第3話
ユーナに連れられて行った先は、小さな野球場だった。田舎の県の、さらに田舎な地域で使うようなグラウンド。両翼95mほどの小さ目な野球場だ。
上から差してくる日光が眩しい。このゲームには天候の概念もあるらしく、雨天だったり台風だったり様々なフィールドエフェクトが発生するそうだ。毎週月曜日のお知らせで一週間の天気がプレイヤーに通知される。そして、現実よろしく的中率なるものも設定されており、予報通りの天気になるかはその日が来るまで分からないそうだ。そんなところまでこだわるのかよ、と少し開発スタッフに呆れてしまった。
「ここが、フェアリーズのホームグラウンドっす。こっちが事務所っすよ」
ユーナに先導され、通路を歩く。
前をスキップして歩くユーナは、歩くたびに後ろにくくったポニーテールが上下に揺れ、見た目も相まって下校中の小学生にしか見えなかった。
「えっと、俺はこれからユーナが所属してるチームの、リーダー? キャプテンでいいのかな? に会いに行くんだよね」
「そうっす! チームの所属許可はキャプテンしか出せないんです。ちょっとクール系で冷たく感じるかもしれないっすけど、優しい人なんで安心してください」
歩きながら、今の状況を確認する。
ユーナに誘われたチームへの参加。俺としては初めて知った制度だし、せっかく誘われたのだからと入る事にした。自分としては軽い気持ちで答えたのだが、ユーナは驚くほど喜んで、ぴょんぴょんその場で跳ねていた。
「この部屋っす。カミシロさんが来ることは既にチームチャットで知らせているんで、向こうも待ってる筈っす」
「そうか」
扉の前まで来たら、緊張してきた。言ってみればこれは面接のようなもの。ゲームといえども気が入るというものだ。
さて、少し落ち着くまで待とうか。しっかりと心づもりをしてから……
「おいっすー! みっちゃん例の人連れてきたっすよー」
「あっ」
一息整える暇もなくユーナが扉を開けてしまった。
こうなっては俺だけ外に待つわけにもいかない。観念して一緒に部屋の中に入った。
部屋の中はまさに事務所という感じで、落ち着いた雰囲気ながら散らかっていた。正面に置かれた大きな机の上には、何やら資料が乱雑して放り投げられており、端にはデスクトップパソコンのような端末が設置されている。そしてその机の上で手を組んで椅子に座る女性。彼女がこちらを、というより俺を見ている。
長い黒髪。ぱっちり開いたまぶた。座っている状態でははっきりとは分からないが、身長は170に達するかどうかだろうか。ゲームだから当たり前といえば当たり前だが、かなり美人だ。
「君が、カミシロ君?」
「はい。そうです」
「そう。そこに座って」
そこに、と言われてもこの部屋には椅子は彼女が座っているものしかなかった。座れと言われてもどこに座るんだと一瞬困惑したのだが、黒髪の彼女が右手を振ると、俺たちの目の前に椅子が2個現れた。
そうだった。ここはゲーム、こういう事もできるのか便利だな。と感心して今出てきたばかりの椅子に座った。ユーナはわざわざ俺の隣に椅子を引っ張ってきて、そこに座った。
どうでもいいけど、俺の横に座ると彼女もこれから面接受けるみたいな感じになるな。
「何かこれ私も面接みたいで緊張するっすね」
「じゃああっち側に座ったら?」
「えへへ。嫌っすね。カミシロさんは私が初めて勧誘した仲間になるかもしれないんすよ。隣にいるっす」
「何か身内がついてきたみたいで恥ずかしいな」
「そうっすか? ユーナお母さんに甘えてもいいんすよ?」
「いや、ユーナはどっちかって言うと妹だな」
「……あなたたち、随分仲がいいのね。話によると今日始めたばかりのルーキーだって聞いたけど、リアルの友達? まぁどちらでもいいけど」
黒髪の女性はジト目で俺たちを見る。俺も気を入れ直して背筋を伸ばした。
「さて、私はフェアリーズのキャプテンをしているミルクです。今回はあなたがうちのチームに入ってくれるという事だけれど……とりあえずステータスを見せてくれない?」
ミルク……随分見た目からは印象が離れた名前だな。まぁネトゲの名前ってこんなもんなんだろうけど。リアルなゲームだからすごく違和感が強い。
ミルクさんの前にゲームシステム画面が現れ、彼女が何度かそれをタップする。
すると俺の視界の端にメッセージがポップアップしてきた。
『《ミルク》からのステータス公開要求を承認しますか?』
俺はその下に現れたイエスをタップする。
「えっと、イエス押しましたけどこれでいいんでしょうか?」
「ええ。ちょっと待ってね。確認するから」
ミルクさんは俺のステータスが写っているであろう画面を上から眺めていく。途中までは普通の顔だったのだが、一番下、つまり特殊技能の欄を見て、目を見開いて驚いた。
「ちょっと、カミシロ君! あなた特殊技能持ちだったの!?」
「え……ええ、まぁ」
「むっふふ~。すごいっしょ!?」
何故か横でどや顔のユーナ。
俺はといえば、身を乗り出して叫ぶミルクさんに思わず引いてしまった。
何だ? そんなに特殊技能持ってるのはおかしいのか?
