第2話

 ドン、という強い音に、選手たちは一様にその方向に目を向ける。

 

 視線の先にはロッカーに拳を叩きつける、キャプテン神北の姿があった。


 先ほどとは中身の異なる静寂。メンバーが注目するなか、神北が言う。


「……お前ら、悔しいと思わないのかよ」それは怒りを抑えたような、低い声音だった。


「……な、なに言ってんだよ。悔しくないわけないだろ、なあ?」


 豊島が、慌てたように周囲に問いかける。


 選手たちは当然だとばかりにうなずいた。しかし、神北はふたたびロッカーに拳を当て、怒りをあらわにした。


「……嘘つけよ。みんな、心底悔しがってないだろ。俺には、分かるんだよ」

 

 そうして神北はロッカーから離れ、選手全員から注目される部屋の中央まで歩いていく。

 

 神北の額には血管が浮き、その様子を神北以外の全員が見つめていた。

 

 部屋の中央で立ち止まり、息を一つ吐いた後、神北が言う。


「……今日の試合のスコア、分かるか? 分かるよな、実際にプレーしてたんだから」

 

  神北を囲む形の選手たちはみな目線を集中させ、声を出さずにキャプテンの一言を待っていた。

 

 選手たちを見渡し、視線を十分に受けとめた後、神北が口を開く。「……今日の、スコアな……スコアな……」

 

 そうして放った言葉は、選手たちの表情を一変させるものだった。


「……今日の、スコアな…………100対0だぞ! 100対0! 100点、取られて負けたんだぞ、俺たちは!」


 ………………。


「…………プッ、あははははははははは!」

 

 次の瞬間、ロッカールームに響いたのは、爆発したような笑い声だった。

 神北以外の全員が腹を抱え、顔をクシャクシャにして笑い転げている。

 敗戦を屁とも思っていない光景が、そこには広がっていた。


 ■


「ぷくくくー! あーっはっはー! なんだよ神北、そこには、触れないようにしてたのにー!」

 

 大爆笑の嵐。そのなかで、豊島が涙を流しながら言った。

 

 隣の土門は、腹を押さえて苦しそうだった。


「あーっはっはっは! そうだぞ、神北!俺たちは『青春をサッカーに懸けていたサッカー部』を演じてたんだぞ!」


「うるさい、笑うな! 真剣に怒ってるんだぞ! 聞いたことあるか、サッカーで100点なんて! 大恥だ、大恥ぃ―!」

 

 顔を真っ赤にし、神北は本気で怒っている。

 

 だが選手たちは別の意味で顔を真っ赤にし、豊島に至っては額に新たな汗までかいていた。

 

 100点、100点、と誰かが言うたびに笑いは起こり、100点と聞くごとに神北の血圧はグングン上昇した。

 

 大笑いする選手たちの狂乱と、神北のワーワーしている怒声。

 

 ロッカールームはカオスな状況となり、様々な声が入り混じる有様となっていた。

 

 そうして状況がようやく収束したころ、息も絶え絶えに、豊島が言った。


「……はあはあ。……しかし、サッカーで100点って、ありえないよな……」


 それに、同じぐらい息を切らせた土門が返した。


「……ああ、新記録だ、新記録。聖王学園の、偉大なる、しんきろ……ププッ!」


「なにがおかしいんだ!」二人の様子に、神北が声を荒らげた。


「新記録は新記録でも、不名誉すぎる新記録じゃないか! 一生残るぞ、史上最多の失点記録として! それでどうして笑ってられるんだ、お前らは!」


「えー、だって面白くない? 逆に」豊島がヘラヘラして答えた。


「なんの逆だ! 全然面白くない!」神北の血圧がまた上昇した。


「100点だぞ、100点! 一分に一点で、済んでないんだぞ! 相手すら、途中から呆れていたんだぞ! ……まったく、お前らときたら……!」


 神北は細かく貧乏ゆすりをしつつ、部員全員をにらみつけた。目は若干ながら血走っていた。


 そうして一通り目線を合わせると、神北はここぞとばかりに、説教を開始した。

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