アプローチ2『バカ、お前熱あんじゃん』vs 後輩男子【実践編】

 案の定、中川さんが熱を出すなんてことなく迎えた、球技大会当日。絶好のチャンス……否、大変な事態が発生した。


 決勝戦の最中、なんと中川さんが、顔面でパスを受けたのだ! それでも、健気に試合に出ると言い張る中川さん。


 マジか……。


 忘れもしない二度目は、放課後の帰り道で告白しようと、何度も誘うタイミングを窺った。けど、中川さんが一人になる度、タケルにゲームがどうのと邪魔されて。部活後に昇降口へ向かう直前、妙に義務感に燃えていた俺は、中川さんの腕を強く掴んでしまったらしい。


 結果。


 そのまま床に倒されて、右腕に関節技を決められた。あの時は、もう二度とお箸が持てないかと思った。


 その後、一部始終を目撃したタケルに『大和って、ゲームもリアルも弱ぇんだなー』って煽られた時には、後で同じ技を掛けてやると右腕に誓った。


 しかし現在、付近にタケルの気配は無し!

 この一戦、必ずや勝つ!


「待って、中川さん! 無理しないで、ちょっと見せ……んがぁっ!」


 迷いなく、中川さんの頰を両手で包み、引き寄せた。そこに炸裂した強烈な頭突き。


 い、今、何気に額と額が‼︎


「と、とりあえず、保健室に……ごふぅっ!」


 一瞬、星が煌めき散った頭を起こし手を伸ばすと、顎に華麗な回し蹴りを喰らった。


 あれ、無表情の天使が見えるぅぅ。


「大和くん、保健室行く?」


「い、伊吹? ここ、天国じゃないよな? うん、さすがに行こかな……」


 伊吹が近いってことは、体育館の最奥で卓球してた伊吹の所までふっ飛んで来たのか、俺。口内で鉄の味がするわけだ。


「前島くんっ、保健委員……東京消防庁ハイパーレスキュー隊呼ぶから生きててーっ!」


 ああ、中川さんの泣き声が近付く。でも今は、世界が霞んで……。


「中川さんのあの戦闘スキル、やっぱパーティに欲しいよなー。んで、大和は安定のR.I.Pー」


 この悪気の無い煽りは。「怪我した大和くん、無理尊い!」「新しいリアルゲームかな? うちらも参加したい!」タケルの隠れファンが騒ついてる。そう言えば、タケルも卓球だった。


「タケルくん、少しは心配してあげなよ。中川先輩はこれ使って下さい」


 タケルをたしなめ、中川さんに優しい声を掛ける伊吹の気配に必死で目を凝らすと、大きめのタオルを中川さんに巻いてあげてるところだった。マフラーみたいにくるりと、顔半分を覆うように。


 そのままゆっくりと、伊吹が中川さんに額を寄せる。


 ……え?


 モノクロだった景色が、しっかりと像を結んだ。


 伊吹が何かを囁いた後、真っ赤になってタオルを押さえる中川さん。それに「ウソ、鼻血⁉︎」って、慌ててティッシュを差し出す友だちが続く。


 チクリと何かが刺さった。

 頭上の壁には、優勝者に伊吹の名が刻まれた結果表が燦然さんぜんと輝いて。


 今の伊吹、めちゃくちゃかっこいい、な。


「さ、行くよ、大和くん」


「あ、ああ……」


 中川さんもきっと……。そしたら。

 それでも俺は。


「前島くん、後田うしろだくんっ。保健室なら、私が一緒に……」


「あ」


 伊吹に支えられて歩き出そうとした一歩目。中川さんと目が合ったのと、小さく声を上げ、ガクンと伊吹の体勢が崩れたのが同時だった。反射的に、俺は伊吹の二の腕辺りを掴み、遅れてタケルが下からフォローする。間一髪、受け止めることはできた。


「おい、大丈夫か、伊吹?」


「あ、ごめん。朝から暑くて、ちょっとフラついた……」


 競技と人の熱が籠る館内で、下を向く伊吹は辛そうで。長いまつ毛が影を落として、余計に顔色が悪く見える。

 今度は、俺が伊吹に肩を貸した。


「まさか、熱中症じゃないよな。俺に寄りかかっていいから」


「でも、大和くんも超が付く重傷者なのに」


「こんなん最悪、舐めときゃ治るって。今、俺の心配なんてすんな。伊吹は自分のことだけ考えてろ」


「……うん。ホントに舐めたら引くけど。ありがと」


「先生、保健室に行って来ます。中川さんも、気にせずゆっくり休んでて」


 中川さんに笑顔を見せ、近くにいた教師にそう告げて歩き出すと、伊吹と同じ一年男子の「伊吹ちゃーん、王子様にお姫様抱っこしてもらえよー」とかいう嘲笑が耳に入った。


 瞬間、伊吹を俺の背に回す。


「して欲しいなら来いよ。俺と伊吹、どっちの王子にするか選んでさ。おいで、お姫様?」


 大仰に直視して、その一年男子に向かって片手を差し出してやった。戸惑う男子たちと、なぜか沸き立つ周りの女子。


「ほら、こんな偽王子の需要なんて無いだろ? 伊吹は真面目だから、今お前らが困った以上に本気で悩むんだよ。そういう絡み方は考えて欲しい」


「大丈夫だよ、大和くん」


「けどさ」


 Tシャツの裾を引かれて伊吹を振り向く。

 俺は伊吹の痛さを知ってるつもりで。だからこそ許せなくて。


「そんな心ない言葉、聞く暇ないくらい俺が一緒にいてやるから、でしょ? 大和くんがいれば、僕は何言われても平気だよ」


「伊吹……」


「それにほら。大和くんが手をわずらわさなくたって、あいつら女子から袋叩きにあってるから。このまま、永久に滅びればいいのにね」


 氷の微笑を浮かべる伊吹は、かなりヤバイ……。


「ねぇ、大和くん」


「ん、うん? 辛いなら、無理して喋んなくていいから。ほら、行くぞ」


「うん。あのね、熱中症って、ゆっくり言ってみてくれる?」


「は?」


「お願い」


「……ねっちゅうしょう?」


「もっとゆっくりだよ」


「ねっ、ちゅー、しょ……。ははっ。なんか、「ね? チューしよう?」みたいに聞こえるな」


「いいよ。はい」


「はっ、はぃぃぃっ?」


 言うなり、ゼロ距離で俺に向かって瞳を閉じる伊吹。

 固まる中川さんと、一部女子から「ヤバイ尊い無理しんどい」の大絶叫が上がる中、


「あれ、大和くん顔真っ赤だけど熱あるの? おでこで測ろうか? ちなみにこれ、この前のマンガの十話にあったエピソードなんだけど、人前でちゅーって言われる僕の気持ちも分かってくれた?」


 したり顔の悪役令息、伊吹と、「転がしてんなー、伊吹ー」って大爆笑するタケル。


「同じちゅーでも、ハイレベル過ぎるわーっっ!」


 頼むから転がすのは、ゲームの世界だけにして欲しい。

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