二話 道中

 今でいう長野県、信濃の山奥に真明の寺がある。

 その寺には名前が無い。真明はあえて名前を付けなかった…のではなく、付けることができなかった。


 真明が寺と呼んでいる建物は一体の仏像だけしかないので、名前を付けることができない。

 二体以上仏像がいる寺に名前を付けられるという決まりがある。


 真明は信濃の寺を出て日本の北に向かって旅をしようとしている。

 日が昇り始めた頃、真明は普段の黒と白の僧侶の服に三度笠、錫杖(しゃくじょう)を持ち寺の外に出た。


 真明の寺は信濃の山奥にあるので、まず山を下りる必要がある。真明は歩くことは嫌いではないため、ものの数分で山を下りてしまった。


 そのまま道なりにまっすぐ歩く。


 すれ違う人には軽くお辞儀をして感謝の念を送ることも修行の一環である。


 しばらく歩くと小さな村に着いた。その村に入り、道の途中で真明は立ち止まり座った。あぐらをかいて三度笠を、かぶる側を上にして下に置いた。そして、両手を合掌した。


 すると、通行人たちが逆さまの三度笠の中に小銭を入れていく。食べ物を買えるぐらい小銭が貯まると小銭を集め懐にしまい、三度笠をかぶり直した。


 僧侶は仕事があれば稼げるが、無いときの最終手段に道行く人たちから慈悲の小銭を恵んでもらうというものがある。


「ご慈悲に感謝します…」


 真明は呟くように言い、手を合わせた。

 そして、食べ物屋に食べ物を買いに行くことにした。

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