第4話

 四拍子のリズムが止まる。神北は振り返り、発言者の豊島をキッとにらみつけた。


「……なんだ、豊島。俺も悪いというのか? 俺はキャプテンとして、チームを支えるべく一生懸命に頑張っていたつもりだが」


「いや、うーん、そうとはいえないようなー」歯切れの悪い回答をする豊島。それに神北は苛立った素振りをする。


「……なんだ、言ってみろ。俺の、なにが悪いって?」そうして答えを促す神北に、豊島はジッと目を合わせて言った。


「……じゃあ、言うけどさあ、神北、オレたちが無駄な必殺技の練習ばっかしてたって言ってたじゃん? でもさあ、神北、実は神北もさ、……必殺技の特訓、混じってたことあったよね?」


「…………はっ?」


 豊島の一言に神北が固まる。シン、と静まり返る室内。


 少しの時間を置いて神北の口は何度か開かれるも、声は一向に発されず、目は大きく見開かれていた。


 それを見て、土門が補足するように口を開く。


「ああ、それ、俺も思ってた。神北、なんか端の方でジッと練習を見ていたり、マンガをこそこそ読んでたりしていたな、と。必殺技の練習だって、最後の方は特に文句も言ってなかったよな。なんだったら、最後の方はしれっと参加してたよな」


「そ、そんなことはない! そんなことはないぞ!」首を何度も振って否定する神北。しかし強い否定にならず、そこに重ねるように豊島が言った。


「ああ、オレ知ってるよ。神北、実はサッカーマンガとか好きでしょ? 部室にあったマンガ、ジッと読みこんでたの見たことあるよ。本当は、必殺技とか欲しかったんじゃない? 必殺技、憧れてたんじゃない?」


「そ……! んな、ことは、ない」神北の語調はますます弱くなり、最前の威厳もどこかに消し飛んでいた。


 ジッと部員に見つめられ、居心地の悪そうにする神北。豊島の言葉を引き取るように、土門が言う。


「いや、必殺技の練習だけじゃないぞ。神北、お前、俺たちがサッカー以外のスポーツばっかりしていた、不真面目だと批判していたが、……言っていいか? お前、それらのスポーツにも、結構参加していなかったか?」


「そ…………!」固まる神北。豊島が、土門の言葉を引き継ぐ。


「ああ、それも覚えてるなあ。キャプテンになりたての頃は『サッカーしろ、お前ら!』『勝ちたくないのか!』とか怒鳴ってたけど、徐々にチラチラこっちを見てるだけになってさ。あまりにチラチラ見てるから『……神北もやる?』って聞いたら『ううん、しょうがないな』みたいな感じで参加しはじめたよね。しまいには、誰よりも楽しんでた節もあったような」


 豊島の証言に、神北は思い当たったという風に唇を噛みしめている。


 周囲では、選手たちがそれぞれ過去の光景を思い出していた。


 選手たちの脳裏には『カバディ、カバディ!』と汗を流し、笑顔で走りまわる神北の姿が浮かんでいた。


 しばしの静寂。その後、ハッとした神北が反論を試みる。


「ま、待て! やっぱりそんなことはない! そりゃ、何事も経験だから混ざることはあったかもしれないが、それもたまたまで……。俺は常に、サッカーのことを考えていたぞ!」


「えー、それは嘘じゃない?」豊島が異議を唱えた。


「ポートボールが部内で流行ってたときなんか、たまにはと思ってサッカーをはじめたら『……あれ? なんで、サッカーしてるんだ?』みたいな顔してたじゃん! 『俺、ポートボールがしたいのになあ』みたいな感じで」


「ち、違う! そんなことは、断じてない!」


「えー、あったよー! 一時期なんてハマりすぎて、ポートボール部のキャプテンみたいになってたし! 『これこそ青春だ』みたいな顔して、満足そうにポートボールやってたじゃん!」


「違う! 違う! そんなことは、決してない!」


「まあまあ。争うのはよくないぞ」そう言って、二人の間に入ったのは土門だった。


「過ぎたことを言っても仕方がないさ。大事なのは、過去より今だ。そうだろう?」

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