第2話

 目の前に広がっていたのは、大きな街。例えるならテーマパークみたいな感じだ。

 周りには人が歩いている。アレも全部プレイヤーなのか?

 よく観察しながら、周囲を確認する。すぐ近くに、街の案内板があった。

 どうやらここは街の中心点で、ここからいくつか施設があるようなのだが、来たばかりという事もあり、よく分からない。どうしたもんか......と頭を悩ましていたら、そこにバッティングセンターという慣れ親しんだ文字を見つけた。


「そうだな。まずはバッセンだ」


 さっきのチュートリアルでのバッティングじゃ物足りない。まだ打ちたい。

 そう思った俺は、案内板に書かれたバッティングセンターを目的地に定める。見た感じ近そうなのは幸いだ。


 ◇ ◇ ◇ ◇


 途中にあるバットやグローブ、ゲーム内の色々な装備を打っている店に目を引かれながらも歩いていると、バッティングセンターにたどり着いた。見た感じの外観は現実でもよくあるバッセンって感じだが、中はどんな感じなのか。中に入る。


 入ってみると、まぁ何というか、ザ・バッセンって感じだ。ただ入り口に貼られていた投球マシンのスペックを見たらMax170の変化球ありとか書いてあってビビった。ゲームだからできるんだなこれ。


 とりあえず130から慣らすか、と思ってたら割と衝撃的な光景が目に入ってきた。


「うりゃあああああああああ!」


 身長150㎝くらいのちっこい娘が、叫びながらとんでもない打球を飛ばしている。バコンバコンとホームランゾーンに当てまくり。右打席でフルスイングだ。


「嘘だろ......アルテューベかよ......」


 アルテューベというのは、メジャーリーグで活躍している身長167㎝のスラッガーだ。野球選手に最も必要なものは恵まれた体格という固定観念を叩き潰した歴史に残る名選手の名前で、インパクトの瞬間に軸足を開くように動かし、打球を飛ばす彼のフォームは、ハサミ打法シザーススイングと呼ばれている。

 メジャーリーグだけではなく、最近の野球界では今まで少なかった低身長のスラッガーというのが増えている。小さな体格でド派手な打球を飛ばす彼らの姿は、数多くの野球少年に夢を与えている事だろう。

 

 見た目小学生くらいの身長の女の子が、でかい打球音を鳴らしているのにビビりながら、俺もバッティングケージに入る。

 あんなに飛ばす奴がいると、こちらも気合が入ってしまうな。


「でりゃあ!うりゃあ!そりゃあ!」

「ほっ!そいっ!ふっ!」


 やっぱり気持ちいいな。バットでボールをとらえて飛ばすこの感覚。真横で声が聞こえるからか、俺もつられて声が出てしまう。

 しばらくの間、そこで二人が打つ打球音が響いていた。


 ◇ ◇ ◇ ◇


「いやーよく飛ばしますね! お兄さん」

「そっちこそ。その身長であんなにいい音を出すなんて。迫力あったから気合が入ったよ」


 しばらく打った後、ケージを出たらあの少女と自然と目が合った。どうやらあっちもこちらを気にしていたようだ。バッティングセンターでいいスイングしてる奴は気になる現象はこのゲームの中でもあるらしいな。目が合うと彼女はにんまりと笑って声をかけてきた。


「身長や性別関係なくフルスイングでホームランを体験できるのがこのゲームの面白さっすからね。お兄さんはその口ぶりからするとこのゲーム初めてっすか?」

「ああ。今日始めたばかりだ。思ったより現実とそっくりでもっと早く始めたらよかったと後悔した」

 

 彼女は足をバタバタさせながら、笑った。雰囲気や動作から、この子は凄く明るい子なんだなと感じる。いや、年上かもしれないが。


「お兄さん経験者っしょ? それもかなり上級者。現実で野球したことなきゃ初めてであんな打てるわけないもん」

「あーまぁ経験者だな。実力もそれなりに自信があった事は否定しない」

「……やっぱりチュートリアルは経験者用っすか?」

「当たり前だろ? 経験者はそっちだろ」


 彼女が少し間を空けて聞いてきたので、何か間違ったのかと不安になる。

 え、経験者用で合ってるよな?


