アプローチ4『彼女のフリ』vs 後輩男子【実践編】
俺の脳内で、過去に一度だけ、タケルに無理矢理やらされた某乙女ゲームの音楽が廻る。確か「三次元イケメンが、二次元のイケメンにフラれてるー」とか爆笑されたっけ。
でも、今日の攻略対象は中川さん。首とか腰痛めてる系の、イケボで思わせぶりなハイスペックイケメンじゃない。
ヴィーナスだ。
練りに練った計画どおり、まず、中川さんには俺の偽彼女になってもらう。後日「もう無理」等の抗議があったタイミングで告白。晴れて本物のカレカノに。
完璧!
逸る気持ちを適度に抑えつつ、俺は幅跳びの要領で廊下へと跳躍した。
「中川さん! お、俺の彼女のフリしてもらえませんかっ‼︎」
「ええっ⁉︎ 前島くん、急にどうしたの?」
今朝のパリピ男と同じように、放課後の廊下の片隅で突然告げた俺に、中川さんが困惑の表情を浮かべる。たった一つマンガと違う点は、俺の弁慶の泣き所へ、中川さんの重量級のローキックが入ってるところ。
毎度の如く、無言の悶絶タイムが流れ出す。
命の危険を感じないだけ、今日はまだマシだと思おう。
マシなんだよな、これ?
たぶん……、無理。
「っ、あのっ、とにかくアレがそれで、すっごく困ってて! こんなこと頼めるのが、中川さんしかいないって言うか。できれば快く承諾していただけないでしょうかっ‼︎」
あまりの激痛に、考えてた上手い言い訳がふっ飛んでしまった俺に、
「全然分からなかったけど、泣くほど困ってるのなら。私で良ければ……、いいよ?」
はにかみながらも、神がかりの優しさで応えてくれた。
マジで⁉︎
この涙は違うけど、さすが俺のヴィーナス‼︎
「中川さんじゃなきゃ意味ないから!」
「えっ、どうして?」
「ど、どうしてって、だから、その」
ヤバイ、これ以上喋ると地球の裏側まで墓穴掘りそう!
「と、とにかく! 俺じゃマンガみたいなイケメン彼氏には程遠いかもしれないけど。ありのままの中川さんと恋したいって気持ちだけは諦めたくないから! だから俺の、彼女になって下さい‼︎」
力の限り訴えてみた。
「え? あの、フリ、なんだよ、ね?」
「もちろん! 今日からピッタリ、クッキリ、混じりっけ無しの純粋偽彼女を一週間! 延長無しでお願いします‼︎」
「そ、そっか。うん……、よろしくね」
やっっったあぁぁぁ! 第一関門、突破!
「それじゃ、あの、お互いの呼び方のことなんだけど。ここはやっぱり、や、大和って呼び捨てに……」
喜びのあまり舞い上がってた俺は、その最後の訴えが、隠せない声量で轟いていたことに気付かなかった。
「なんだー、そんなことなら、あたしも立候補したぁい!」「ワタシモ」「我も」
へ?
続々と、二年女子の面々が押し寄せて来る。
「あ、いや、一人でいいし。そもそもここにいるメンツ、半分以上彼氏いるだろ!」
「えぇ? 彼氏いるからいーんじゃーん」「面白そうだし、大和なら別にいいよぉ?」
「彼氏関係なくね?」
やべぇ。パリピ来た!
「ていうか、偽ってだるくない?」「いっそ、全員と付き合っちゃえば?」「あ、今、彼氏と別れるねー」
パリピ女子たちにのまれ、徐々に中川さんが遠のいてく。俺も壁際に追い込まれて、強引な決断を迫られた。
何だよこれ? 何でこうなった?
「……っ、だから! 俺はっ!」
「大和くん。僕との練習サボって、こんな所で遊んでたんだ? へーえ、楽しそうだねー」
よく通る、聞き慣れたハイトーンボイスが場を横切った。見ると、俺の左、女子の群れから頭一つ分高い位置で、怖いくらいのエンジェルスマイルを讃えた、
「はっ? 伊吹っ?」
伊吹がいた。そのままの顔で腕を組み、一歩二歩と向かって来る。
練習? って、何だ?
「でもさあ、フリでも何でも、大和くんの彼女ってポジションを、一分一秒でも他の誰かに譲るなんて絶対に嫌なんだけど」
続けた伊吹に、廊下中にどよめきが起こった。もちろん俺も。
「やっ、伊吹、これは今朝の再現してるだけで!」
「知ってるよ。面倒くさいから、ちょっと黙ってなよ、大和くん。それともここで、今朝の特大フラグ回収したいの? 中川先輩、明らかに困ってるよ。僕は別に、大和くんが今すぐ無様にフラれようと構わないけど」
「ごめんなさい、黙ります」
目の前に来た途端、凍てつく視線に変わる伊吹。短くため息を吐いた後、
「文化祭でやる二人芝居、僕がヒロインで決まってたはずだよね。この僕が、ヒロインで。大和くんが泣いて頼むから、セリフだって完璧に覚えたし、恥を忍んで女装まで承諾したのに。今更相手役交代とか、それは無いんじゃない?」
伊吹主演の一人芝居が始まった。
「ええっ? あの伊吹くんが女装⁉︎」「やまぶきの絡みを合法的に盗撮できるの⁉︎」「やば、鼻からケチャップ出てきたんだが……」
一部から、通報すれすれの歓喜も聞こえる中、俺は成り行きを見守るしかない。
「やっぱりあのシーンが理由なの? 僕の色気が足りないから。けど、もっと出せるように頑張るから、もう一度演らせてよ!」
「是非、お願いします‼︎」
何で周りがお願いする?
