アプローチ1『お前、今日から俺の彼女な』vs 後輩男子【実践編】
ついに放課後!
ヤバイ。心臓が全身のどの穴から出てもおかしくないくらい、超絶緊張してる。
と、とりあえず深呼吸しよう。
「
中川さんっ!
隣の席から、急にバイバイの仕草で笑顔を向けられ、思わずむせた。
「大丈夫っ?」
覗き込むように心配してくれる、黒髪ロングの清楚系美少女、中川さん。クラス委員、若しくは生徒会役員タイプの優しい美少女、中川さん。
彼女こそ、前世はきっと天使か女神だ。
「ち、ちょっと、人類としての呼吸の在り方を忘れただけだから。ありがと」
って、何言ってんだ俺ぇ!
「ええっ? ふふっ。でも、どこでも自由に息できたらいいね。私、熱帯魚好きだから、海にずっと潜ってられたら幸せだなぁ」
ヴィーナス!
ふわりと笑うその顔に、呼吸止まるくらい射抜かれて、俺の胸が口が勝手に逸り出す。
「……じゃあ、さ。夏休み二人で」
「え?」
水族館に行きたい。
……って、危うく普通に誘うとこだった!
「あっ、や、何でも。熱帯魚、俺も好き」
「本当っ? あ、それなら」
急いでスマホを取り出す中川さんと、数秒後、通知を告げた俺のスマホに甘い期待がよぎる。手が思うように動かせない。
『一緒だね』
のメッセージに、可愛くデフォルメされた熱帯魚が一匹。
「ごめんね。このスタンプ、早く使ってみたくて送っちゃった。でも、初めてが前島くんでなんか嬉しい。じゃあ、またね」
顔を上げると、エメラルドブルーのスマホケースを胸に抱き、はにかむ中川さんがいる。
鼻血出そう!
悶絶級の勢いそのままに起立した俺は、茶道部へ向かう中川さんを目で追った。
まだ記憶に新しい一度目は、放課後の昇降口で告白しようと、待ち伏せて背後から近付いた。
結果。
素早く反転した中川さんに下駄箱に押し付けられ、そのまま首元を絞め上げられた。
伊吹より小柄な中川さん。
その時、俺の足は地に着いていただろうか……。記憶が無い。
すぐに解放されたけど、結局、告白なんて雰囲気にはなれなくて、あえなく失敗。あれが人生初の逆壁ドン体験だった。
でも、今日こそは!
「あ、中川さん!」
中川さん憧れの超身勝手な彼女通告で、この片想いに終止符を打つ!
阻む机をかき分け、廊下に出たタイミングで中川さんの肩を柔く引いた。
「お、お前、今日から俺……のっ、ぐはぁあっ」
台詞より早く、重力に反し俺の身体が宙に浮いた。直後、細部まで全身を痛みが貫く。
「一本! わぁ、中川先輩、綺麗な背負い投げですねーっ」
い……ぶき?
背負い、投げ?
終末を迎えたごとく静まる廊下で、無邪気にはしゃぐ伊吹の声が響いた。
「キャーッ、ごめんね、前島くん! 私、危険を感じたら無意識に技をかけちゃう癖があるって、前にも」
頭上から降る中川さんの声が遠い。
加えて「無防備な大和くん、添い寝したい!」「笑顔の伊吹くん、なでなでしたぁい」歓喜する女子は伊吹のファンで、「大丈夫か、大和っ?」野太い心配声は、俺の男友だち、かな。
続々と集まる野次馬の中、何とか首を右に動かすと、涙ぐむ中川さんが膝をついてた。
「AED装着! それより氷水っ? もう何で私、前島くんに何度も……自分が嫌だぁ」
「な、かがわ、さ。だいじょぶ、だか……痛っ」
好きな人の泣き顔が、心まで痛くする。だから平気だって、心停止させられる前に笑って、早く安心させてあげないと。
なのに、横たわるだけの自分が歯がゆくて、せめて涙を拭こうと手を伸ばした。その時。
「中川先輩。大和くん、そんなにヤワじゃないんで大丈夫ですよ。それに、自分が嫌なんて言わないで下さい」
俺の手を下ろしながら、伊吹が俺の左側に座り込む。見つめ合う二人のメガミ。
「そのままの先輩を可愛いって思ってる人が、きっと近くにいますから」
「え、かわ、えっ?」
動揺して涙の止まった中川さんに、クスリと曖昧な笑みを返した後、
「清楚で優しそうに見えて、実はカッコいいとか。そういうの、他にどんな秘密隠してるのかなって、自分だけが知りたくなっちゃうんですよ? 他の男には見せたくないって」
最後に耳打ちした伊吹に驚いた。
「えっ? あの、それって」
虫の息の俺を間に、真っ赤になって焦る中川さんと、そんな彼女に微笑みかける伊吹に鼓動が乱れる。
「柔道の練習、お疲れさま、大和くん!」
「へあっ? あ、ああ……」
伊吹の不自然な大声に、「わたしたちだって大和くんと柔道したい!」なんて意味不明な野次は入らない。今は中川さんの染まる頰の意味と、何より。
伊吹……、今のは単なるフォローで、まさか、違うよな?
「ねぇ、大和くん。今日も部活終わるまで待ってていい? 一緒に帰ろ?」
起き上がる俺に手を貸す伊吹は……ほらっ、いつもの甘えただし!
「ああ、もちろん!」
伊吹が中川さんに興味持ったとか、考え過ぎだよなっ。
「あ、でも、今日は他の人と帰ろうかな」
突然、俯く伊吹。
「ん? どうした急に?」
「んー、登下校一緒で、寝るまでラインして休みの日も遊ぶって、大和くん本当は迷惑だよね」
「それくらい、別に迷惑じゃないって」
「う、ん。でも、今日はやめとくね。そうだ、ラインも他の人としよう。休日だって……」
伊吹が、チラッと中川さんを見た。気がするぅぅぅ!
「ちょっと待て。俺と先に約束したんだから、俺と帰ればいいだろ。ラインも俺とすればいいし、休みの日だって俺と遊んで、今までどおり俺といろよっ。むしろ俺が伊吹といたい! 伊吹も俺といたいよな! なっ?」
熱くなって、伊吹の両肩を掴んでた。
「大和くん、そんなに……じゃあ僕ら、もう友だちのままじゃいられないね」
「はっ? 何でだよっ?」
まさか、本気で中川さんのこと。
「大和くんは今日から、僕の彼氏、ね?」
大きな瞳を潤ませ、愛おしげに見つめてくる伊吹。
「はぁぁっ? いやっ、違……っ」
伊吹の一方的な彼氏通告に、中川さん含め、廊下で「やまぶき尊い‼︎」とか何とか大絶叫が上がる中、
「なーんて。今朝のマンガのシーン、キス無しで実践するならこんな感じかなぁって。大和くんに伝えようと思って来たんだー」
スマホで例のページを掲げて、楽しげにウィンクして見せる伊吹の、あざと可愛さと来たら……。
「ムダに動揺した俺のハートを返せーっ!」
一瞬、小悪魔に見えた俺の目こそ、背負い投げしたい。
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