彼女はユーナを睨んだ後、頭を抱えてため息をついた。
「ユーナ。あなたちゃんとうちの状況まで説明したの? 特殊技能持ちの新人雇える資金うちにはないわよ?」
「うっ、してないっす……」
「やっぱりね。そんなことだろうと思った」
ミルクさんに問い詰められ、しゅんと小さくなるユーナ。
ポニーテールも心なしか元気がない。
しかし、資金? 何か俺が入れない問題があったのだろうか。
「あの、すいません。もしかして、俺じゃ問題がありましたか?」
「あぁ、ごめんなさい。あなたの問題じゃないのよ。どっちかというと、うちの【チーム】の事情。その様子だと、多分NBOのチーム運用仕様も知らないんでしょ?」
「はい。聞いた感じ全く分かりません。良ければ教えてくれませんか?」
ミルクさんは「分かったわ」と言った後、机から書類を引っ張り出して俺の前に掲げた。
「NBOのチーム設立において、もっとも特殊なのは運用に関してかかる資金よ。このゲームにはね――年棒があるの」
年棒――その言葉を聞いて驚いた。現実のプロ野球や独立リーグで選手を雇うためにチーム、細かく言えば親会社が払うお金。選手の給料である。
「ゲームなのに年棒があるんですか?」
「正しく言えば、年棒ではなく
「なるほど。そんなところまでリアルにしているのか」
こりゃ凄いな。ゲーム内にまでプレイヤーを雇うという関係を入れるなんて。
「で、ここからが問題。このゲームはGを稼ぐ手段はいろいろあるけれど、チームを経営できるほどの量のGは基本リーグ戦でしか稼げないわ。当然上のランクに行くほど資金は潤沢で強い選手を雇えて、下のランクに行くほど資金繰りが苦しくなる。フェアリーズの現在のランクはサード。運営からの補償金があるルーキーと違って、全部自分たちで金策しなきゃいけない分、金勘定は一番厳しいリーグよ」
「へぇ、でもそれが何で問題に?」
ミルクさんが呆れたような目になった。
「あなたねぇ。NBOにはリアルマネートレードシステムがあるって知ってる? ゲーム内のGはある程度ためると電子マネーに交換できるわ」
「あーそっか。それでプレイヤーはより金満チームに所属したがるのか。でもそれだけじゃ……あっ」
「気付いたようね」
そうか……。ここまでリアルなゲームシステムを組んだNBO運営だ。まず間違いなくアレがある。
「そう。金満による一方的な引き抜き。このゲームはね。チームの参加には許可がいるけど、出ていくのは完全に選手の自由なの。元々のチームは残留交渉するしかない。で、ここまで言えば分かるわよね。これから言う事は、ゲームシステムに定められたものじゃないけど、NBO内では常識として存在する
そういう事か……。
確かに、ここまでの拘り方。今確信した。このゲームを作った奴らは、本当にオンライン上でプロ野球を作るつもりでこのゲームを設計している。
今までのやり取りから、俺の持つ特殊技能が相当なレアであるという事は疑いようがない。つまり、俺には相当な値が付く可能性がある。現実世界の金と交換可能なGで、だ。
「うちがあなたに払える契約金は、せいぜいが100万G。はっきり言って、ルーキーの特殊技能持ちならトップリーグでも育成目的で雇うチームがあるわ。契約金も……5000万は固いわね。チームによっては1億出すところもあるかもしれない」
なるほど、これでミルクさんが俺を雇えないといった理由が分かった。確かに、それほどの市場価値なら普通の奴ならこのチームには入らないだろうな。
「だから申し訳ないけど、この話はなかったことに……」
