第3話

「……大体な、お前ら、練習しないからこうなるんだぞ! 俺がキャプテンに就任してから、さっぱり練習してなかっただろう!」


 豊島が、口をへの字にして答える。


「えー、練習してたよ。なあ、土門?」土門がうなづく。


「ああ、してたしてた。当然だろう、サッカー部だぞ」


「嘘つけ! してなかっただろう! ……やってたのは、必殺技の練習じゃないか!」


 そうして豊島と土門を指差し、神北は続けた。


「普通、練習というのは、シュート練習やパス練習とかのことだろう! それがなんだ、お前らはキャッキャキャッキャと騒いで、必殺技を作るんだとか訳の分からないことばかり言って! まともな練習、ほとんどしてなかったじゃないか! ボールすら、使っていない日もあったじゃないか!」


「えー、やってたと思うけどー」豊島が口をタコのようにして言う。それを見て、神北が吠えた。


「していなかっただろう、明らかに! マンガを読んで研究するか、グラウンドで騒ぐかの二択で! パスという言葉すら、この一年で一度も聞いたこともなかった! そうやってくだらない必殺技ばかり夢想するから負けたんだ!」


 その言葉に、豊島と土門はムッとした表情で返した。


「ムッ。しっつれいな。オレの『アクロバット・ドライブ』をバカにして。『放った瞬間に天空を目指して飛び、飛んだかと思えばキーパーの目の前で急激に下降してゴールする必殺シュート』なのに」それに、土門も続いた。


「ああ、俺の『ドラゴン・カッター』を馬鹿にするな。『芝と地を削りながら相手の目の前に現れ、二本の足とは思えない俊敏さでボールを刈り取ってついでにゴールまで決めてしまう必殺スライディング』だぞ。それの、どこがくだらないんだ」


「地球上にできるヤツは存在しない、そんなもの!」神北が叫んだ。スパイクの金具がけたたましく音を鳴らし、神北の額には試合中かというほどの汗が玉のように浮いていた。


「……まったく。本当に、くだらないことばかり考えて」一呼吸置いた後、神北がイライラしながら続ける。


「サッカー自体、まるで練習せずに一年を終えて。なにかしていると思ったら訳の分からない必殺技を考えるか、まるっきり別のことをしていて。この一年、お前らがやっていたスポーツはなんだ? 言ってみろ」


 問いかける神北に、豊島と土門が答えた。


「えーと、野球に、バスケかな」

「バレーに、テニスもだな」

「あとカバディと、ポートボール」

「タンブレリ、ウィッフルボールに、クロスミントンも」


「全部、別の競技じゃないか!」神北の額に、血管が浮き上がった。


「それになんだ、後半の、その……なんとも言えない競技は!」ロッカーをドンドンと叩きながら、叫ぶように神北は続けた。


「お前ら、サッカー部だろう! なのにどうしてサッカーをせず、そんな競技ばかりやってたんだ! グラウンドに行ったら、誰もいなかった時の俺の気持ちが分かるか! そのやる気を、なぜサッカーに注げなかったんだ!」


「いやあ、息抜きも必要だしね。サッカーばっかりじゃ、息が詰まるっていうか。なあ、土門?」


 豊島の問いに、土門はウムとうなづく。


「ああ。息抜きをすることで、効率が上がることもある。必要なことなんだぞ、神北」


「遊んでばかりのお前らに、いつ、息が詰まる瞬間があったんだ!」神北のボルテージがまた一段と上がった。


 そうして一つ大きな息を吐き、神北はロッカールームを行ったり来たり歩きつつ、不満を選手たちへ次々とぶつけていく。胸に溜まった鬱憤は、湧き水のように止まることを知らない様子だった。


「……今日の試合だって、お前たちはなんだ。本番なのに意味不明な実現不可能な必殺技をだそうとし、それで当然のごとく失敗して恥ずかしくなり、「テヘヘ……」とはにかんで。はにかんでいるうちに失点を重ね、また技に挑戦しては失敗してゴールを許す、その繰り返しだったじゃないか。そんなヤツらがほとんどのチームで、どうやって勝てというんだ! それだから、100点も取られる有様になったんじゃないか!」


 ロッカールームを歩きまわり、さながら指揮官のように胸を張って熱弁する神北。


 自信に満ちた姿勢は足音さえもリズミカルに響かせ、スパイクの金具は四拍子のリズムを奏でていた。


 だが、その様子を見て、豊島がポツリと呟く。


「……でもさあ。さっきからオレたちのせいにばっかしてるけど、神北にも責任はあんじゃね?」

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