過去と未来への依頼 主役:大槻
木造校舎がまだ二階部分まであったころの話。
時は遡る二年前の話だ。
校舎がまだ鉄筋ではなかった頃、山の急斜面の前に木造の学校があった。床がギシギシと音が鳴り響、窓辺からも隙間風が吹くなど建物がやや傾いているほどぼろかったと思う。
その学校が一階だけ残して二階だけ消えたのは、今でも謎のままである。
放課後クラブがまだなかったころ、月城(つきしろ)という男子学生が窓辺に背もたれながら右手を遠くに向け本を見ていた。彼はいつも窓の外を見ている不思議な子だった。
彼に話しかけたのはそんな他愛もないことだった。
「いつも外を見ているけど何か見えるの?」
彼が窓の外に何かをいるのを見ているかのように彼の目がそれを追っているのを何度も見たことがあった。
私にはその姿は見えない。彼がいったい何を見ているのか、私のひそかの興味を抱かせていた。
「別に・・・なにも」
彼は私の問いかけに応じないようだった。
私はしつこく彼に訊いてみた。
「なにも、ただ鳥を見ていただけだよ」
私は彼が見ている窓から覗いてみてみた。
小鳥たちが数羽餌を探し回っている姿があった。
「鳥・・・ね」
私は妙に納得できなかった。彼が鳥を見るためだけに本を片手に、両目を本から遠ざけるかのように窓の外を見ている。
私は彼の秘密を暴きたいと、ひそかにから確信へと変えていった。
「ねえ、外に行ってみようよ」
「ひとりで行ってこれば?」
私の提案を却下すると同時に本を閉じ、窓辺から視線を放す彼に私はなにか腑に落ちないといら立ちを覚えた。すぐに焦ってはダメだと瞼を閉じ、自分に暗示をかけるように「落ち着いて」と呼びかけた。
瞼を開け、彼にこう言った。
「なら別の窓からも見ようよ。きっといろんなパターンが見れるかも」
「・・・・・・」
彼は視線を壁に写した。
なんの変哲もない壁だ。灰色の壁。色が褪せており昔の写真と比べると色が褪せてしまっている。
壁は氷のひび割れのようにあちらこちらへと地割ができていた。壁の先からかすかにひんやりとした風が流れてくる。
彼は壁にもたれかかり、そして瞼を閉じた。
「どうして君はぼくに話しかけるの? みんなから聞いていない? ”ぼくに触るとうつる”って」
うつる・・・彼はそのことを気にしているようで、私に瞼を閉じたまま話しけていた。私はどうしてそう呼ばれているのかが知りたくて直接本人に近づいただけだ。
周りはその噂を彼自身が流していると聴いていたからだ。
「きょ――」
「興味本位だったから?」
まるで知っていたかのように私のセリフよりも先に奪い去った。彼は初めから私がここに来ることを予見している様子だった。
「――私は友達になりたい。君とお友達になりたいから話しかけたんだ!」
私には話せるほど友達はいなかった。
みんなのように友達同士の家に行ったり外へ遊びまわったりできなかった。私は友達を作るのが苦手だ。
その理由はおそらく、私が他の人よりも探求心が優でているからだろう。
「ぼくのプライベートに侵害しているのに?」
私は言葉が出なかった。
確かに、今の彼ならプライベートでここにいる。それも休日なのに学生服を着てまでここにいるのだから。
学校の出入口は休日でも開けっ放しだ。この学校の特有の身勝手。休日でも祝日でも学校内に自由に訪問で来た。
「私は・・・」
「ぼくは君に観察されるほどまでじゃないし、なによりもぼくは友達はほしくない。それに――君はだれなんだ。少なくともこの学校の生徒じゃないよね?」
絶句した。
まるで読まれていると。
けどひとつだけ間違っていることがある。
「結城君。ごめん、遅くなった?」
同じ学生服を着た女の子が廊下の奥から走ってきた。
彼の名前は結城(ゆうき)くんらしい。
「別に」
興味ないまま、から返事をする。
「・・・? 誰かいたの?」
「幻覚じゃないかな」
彼と彼女は私の下からゆっくりと去っていく。
私は叫んだ、彼の名前をようやく知ったのだから。
「結城くん! 今度、会うときは卒業後だね」
結城君は振り返り私を見るなり何も言わず立ち去っていった。
***
鉄の扉を閉めゆっくりと教室に戻ってきた。
教室の懐かしい臭いが漂ってくる。
元の世界に戻ってきたのだ。
教室の窓から外を見た。
雪が積もっている。木の椅子に掛けてあったコートを手に取り、羽織った。あちらの世界だとちょうど春だったために生暖かい場所から肌寒い場所へ転移したような気持ちだ。
「結城くん・・・か」
マフラーを首に巻きながら少し惚れたように頬が紅潮した。不思議な少年だった。もう一度会ってみたいと思ったが、教室に飾られたカレンダーから会う時期はおそらく卒業後だと悟った。
「大槻先輩! なにしているんですか!?」
ちょうど買い出しに出かけていた伊東が帰ってきた。
扉がかすかに開けっ放しだったことに気づき、扉をゆっくりと閉めた。
「ちょっと旅行に行っていただけだよ」
「先輩・・・もう心配したんですよ。急にいなくなるもんですから・・・てっきり駅まで行ったのだと・・・」
コートを脱ぎながら彼はだらけそうに横になる。
「ごめんごめん」
私は彼に軽く謝りながら外を見つめた。
