アプローチ2『バカ、お前熱あんじゃん』vs 後輩男子【参謀会議編】

『バカ、お前熱あんじゃん』

 不意に触れた額と額に、私の顔がより一層熱くなる。

 だって、この校内マラソンであの子に勝たなきゃ、あんたは……っ。

『先生、コイツ保健室連れて行きます』

 なっ、冗談じゃない!

『ほら、行くぞ』

『やだっ、最後まで走らせてっ』

『……ちっ、めんどくせーな』

『きゃあ⁉︎』

 軽々とお姫様抱っこされた私。

『バカバカ、下ろしてよ!』

『……うるせー、口だな』

 次に触れたのは、唇と、唇。


 ***


「二次感染予防ーっ! つって、目の前でこんなんされたら、真面目に走ってる俺ら非リアのモチベ浮上不可だわ! 前回といい、令和のイケメンは、すぐちゅーできていいよなあっ」


「うるさいよ、大和くん。公道のど真ん中でちゅーとか言う方が無いから。声掛けるこっちの身にもなってよ」


 伊吹を待ついつもの交差点で、再び中川さん……の友人に薦められた少女マンガを音読する俺に、伊吹が冷たい一瞥をくれる。


「はよ、伊吹。中川さん、やっぱ強引に迫られるのが好きなのかぁぁぁ。でもこの状況、無理ゲーだよなぁ」


「ねぇ、聞いてる? そもそも今、体育でマラソンなんてやってないんだから、悩むだけ無駄じゃないの」


 スマホから視線を上げ、朝日を弾く伊吹に目を細めた。蒸し暑さを微塵も感じさせないのは、制服の白シャツより、明らかに伊吹の肌の方が白いから。


「ほら、今度の球技大会で俺と中川さん、同じバスケになったじゃん? 何か進展あって欲しいなって」


 たちまち陰る伊吹の表情。


「ああ、球技大会。このクソ暑い中、正気の沙汰じゃないよね。いっそのこと、体育館ごと爆……」


「一緒に練習とかしてさっ。スポーツドリンクのCMみたいに、爽やかな汗流すとかいいよなっ?」


「汗くさいって、お互い幻滅しそう」


「な、なら、制汗剤のCMみたいなアオハルをさ!」


「別に」


 俺の夢、三文字で返り討ち!

 個人競技は得意なのに、昔から集団行動が苦手なところは変わらない。それが伊吹なんだけどさ。

 密かにため息を吐く俺。


「ところで、大和くんは何がキッカケで中川先輩のこと好きになったの?」


 唐突な直球にスマホを落としかけて、必死に宙を舞った。


「なっ、何だよいきなりっ」


「なんか、ちゃんと聞いたこと無かったなって思って」


「そ、そうだっけ?」


「うん……。歩きながら教えて?」


 夏に一番乗りしたアブラゼミが一匹、近くの木の上で鳴き始めた。伊吹と夏。どこか不釣り合いで、対極の存在。


 部活帰りに、教室に忘れ物を取りに戻った四月を思い出しつつ、横断歩道の白線を伝う儚い背に、二歩で追い付いた。


「春にさ、伊吹に相当文句言われながら、俺が教室にノート取りに帰ったこと、覚えてるか?」


「一言多いけど、あったね、そんなこと」


 その日、教室前で聞こえて来た、中川さんと友人の会話。

 中川さんの困った癖のせいで、恋とは無縁で。でも一度でいいから、少女マンガみたいな恋がしたいって悩みを知ってしまった。


 どんな癖かは聞き取れなかったけど、友だちには笑われて、中川さん自身も『だよね』って笑ってた。だけど、友だちが彼氏と帰って一人きりになった後、

『恋、したいな』

 って、夕陽色の吐息を吐く彼女は、映画のワンシーンみたいに綺麗だった。


「俺、隣の席なのに、いつも笑顔で友だちの相談聞いてあげてる中川さんに、悩みがあるなんて全然知らなくてさ。それから気になって。気付いたら、ありのままの自分でいいから、俺と恋、してみませんかって伝えたくて。俺も初めてで何も分かんないのにさ。って、も、もういいだろっ」


 うあーっ、何の罰ゲームだよ、これっ! 


「……やっぱり大和くんは、大和くんだね」


「へっ?」


 茶化すでも、毒づくでもなく、まっすぐ前を見たまま、伊吹が無表情に歩いてく。


「大和くんは僕と違って友だちも多いし、周りにいる人はみんないい人ばかりだし。きっと大和くんが優しいから、自然と同じ仲間が集まるんだろうね」


 そうやって、なぜか時折一線を引こうとする伊吹に、俺の方が寂しくなる。


「伊吹もその一人だってこと、忘れてないか? 伊吹と仲良くなりたいやつが多いの、知ってるだろ」


 俺が微笑むと、伊吹が一度、横目で俺を見上げた。


「僕は大和くんがいればいい」


「とか言ってお前、タケルとも時々ゲームしてるじゃん」


 タケルは、高校で知り合ったゲーム友だちで、今は俺と同クラでもある。初対面の時は完全に心を閉ざしてた伊吹だけど、最近は二人だけでゲームしたって話を、月一程度で聞くようになった。


「タ、タケルくんは別次元の人なんだから、一緒にしないでよ!」


「別って?」


 赤くなって怒る伊吹には悪いけど、思わず顔がニヤけてしまう。


「……昔、大和くんが、僕は自由だから、僕を閉じ込めようとする誰にも従わなくていいって。マンガやゲームの主人公なら、決められたエンディングを裏切れないけど、現実は何にも縛られないんだから、って言ってくれたでしょ?」


 中学の時、言った、な。

 いかにも中二っぽい台詞に咳払いしつつ、先を促した。


「友だちでもないのに、会えばゲームばっか誘って来るタケルくんが最初は嫌で、つい、こんな誰かの創った世界で満足してるのって、手の平の上で転がされてるみたいで嫌じゃないですか、って言っちゃったんだ。そしたらタケルくん、「んじゃあ、さー。思い切りやり込んで、オレたちの創り上げた世界の方が面白いじゃんって、逆に転がしてやろうぜー」って。それ以来「世界を転がしに行くぞ」って、ホントあの人ゲーム厨だよね」


 タケルの口真似をする伊吹に、堪らず吹き出してしまう。伊吹に俺以外の友だちができるのは、本当に嬉しい。


「伊吹、タケルのこと結構好きだろ?」


「だから仕方なくだってばっ。そ、それより、バスケしてる大和くん、立ってるだけでMVPなんだし、今回は正攻法でいけるんじゃないのっ」


「え、何のMVP……?」

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