第5話

 土門は神北の目をしっかりと見据え、安らかな微笑を浮かべる。神北の顔に警戒の二文字が浮かんだ。


「……なあ、神北」土門が尋ねる。


「……な、なんだ」それに、神北がおそるおそる返した。


「仮にお前が、ポートボールに夢中になっていてもいい。『カバディを日本に広める会』の会長になっていてもいいさ。俺たちにも、サッカーの練習をしなかった非はある。それは認めるさ。でもな、神北。俺たちを批判するからには、お前は今日の試合、半端じゃない気持ちで挑んだと言えるんだな? キャプテンらしい、立派な姿勢で挑めたと、ハッキリ断言できるんだな?」


 微笑を保ったままの問いかけ。


 一瞬だけ戸惑いの色を見せるも、神北はもちろんだ、とばかりにうなづき、表情を引き締めた。


「……ああ。俺は、真剣に今日の試合に臨んだ。それは、まあ、必殺技? みたいなものに少しだけ興味を持った時期があったかもしれないが、それでも俺はキャプテンとして、堂々と試合に挑んだ。堂々と振舞った。それは、断言できる」


「……本当だな?」その返答に、土門が低いトーンで尋ねた。


「本当にお前は、浮かれてなどいないんだな? 真剣に、堂々と、試合に臨んだんだな?」念を押すような言葉に、ごくりと唾を飲みこみ、神北は答えた。


「……ああ、浮かれてなどいない。キャプテンである俺は、煩悩や私欲とはかけ離れた存在であらねばならない。チームを第一に考えなければならないからな」


「……ふむ、そうか、そうなんだな」


 神北の言葉を受けた土門は目を閉じて一つ息を吐くと沈黙し、その後にふたたび神北と目を合わせた。


 視線が交錯し、神北の額からは一筋の汗が流れ落ちていく。


 土門が唐突に右手を上げた。そして神北の足元を指差し、視線を合わせたままズバリと言った。


「それなら、神北、……お前のその、スパイクはなんだ!」


「…………!」神北が言葉を失う。選手たちが土門に誘われるように視線を移す。


 土門が指差した先。そこには神北の履いているスパイクがあった。当然ながら試合に使用したスパイクである。


 それは、他の選手たちとは明らかに異なっていた。左右で、色が違っているのだった。


 顔面蒼白の神北に対し、土門が言う。


「……神北。お前、カッコつけたな? プロ選手がよくやってるのを見て、お前、カッコつけたんだな? そんなスパイク、今日の試合まで一度も見たことがない。お前、今日の試合に合わせて、色違いを用意したな?」 


「……ち、ちが……」うろたえた様子の神北。構わず土門が続ける。


「まあ、それは百歩譲ってよしとしよう。大きな問題はそこじゃない。神北、俺は見ていたぞ。お前のスパイクが、試合中に何度も脱げていたことを。右足だけが、不自然に脱げていたことをな」


 土門が再度右手を持ち上げる。そうして神北の右足のみに人差し指を突きつけ、名探偵よろしく言う。


「……神北、お前の右足のスパイク……明らかに、サイズが合ってないだろう! 右足だけ、どこかから借りてきたんだな!? そうしてファッショナブルな感じを装い、目立とうとしたんだろう! そしてあわよくば、モテようとしたんだろう!」


「…………! うっ、うう………」


 図星だ、という表情で神北は肩を落とし、呻き声を漏らした。


 選手たちには、それがすべてを表しているように思われた。


 豊島が、追い討ちをかけるように言う。


「……オレ、気づかなかったよ。ねえ、神北。キャプテンなのに、カッコつけてたの? ブカブカのスパイク履いてまで、目立ちたかったの? ねえ、女子に、モテたかったの?」


「…………」


 押し黙る神北は下を向き、手の指をいじいじといじっている。


 ただ左足を、右足の前にずらしていた。ブカブカのスパイクを隠しているようだった。


 先ほどまでの勢いをなくしたキャプテンに対し、静観していた選手たちもここぞとばかりに言及をはじめる。


「……マジかよ。キャプテン、モテようとしてたのかよ」


「しかもスパイクでモテようとするって。プレーで魅せてくれって話だよな」


「いや、難しいんじゃないっすか。神北さん、実はそんなにサッカー上手くないっすよね」


「ああ。今日の試合だって、神北は何回ボール取られたんだ?」


「たしか、二十回は越えてるぜ。ぜんぜん通用してなかったのに、変なドリブルで相手が固まってる中央に何度も切りこんでったときは、ああ、ついにおかしくなったのかと思ったよ」

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