白い綿がゆっくりと空から舞っている。
「ひぇ~雪だ! 帰り電車が止まらないといいけど・・・」
伊東は相変わらずまじめすぎる。もう少し柔らかくなってもいいのにと考えながら伊東の肩を掴む。
「なにをするんです!?」
「伊東、後輩たちをよろしくね」
「えっあ、あのっ・・・先輩」
顔を真っ赤にしながら少年らしい顔いろになっていく。まだまだ純心で少年だ。彼が遠くから覗き仮せている頃を思い出す。
まだ放課後クラブは私と先輩の二人しかいなかった頃、廃部寸前となっていた。
扉のことも学校側に秘密をしながらいつまで隠しきれるのか心の中で模索していた。秘密を守りつつ扉を保護できないかと。先代の顧問がこの扉を守っていくよう約束したあの日のように、この扉を守り抜くとそう約束したのだ。
あの頃は、秘密を守れる新人君が見つからず気が焦っていた。
廃部三日前、伊東と月野が訪れたのだ。
日中からカーテンで仕切られたこの教室は暗く、電気の灯りもまともにつかなかった。唯一カーテンを開けば西日が入ってくるが午前中は暗い教室。
先輩は歓迎し、二人を招き入れた。
廃部の条件は三人以下になることだ。せっかくのチャンスを取り逃したくないと必死の説得で二人を秘密を守る条件で、部活に加入させることに成功した。
あの時は先輩・・・号泣していたな。
先代の約束を守れたことによる感動か、それとも廃部ならなずにすんだことへの感動か、メンバーが増えたことによる感動か、今になってはわからないことだ。
「大槻先輩! そろそろ放してください」
バタバタともがきながら伊東は暴れていた。
私はハッとなり慌てて掴んでいた手を放した。
「ごめん。痛かった?」
「・・・うれし・・・いえ」
伊東はお茶目さんだ。入ったころと変わらない。
「先輩。高間木(たかまき)先輩はいま、どうしているのでしょうか」
高間木先輩・・・か。
私の先輩にしてとてもよくしてくれた先輩だ。
彼はいま、どうしているのだろうか。
「わからないなぁ」
「そうですか」
よくよく考えてみれば高間木先輩のことはなにひとつ知らない。あの世界で高間木先輩は人一倍に堪能していた。苦しい時でも辛い時でもあの世界でしか体験できないことを心ゆくまで楽しんでいたっけ。
卒業以降、連絡は取れずいまだに会ってはいない。
「先輩は高間木先輩に合いたいですか?」
「うーん・・・なんとも言えないなぁー」
半分ごまかしながら答えた。
「そういう伊東くんは高間木先輩に合いたいのかな?」
くすぐるように伊東の脇をくすぐって見せる。
「ひゃっ! ひゃめてくひゃさい・・・せんひゃい!!」
「うひひひ~私よりも先輩が恋しいのかい」
悪い魔女のように演じながら伊東をからかう。
「違いますって! ぼくは”どうして、あの日姿を消したのかを知りたいだけです”」
くすぐりを辞め、伊東を遠ざけた。
”あの日姿を消した”理由を唯一知っているからだ。
「先輩?」
私は立ち上がった。
扉の前に立ち、伊東に尋ねた。
「もし、この扉の先で生まれた世界よりも愛した場合、きみならどうする」
「ま、さ・・・か」
伊東はすぐに察した。顔を蒼ざめ私の本意を悟ったのだ。
「そうだ。高間木先輩は現実を見捨て、この中で生きることを選択した。卒業したあの日から、高間木先輩は扉の中を選んだんだ。私はあの日、止めることができなかった。このことを知ったのは手紙で知ったぐらいだ。あの日を境に、高間木先輩は行方不明さ」
「警察に捜索願が出されたのでは!?」
「されたさ。今でも行方不明者扱いで捜索願いが出されている」
「そ、そんな・・・」
落胆するかのように伊東は力なく背もたれ椅子に座り込んだ。
「どうして・・・先輩が・・・」
私はこれ以上何も言えない。
ただいえることは、あの扉の先で、高間木先輩は帰ってくることはない。
あの世界に魅せられたのか、私も引き止めるどころかあの世界にあのまま居たいと思うほどだった。あれほどあの世界は夢の国と同じようにいつまでも社会に押しつぶされずに生きていける。そういう錯覚的な作用がある。
先代の約束のため、この扉は破棄できないし、高間木先輩が戻ってくることも考えられるから壊すわけにもいかない。
「伊東! 私はできなかった。最後まで」
そうだ。私の代わりにこの子たちがいる。この子たちに頼むしかできない。
「けど、このことを伊東たちに託すのはよくないかもしれない。私の代わりに高間木先輩を見つけ、連れ帰ってほしい。彼はきっとあの夢の中にいるままだ。私は、明々後日から都会へ引っ越しする。三年ほどは会えないかもしれない。だから、捜索はお願いしていいか」
断られることも視野に入れていた。その場合はあきらめるしかない。
けど、違った。伊東はすぐに状況を飲み込み答えたのだ。
「ぼく、探してきます。先輩の代わりに絶対に探してきます!」
私は少しホッとしていた。
伊東がそう答えてくれるのを信じていた。
私よりも伊東の方が高間木先輩との交流が深いのだから。なにせ、伊東の義理兄が高間木先輩なのだから。
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