アプローチ4『彼女のフリ』vs 後輩男子【参謀会議編】

『彼女のフリとか、もう嫌なんです! どうせ私はモブキャラ以下の女ですよ。人生バグでも起きない限り、先輩とは会話すらできない立場の人間だって、自分が一番よく分かってますよっ。これ以上、惨めになんて……⁉︎⁉︎』

 諸悪の根源に、私の頭ごと強引に引き寄せられた。

『そういうの、マジでだるいわ』

 触れたところが熱くて、全身から力が抜けて。

 な、なんかいい匂いするし。もっと嗅ぎた……じゃなくて!

『だ、だからっ、こういうことは本物の彼女と……』

『なら、いいよな』

『え、えぇ⁉︎ それって……』

『誰が何言おうが関係ない。お前は可愛い。それが分かるまで帰さないから。覚悟しろ』


 ***


「お巡りさーんっ、非リアの敵はここでーす! って、何だよこの、パリピ勢代表みたいな男は⁉︎ 彼女に偽物と本物の概念があるって、今日、初めて知ったわ!」


「ねぇ、懲りずにまだ続ける気なの? ていうか、いくら中川先輩の憧れだからって、マンガのシチュエーションどおりに告白なんて、そろそろ無謀だって気付かない、大和くん? それ、失敗したら、冗談抜きで即通報案件だよ」


 言うなり、遠く形成し始めた入道雲に向かって、伊吹がさっさと歩き出す。俺もスマホをポケットにねじ込んで、定位置のコンクリートベンチから跳ねるように立ち上がった。

 空梅雨続きの風に、今朝は少し、湿った匂いが混じってる。


「あぁぁ、そうなんだけどさ。前回、あのタイミングで図鑑さえ落ちて来なきゃ、いい感じで運命の恋シチュの告白できてたと思うと、諦めつかない自分がいて」


「わー、外堀も内堀も埋めまくった挙句に強いる結果を運命って。恥ずかし気もなくよく言えるなー。その盲目的ポジティブさに、尊敬の念が堪えないよ。特大フラグ立ちまくり」


「その顔と声量。伊吹、もう隠す気ゼロだろ。ていうか、何でこう、パリピなイケメンと地味め女子って設定が多いんだ? マンガの中でくらい、非リアの地味男子にも夢をくれよ! 例えばー、そう! ある朝起きたら、目にした相手を確実に落とせる告白のセリフが視える能力獲得ー、みたいなファンタジーをさぁ!」


「は、何その中途半端でしょうもない夢。一回付き合ったって既成事実作れば、後は永久に好きでいてもらえるとでも思ってるの? それこそファンタジーだよ。それとも、不特定多数の人間が自分を取り合う様を見て、自尊心でも高めたいわけ? どっちにしろ、その少女マンガ特有の男と同じだね」


 深い!

 ……にしても。


 いつもの毒舌に加えて、なんだか今日の伊吹は少し苛立ってる気がする。

 早歩きだし、全く俺の方を見もしないし。


「それなー。別に俺、このパリピ男みたいに、校内の女子全員から言い寄られて困ってる訳でもないし。中川さんに彼女のフリしてもらう理由が浮かばなくてさ」


 やっと伊吹の歩く速度に慣れた。と、思ったのも束の間、突然、伊吹が俺を見据えて立ち止まった。


「パリピ、パリピ、うるさいなー。大和くんて、中川先輩のこととなると、途端にバカになるよね」


「だから、バカって言うなって! これでも俺は、真面目に中川さんの理想に寄り添おうと……」


「理想とか、ホントくだらない」


「え、今度は何て?」


 一度、空気を吐き出した後、伊吹が先程と同じ強さで、外した視線を俺へと戻す。


「ねぇ、リアルで彼女のフリなんて言い出して、大変なことになっても知らないからね」


 何となく、伊吹と俺を横切る風には、温度差があるように感じた。


「大変なこと……って、例えば?」


「知らない。大体、大和くんは鈍感過ぎるんだよ。さっきのだってファンタジーなんて言いつつ、大和くんならシンプルな言葉一つで叶うくせに。自覚なさ過ぎ」


「さっきのって、告白の言葉が視えるってやつ? え、そんな万人受けする、究極の一言が告白には存在するのか?」


「だから……っ。もういい。勝手にして」


 瞬間、頬を紅潮させた伊吹が、再び俺を置いて歩き出した。


 ……この横顔は、蒸し暑さのせいじゃないよな。


「あのさ、さっきから何怒ってんだ?」


「は? 別に怒ってなんかないよ。これは呆れてるのっ。いや、憂えてるの方が正しいかもね。とにかくっ、望み通り、三次元で乙女ゲームの攻略対象キャラの気分でも味わってくればっ?」


「俺、モブキャラの気持ちなら、文庫本一冊くらい語れる自信ある」

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