「これってさ、ヒデ君だったりして」
俺たちのやり取りを近くで見ていた女子が割り込んでくる。
「そうだよ、あれだけ人気だし、カッコいいし、ヒデじゃないのか?」
「ヒデ君じゃなきゃ、こんなに人が寄ってこないもんね」
俺たちに割り込んでくる人間が徐々に増え、似たようなコメントが無数に飛んで
くる。
「残念ながら、それは俺じゃな—」
「ぜーったいそうだって!」
「じゃなきゃこんなに投稿伸びないだろ~」
聞く耳など持たない。
俺のことを大きく見てくれるのは嬉しいけど、だからってヒーローであるという根
拠はない。というか彼らは俺がヒーローだという推察ではなく、俺がヒーローであ
ってほしいという願望なんじゃないか。
周りがワーキャーとそいつの被害者を無視してはしゃいでいる。
俺もまた、ヒーローのタイムラインをSNSで検索しようとアプリを起動する
と、トレンドリストに『美人』というワードが載っていた。
『ヒーロー』の下に書かれたそれは、芸能人かモデルか何かの類だろう、と無視
するはずなのに、どうしてか気になってしまった。
その文字をタップすると、写真付きの投稿が目についた。
その写真は、マスクを付けた、黒髪の女。
口元は見えないが、キリッとした目が強さと優美さを十分に蓄えていた。例えるな
ら、どこかの国の女王のような、見るものを圧倒するような眼差しだった。
昨日の、廊下で見かけた、黒髪の美人を思い出す。
まさか。
「…いや、ないよな」
俺は、がっかり、…したのか?
いや、少しおかしいだけだ。
「何見てんだよヒデ~」
「もしかして今話題の美人に興味あんのか~?」
「ヒデ君ひどーい、佳也子ちゃんに言っちゃお~」
「佳也子は関係ないだろ」
どうやら、この写真に写っている美人も話題らしい。
「ヒデ君!」
噂をすれば(俺はしてないけど)、佳也子が教室に来た。
「佳也子ちゃーん、いまヒデ君が~」
ああ、その流れいいから、作者に無駄な文字を書かせるな。
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