「ちょ、ちょっとステータス見せてもらえるっすか!?」

「うおっ、顔が近い!」

「あっスミマセンっす……」

「まぁステータス見せるぐらい良いけど」


 そう言って俺のステータス画面を開き、その場に表示する。彼女にも見えるように、密着する形になった。


「うわっ、やっぱり特殊技能あるじゃないすか! すげぇー」

「アーチストスイングの事か? これレアなのか?」

「レアっすよガチレア。特殊技能自体は色々な方法で取得できるんすけど、結構手間だったりお金かかるんすよ。だから初期から取得してる人は価値が高いって重宝されるっす。しかもこれ打撃系の中でも本塁打に関係するものだから超強いスキルっすね」

「へーよくわからないけど、経験者かどうか聞いてきたってことは経験者用限定なのか?これ」

「未経験者用のキャラメイクだと決められたポイントから自分で自由にステータスに割り振れるんすよ。経験者用だと野球テスト受けた結果でステータスが変わるんすけど、どっちも上限が変わらない。その代わり、経験者用の場合だけごく低確率で特殊技能がつくって感じっす。カネシロさんは結構バッティング系に寄ってるっすね」


 彼女が説明してくれた内容によると、俺が特殊技能を得られたのはとても運が良かったことらしい。俺は守備にも自信があったけど打撃に寄ったってことは、その分打撃系の能力が重視されて査定されたんだな。


 しかし……、さっきの彼女の言葉の中に少し違和感があった。


「俺名前教えたっけ?」

「ふっふっふ。カネシロさんはネトゲ自体初心者っすね。ステータス欄にユーザーネームは表示されるのは当然っすよ」


 彼女はそう笑いながら言った。

 あーそうか。抜けてたな俺。あまりにこの世界がリアルだからこういうゲーム的な仕様に気が回らなかった。


「一方的に知ってるのは気持ち悪いっすね。私の名前はユーナっす。勿論ゲーム用のユーザーネームっすよ?」

「あぁ、そうなんだ。よろしくユーナ」


 やべ、俺カミシロって本名でいれちまったぞ。

 ……まぁ大丈夫か。芸能人でもないのに、苗字ぐらい気にする必要はないだろう。


「で、カミシロさんはどっか所属する【チーム】は決まってるんすか?」

「チーム? なにそれ?」

「あれ? NBOの【チーム】制度も知らないんすか? チュートリアルとか確認してない? こりゃ相当な初心者っすね」

「すまん」

「別に謝る必要ねーっすよ。誰でも最初は初心者なのは野球でも何でも同じですし」


 ユーナは自分のゲームシステム画面を操作し、チュートリアルページを表示して俺に見せてきた。


「これ、分かりますか? NBOでは数多くの【チーム】が集まってリーグ戦が行われているっす。現実でのプロ野球リーグと同じような感じだと思ってもらえれば正解っす。【チーム】は条件を満たせば誰でも設立可能で、現在NBOには3000を超える数のチームが存在するっす」

「さ、3000!? そんなにあってリーグ戦が成立するのか?」

「そこも現実と一緒っすよ。実績によって4つのリーグに分かれていて、下からルーキーリーグ、サードリーグ、セカンドリーグ、トップリーグと別れているっす」

「あぁ、なるほどね……」


 大学野球のリーグと同じようなものか。

 現実と同じようにランク付けで分けて、そこでチームが勝ち数を重ねていけば上に上がれるってわけだな。


「NBOのコンセプトは正に現実のような野球を誰にでもできるようにするってものっすからね。NBO内でプロ野球が経営されているって考えてもらっていいっすよ。トップリーグの試合は色んなところで中継されてますし。活躍するトップ選手はお金貰ってたりします」

「そりゃ……凄いな。そこまで大きな規模のゲームだとは思ってなかったよ」


 昔やってた某実況野球ゲームのオンライン版かと思ってたけど、どうやら想像以上のコンテンツ量を誇るゲームだったらしい。NewBaseballOnlineは。


「それで、カミシロさん。チームが決まってないならお願いがあるっす!」


 ユーナは少しためらいながら、俺に向き直った。


「私たちの【チーム】、フェアリーズに入ってくれませんか?」


 

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