「俺、フェアリーズに入ります」
「ええ、その方がいいわ。あなたならゲームマネーで暮らすことも不可能じゃな……ええ!?」
ミルクさんがおもしろい顔とポーズを取り始めた。昔のギャグマンガみたいで思わず笑ってしまいそうになる。
「だって俺、ゲームマネーとかどうでもいいですもん」
「ちょっと正気? 1億Gよ1億ごーるど! 初心者は分からないかもしれないけど、このゲームめっちゃ強くなるのにお金使うからね! 普通のRPGみたいに後半に行けば行くほどお金が余るなんて絶対ないからね!?」
「いいですよ、別に。それにチームのリーグが上がれば、手に入るお金は増えるんでしょう?」
「いや、そーだけど……」
「なら、そっちの方がいい。俺は、初めから強いところで始めるより、最弱から始めた方が燃えるんです」
だって、俺は野球人生でもそうだった。下手クソと言われて、才能がないといわれても、努力し続けて大学まで野球をやった。プロにはなれなかったけど、俺がこのゲームを始めたのはまた野球を楽しむためだ。初心を取り戻すためだ。強くてNEWゲームなんて、性に合わない。
「何より――俺はミルクさんと一緒にやりたい」
「え、ええええええ!??」
「ミルクさんは、俺に契約金の事を黙っていてもよかった。ゲーム自体には適切な金額を払えなんて決まりもないんでしょう? なら、何も知らない俺を騙してチーム入れてから、金満に売っちまってもよかったんだ。でもそれをしなかった。俺が損をしないように」
それが俺の本心。強いチームで金のためにプレイする。そんなスタイルも悪くはないんだろう。だけど俺は、この人たちと強くなりたいと、そう思ってしまったのだ。
「だから俺はこのチームに入りたい。このチームで、最強になりたいです」
俺は一通り言いたいことを言って一息つく。
偉そうに言ったが、俺を雇うかどうかはフェアリーズ次第だ。
俺は緊張しながら返事を待つ。
「わぁ~、カミシロさんって意外と肉食系っすか?」
「え?」
「みっちゃん頭がパンクしてるっすよ」
言われてミルクさんに目を向けると、彼女は顔を真っ赤にしながら口を半開きにしてあわあわしていた。
……なんで? なんか俺変なこと言ったか? 自慢じゃないが、結構かっこいい事言った気がするんだが。
「でも妬けちゃうっすね。一緒にやりたいのはみっちゃんだけっすか? 私もカミシロさんと一緒にやりたいんすけどね~」
「あっ……」
ユーナにからかわれて、ようやく気付いた。確かにあのセリフはすごくこっぱずかしい気がする……!
自覚した瞬間、俺の顔も心なしか熱くなってくる。てか、このゲーム恥ずかしくて顔が赤くなる事まで表現できるんだな。野球以外も超こだわってんじゃねぇか。さては開発陣は変態だな?
「まぁ……そうね」
「はい……」
何故か気まずい感じになる。何でだろう。目を合わせるのが恥ずかしくて下を向いてしまう。二十歳超えてこんな体験するなんて。相手が美形キャラだからか?
「カミシロ君。これから、よろしく頼むわ」
ミルクさんから手を差し出される。
俺はそれをしっかりと握った。
「はい。これからよろしくお願いします」
そうして俺は、サードリーグチーム、フェアリーズに所属することになったのだ。
「あと一応言っとくけど、うちは別に最弱じゃないからね?」
……ミルクさんは俺が最弱と言ってしまったことを少し気にしたようだ。
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