最終話
そうして文句は波紋のように広がり、次第にロッカールームを笑いで埋め尽くしていった。
神北がうつむいているのをいいことに、選手たちは好き勝手に語りはじめ、なかには完全に悪口を言っている者もいた。自分たちが真面目にサッカーをしていなかったことなど、とうに忘れ去っているようだった。
選手たちの盛りあがり。その枠外にいる神北。
「神北さんってさあ、リフティング五回しかできないんだぜ」
「キャプテンも、くじ引きで選ばれたって話ですよね」
「本当は、オフサイドも知らないって疑惑あるぞ」
「それどころか、ワールドカップってなに? って言ってたらしいっすよ」
「マジで!? そんなの、幼児だって知ってるわ!」
手を叩き、笑声を上げ、選手たちは和気あいあいと語り合っている。
その光景を目の前に、神北はユニフォームの袖をつかみ、ワナワナと一人震えていた。
だが、選手たちの悪口がついに容姿にまで及んだ時、ついに血管がプチンと切れる音がした。
そうして奇声を上げ、神北は腕を振り回して暴れだしたのだった。
「………………ああああああああーーーーー!!!」
「や、やばい! 神北が、キレた!」
「さ、さすがに、調子に乗りすぎた!」
怒気を放つ神北を目の前に選手たちは慌て、おろおろと目を合わせた。
ロッカールームには神北の叫びがこだまし、ロッカーさえガタガタと振動する有様だった。
あまりのオーラに周囲の選手たちもロッカールームの端に避難し、怒りの化身となった神北を遠巻きにしている。
そうして、顔に向かって飛んできた神北の派手なイエローのスパイクをよけながら、土門が叫んだ。
「お、おい! どうする、豊島! 神北、本気でキレてるぞ!」
それに向かってくるサッカーボールを回避しながら、豊島が返した。
「ど、どうするったって……! こんな神北、見たことないよ!」
床には何人かの倒れ伏す姿がある。飛んできたサッカーボールが当たり、気絶しているのだった。
ロッカールームは神北の暴走によって暴風域と化し、選手たちは恐怖のあまりそれぞれに退避を試みていた。
「やばい、やばい……! なんとかしないと、なんとかしないと……」
すでに人間のものとも思えない神北の怒号を聞きながら、豊島が右往左往する。
サッカーボールは四方八方から選手たちを襲い、床の面積が徐々に狭くなりはじめていた。
その時。豊島が自身のロッカーを見つけ、なにかを閃いた様子で言った。
「…………あっ、そうだ!」
そうして豊島は身をかがめつつ自身のロッカーへと近づき、バッグを探ると、スマホを手に取った。
少しの時間だけスマホを操作し、サッカーボールを避けながら怒りの権化となった神北になんとか接近すると、スマホの画面を見せて言った。
「ほ、ほら、神北! 女の子! かわいい、女の子の写真だよ!」
「…………ウ、ウウ?」
豊島の提示した画面に、神北の動きが止まる。
スマホに表示されていたのは、制服を着た可愛らしい女の子の画像だった。
「……え、えへへ……」
引きつった笑みを浮かべつつ豊島が画面をフリックすると、次々と女の子の画像が現れる。
神北がそれを目で追い、その間、暴風は一時の収束を得ていた。
スマホを掲げたまま、豊島がおそるおそる語りかける。
「……か、かわいいでしょ? 神北。今度、この女の子たちと合コンでもしようと思ってるんだ。でも、男子の数が足りなくて困ってるの。だから、神北もどうかなあって……」
「バ、バカ! 神北は、恋愛ごとの話なんてしたこともないヤツだぞ! まして100対0で負けた後に、それはやばいだろう……!」
慌てた土門が惨劇に備えてロッカールームの端に避難し、他の選手たちも続いたが、豊島は後には引けなかった。
引きつった笑みを続けつつ、スマホの画面を揺らして愉快さをアピールし、無理に明るめの声で尋ねる。
「……え、えへへ、どうかな、神北? 合コン、行く?」
それに神北は、とても簡潔に答えたのだった。
「………………いく!!」
走れ! 聖王学園サッカー部! 徳田マシミ @takku2113
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