第4話

「紅白戦をやるっすよ!」


 ミルクさんと握手を交わし、晴れてフェアリーズに加入した俺であったが、その場で突然ユーナが叫びだした。


「紅白戦?」

「そうっすよ。やっぱ新参がきたら紅白戦やるのが決まりっす!」


 まぁ確かに。部活なんかだと新入生の力試しと交流を深めるために紅白戦をするのは定番だが。


「いいわね、それ。私も賛成。カミシロ君はリアルの時間大丈夫?」


 ゲームにログイン中は視界の端に時間が表示される。今の時刻は15:32分。時間的にはまだ問題ない。


「はい。俺は大丈夫ですけど……。人数が足りないんじゃないですか? 今は3人しかいないですけど」

「あっはっはー。そこらへんは大丈夫っすよ! とりあえずグラウンドに出るっす!」


 そうして、俺たちはグラウンドに移動した。



 ☆★☆



 グラウンドに移動した後、ミルクがゲームシステム画面を操作すると、グラウンドに8人のアバターが現れた。

 一人一人が大体170㎝くらいで、同じユニフォームを着ている。

 全員頭が野球ボールの形をしており、正直かなり気持ち悪い。


「うわっ、何ですかこれ?」

「NPCプレイヤーの野球君よ。チームの人数が足りないときはこのNPCで補充できるの。能力は全員オールFだし、積んでるAIも強くはないけどね」

「はー成程。だから人数が足りなくても試合できるんですね」

「そういうこと。最初からチームメンバーが9人いれば問題ないけど、そうじゃない人もいるからね。救済措置みたいなものね」


 この気持ち悪いのは野球君というらしい。まんますぎると思う。

 なんか屈伸したり準備運動したりしてるが、等身がリアルなせいでギャグにしか見えない。


「で、チームどうやって分けますか?」

「あっ私カミシロさんと同じチームがいいっす! みっちゃん敵!」

「じゃあ私が一人でいいわ」


 ミルクさんが呆れた表情で言った。

 3人しかいないんだからしょうがないんだけど、一人だけ違うチームというのは何か可哀想な気がする。


「いいんですか?」

「問題ないわ。どうせ誰かは1人になるんだし。それに――貴方たちぐらいなら関係ないわよ」

「え?」


 ミルクさんはそのままゲームボードの方に行ってしまった。

 そのままボードを触ると、ボードの表示が変わっていく。どうやらあそこでゲームの設定をするようだ。


「3人しかいないし、1イニングだけでいい? あと人数的に不利な私が後攻でいいわよね?」

「それでいいっすよ」

「俺も問題ないです」


 目の前にシステム画面がポップアップする。

 どうやらゲーム参加の確認らしい。イエスを押すと、突然服装が変化した。

 見た感じ、普通のユニフォーム。白を基調としたものに、黒やピンクの線が引かれている。デザイン的には奇抜な方、なのだろうか。少なくとも現実の基準で言えば目立つユニフォームだと言える。


「これは?」

「フェアリーズのユニフォームよ。公式のリーグだとそのチームのユニフォームを着用することが義務なの。今回みたいな非公式試合はどんな格好でもいいんだけど、せっかくだしね」


 ミルクさんが説明してくれた。どうやら俺の初試合という事で気を使ってくれたらしい。

 うん、確かに試合するときはユニフォームじゃないと気が入らないからな。


 ミルクさんはマウンドに上がっていった。

 歩きながらグローブ、帽子が出現していく。

 なんかかっこいいな。アニメの演出みたいで。

 あと、ミルクさん左利きなのか。グローブが右手用だ。多分、ミルクさんはピッチャーだ。なんかマウンドが堂に入ってるし。


 どうやらあの野球君たちは完全な守備要因として使うらしい。そうなると打席に立つのはプレイヤーだけ。俺とユーナのチームは二人で打席を回し、ミルクさんは一人でアウト3つになるまで打ち続けるって事になる。


「カミシロさん。よろしくっす~」

「ああ、ユーナもよろしく。どっちが先に打つ?」

「カミシロさんでいいっすよ」

「じゃあ遠慮なく」


 バッターボックスに入る。キャッチャーに小声で「お願いします」と言ってしまうのは、癖みたいなものだ。相手がNPCの野球君だと分かっていても思わずやってしまう。

 てか、審判は普通のグラフィックなんだな。リアルすぎて人間そっくりに見えるけど、これ判定はAIがしてんのかな。このゲームの事だし誤審まで再現してるとかありえる。


『プレイボール!』


 と、余計なことを考えるのもほどほどに。今は投手に集中しないとな。

 打席内でしっかり構えを作る。

 俺は左打ち。彼女は左投げ。一般的には投手有利。しかし俺は自慢じゃないが、人生で左投手を苦に感じたことはない。


 ミルクさんが構えて、投げ――。


「うおっ!?」

『ストライク!』


 投げられたのは、外角低めのストレート。

 球速も中々に早かったように感じたが、驚いたのはそこじゃない。


「左のオーバースロー……!」


 男の中でもあまり見ない、左投げからの豪快なフォーム。

 こりゃ凄い。確かにゲームならあり得る話だ。俺はまだ固定観念から脱し切れていないらしい。


 ミルクさんがにやりと笑ったのが帽子の陰に隠れながらも見えた。

 あぁ、いいな。すごく燃えてくる。


 2球目――今度はインコースのストレート。

 内角は俺の得意なコースだ――!


 全力でバッドを振りぬく。手応えがズレている。これはファールだ。

 予想通り、打球は勢いよく転がりながら一塁線を切れていく。


 さて、これで0ボール2ストライク。俺が追い込まれた形だが……。

 3球目、外角低め、ボール。

 4球目、インハイ顔の近く、ボール。

 これでツーツー。一応、選球眼には自信がある。そう変なコースには手は出さないさ。


 5球目、間違いなく決め球を投げてくる。

 オーバースローから投げられた球は――外角低めギリギリ、ゾーンの隅をつく完璧なコース。これは――振るしかない!


 ストレートである事を祈って振り切ったバットは、空を切った。ボールは沈むような変化を見せ、ボールゾーンに落ちる。

 ツーシーム。高速で沈むように手元で変化する変化球だ。


『ストライッ! アウッ!』


 AI審判が、やけにリアルな叫び声で俺の三振を告げた。奥に見える電光掲示板のアウトカウントが一つ点灯した。


 



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