「だって、大和くん」
「へ? え? ど、どうすればいいんだ、伊吹?」
「今朝のマンガのシーン、暗唱するよ。『そういうの、マジでだるいわ』から。ほら、早く」
「はあっ? ……そ、そういうのマジでだるいわ」
「っ、こういうことは、本物の彼女としてよ……っ」
「お、俺っ、何もしてない!」
ついに、二年男子も集まり始めた。
「大和くん、セリフだってば」
「あ、そか」
廊下に座り込み、自らの肩を抱く伊吹からは、えもいわれぬ色気が漂う。
これ、文化祭的にはアウトだろ……。
「えと、な、なら、いいよな」
「……え? こんなモブキャラ以下のわたしを本物の彼女にしてくれるの?」
補足しておくと、伊吹は地声だ。
「えーと。だれがなんていおうとおまえはかわいいよ。きょうはかえさないから、かくごしりょっ」
うあっ、噛んだ!
長過ぎてセリフ覚えてねーし!
「ぎゃあああっ! 尊死!」「続きプリーズ!」「誰か輸血して!」
上目遣いの伊吹が、両手を付いて俺に顔を近付けて、来……。
「……何その大根に例えるのも大根に失礼なヘタレ演技。大和くん、ホントにやる気あるの? そのド下手くそなセリフ回しで、よく僕を代えるなんて言えたよね? あーあ、やる気無くした。明日から試験始まるし、さっさと帰って勉強するよ」
「美少女からの、ドS伊吹くん来たー!」「誰か録ってた⁉︎」「送って‼︎」
いろんな意味で硬直する俺を尻目に、伊吹はさっさと立ち上がる。
「あの。恥ずかしいから、今すぐ消してもらえると嬉しいです。これと、これも。あ、良かったあ」
「い、伊吹くんにスマホ触ってもらったー!」「何それ、優勝じゃん!」
「先輩方、もし他に隠し持ってる人がいたら、見つけ次第、僕に教えてくださいね? よろしくお願いします」
めったに他人と目を合わすことのない伊吹が、柔らかい表情で周りを取り込んでいく。それも、男女問わず。
「か、必ずや!」「姫の仰せのままに!」
まさか伊吹の、こんな姿が見られるとは。
感慨……に、耽ってる場合じゃない!
「中川さん! あの、変なことに巻き込んで、ごめん!」
「前島くん。ううん、そういう事情なら気にしないで。でも、ちょっとやってみたかったかも。前島くんの、彼女のフリ」
「え?」
「なんて。さっき、本当に告白されたみたいでドキドキしちゃった。ああいう風に演じてみたら、きっと大丈夫だよ。じゃあ、文化祭楽しみにしてるから。二人とも頑張ってね!」
え? えっ?
今、俺がドキドキしてるんですがー!
「ま、待って、中川さ……!」
「大和くん、どこ行くつもりなの」
「伊吹、今の聞いたかっ? 中川さん、俺の彼女になりたいって!」
「言ってないね」
「ドキドキしたって!」
「ハラハラドキドキしただろうね。僕もしたよ」
「これはもう一回お願いしてもっ?」
「その前に、まさかこのまま終わりだとでも思ってるの?」
「え? あれ、伊吹……?」
「僕がしょうもない茶番で生んだ黒歴史に見合うだけの代償は、例え大和くんでもきっちり払ってもらうよ。一生かけてもね。今の画像、後で絶対、SNSで晒されるに決まってるんだから。もちろん、拡散なんてしたやつらも必ず突き止めて……タケルくん、こういうの強いしね。じわじわ精神的に追い詰める方法なら、こっちはいくらでも知ってんだから」
黒薔薇を思わせる笑みで、早速、タケルに連絡を取るデビル伊吹。天使と悪魔は紙一重、を具現化したかの姿に思わず、
「そうなったら、俺が対応するから」
そっと伊吹の視界から、手でスマホを遮った。
「は? 大和くんに任せたら、飴の上に砂糖と蜂蜜と練乳と生クリームをかけただけじゃ飽き足らず、ホワイトチョコとジャムと黒蜜も追加したくらい、あっまーい対応して終わるんでしょ。やだよ」
「うーん、けどさ、さっきの伊吹の演技見たら、ちょっとくらい拡散されるのもアリかもな。これを機に、ワンチャン芸能界デビューとかあるよな」
「はあ? どんだけ幸せ脳なの。そんなこと……」
「あ、けど、そしたら伊吹は一躍有名人になって、俺のことなんて忘れるかもな。いつも俺を助けてくれる伊吹のこと、感謝してるし応援もしたいけど、それは寂しいな。はは。こんなんじゃ俺、偽彼氏どころか、伊吹の自称兄貴すら失格だな」
「……何、それ。大和くん、お腹空かない? 駅前のハンバーガー食べに行く? それとも隣のカフェ? 暑いし向かいのアイスもいいよね! あ、どうせなら全部行こっか。もちろん、大和くんの奢りだけど。行く? 行きたいよね?」
「それが代償払うってやつか? けど、今挙げた所、伊吹の嫌いなインスタ映えする飲食店ばっかじゃん。いいのか?」
「でも、前から大和くん、行きたがってたよね! 今日一日だけ仕方なく付き合うから、パリピ気分味わいに行こうよ!」
持ち直した陽射しに、珍しく伊吹が俺の手を引いて駆け出す。その日、なぜか超ご機嫌な伊吹と、一生分の自撮りをしながら帰った。
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