ロンディム奪還、そして……
ラベンダー畑でエリウとたっぷり愛を確かめあった、その翌日。
俺たちはサンガリアの軍を率いて、再び首都ロンディムにやってきた。
ロンディムを眺めるのはこれで二度目だが、高く聳える分厚い城壁の威容と、それを築くことのできるゴーマの国力に、改めて圧倒される。俺たちサンガリアの民には、あれほど巨大な城壁を築けるほどの科学力や土木技術も、ロンディムを包囲できるだけの兵力もない。俺とエリウ、そしてアランサーの力がなければ、サンガリアの民は、ロンディムに迫るどころか皆ゴーマ軍に捕えられ、あるいは殺され、成す術なく滅ぼされていたかもしれないのだ。
ロンディム攻略の成否は、アランサーが本来の力を発揮できるか否かにかかっている。俺とエリウは手を繋いで、陣頭に歩み出た。
一昨日の失敗のせいで、俺たちを見る兵達の視線にも、どこか半信半疑な気配が混じっている。二度あることは三度ある、という諺がサンガリアにあるかどうかはわからないが、もし今日また失敗するようなことがあれば、有力者ズが危惧したように、離反する者が出てくる可能性も高くなるだろう。元々寡兵なサンガリア軍から離反者が出れば、関ヶ原の西軍のように、一気に全軍が瓦解しかねないのだ。
心と体を一つに。
昨日までは離れていたエリウの心が、今は俺と共にある。今の俺たちならば、アランサーの力を引き出し、ロンディムをサンガリアの民の手に取り戻すことができるはずだ。エリウがアランサーを鞘から引き抜き、両手で柄を持ち構えたのを合図に、俺はいつものポジション、エリウの背後へと回った。
「いくぞ、エリウ」
「来て、ケンタ……」
さて、なろう運営からの警告を回避するために、今の状況を日本の昔懐かしいおもちゃ、竹水鉄砲に喩えよう!
先端に綿や布を巻いた棒を竹筒の中に挿し込むと、先からピューっと水が出るやつな!
え? 見たことない? つべに作り方の動画も上がってるから、良い子の皆は是非ともググって作って遊んでみてくれ!
心と体を完全に重ねた俺達に応えて、アランサーが白く輝き始める。その光は、今まで何度かアランサーを振るってきた中でも一際強く、直視できないほど眩しかった。
「あ……ケンタ、あ、アランサーが、熱い……火傷しそうなぐらい、物凄い力を感じる!」
「よ~しエリウ、ゴーマの野郎共にブチかましてやれ、俺たちのアランサーの力を!」
エリウは大きく頷いて、恒星のように眩く光るアランサーを地面に突き立てる。その直後、アランサーの剣先から地面が大きく二つに裂けたかと思うと、その地割れに沿って、アランサーの白い光はロンディム目がけて走り出した。
「おおっ!」
「なんだあれは!」
「これがサンガリアの伝説の聖剣、アランサーの力か!」
背後から兵たちのどよめきが起こる。カムロヌム以後に俺達に合流した者たちの驚きはとりわけ大きかった。アランサーの力を解き放つのはカムロヌムでイーゴンを退けて以来。つまり、彼らにとって、アランサーの真の力を目にするのはこれが初めてということになる。
アランサーによって大地に刻まれた地割れと摩訶不思議な白い光は、その力を引き出すための『儀式』の珍妙さ以上に、彼らの度肝を抜いたようだった。白い光はそのまま、凄まじい地響きを立てながら、数キロ先にあるロンディムの城壁めがけて突き進む。
「いっけぇぇぇ! アランサー!」
「ロンディムを……私の故郷を、もう一度この手に!」
俺とエリウが叫ぶと、白い光はさらに加速度を上げ、勢いをつけてロンディムの城壁に突撃した。
「やったか……?」
俺とエリウの、そしてサンガリアの民たちの願いを乗せたアランサーの一撃。
その先に立ちはだかるは、巨大な軍事国家ゴーマの国力を象徴するかのような、高く分厚い城壁。俺たちは固唾を飲んでその行方を見守る。それは、俺とエリウ、そして全てのサンガリアの民たちの心が、初めて完全に一つになった瞬間だった。
勝敗は、あっけないほど一瞬で決した。
アランサーの直撃を受けた城壁は粉々に砕け散り、白い光はゴーマ人によって作り替えられたロンディムの街並みを真っ二つに切り裂きながら、地平線の彼方へと消えてゆく。
「うおっしゃぁあ! やったぜエリウ!」
「ああ……私たちは勝ったのね、ケンタ……」
少し遅れて、石造りの城壁が崩れるゴォォッ、という轟音がこちらへ響いてきたが、それは背後から沸き起こった兵たちの歓声によって、たちまちにしてかき消された。
「うぉぉぉぉぉお!! やった!」
「あのロンディムの巨大な城壁が、一瞬にして灰塵と化したぞ!」
「救世主万歳! エリウ様万歳! サンガリア万歳!」
兵たちは口々に叫びながら、俺たちを追い越し、ロンディム目がけて一目散に駆け出してゆく。ばっくりと大きく裂けた城壁の向こうにはロンディム市街の様子が見えるが、その被害の甚大さはカムロヌムの時の比ではなく、仮にゴーマの兵が残っていたとしても、組織的な抵抗はまず不可能。これ以上アランサーを振らずとも、サンガリアの兵だけで、ロンディムの制圧は容易いだろう。
賢者タイムを迎えた俺は、アランサーを鞘に納めたエリウの肩を抱き、ロンディムへ向かう兵たちの熱狂を見送りながら、感慨に耽った。
一介の寂しいタクシー運転手だった俺が、タクシーに乗って異世界に転移し、サンガリアの民に出会い、救世主として祀り上げられ、その期待に応えて、サンガリアの民を救ったのだ。そして傍らには、俺を心から愛してくれる美しい女、エリウがいる。
コンビニもないし、Wi-Fiどころかスマホも使えないし、ラーメンも回転寿司もウォシュレットもない不便な世界。
だが、俺はこの世界で、向こうの世界では一生得られなかったであろう、名誉と愛を手に入れた。この世界に俺を導いてくれたタクシーには、もう足を向けて寝られねえな、こりゃあ。
周りにいた兵たちが皆ロンディムに向かい、辺りが静まり返った頃。
俺は突然背後から呼びかけられた。
「ヤッホー。おめでとう、運転手さん」
振り返ると、そこにいたのはヒトミだった。大体いつも一緒にいるカルラの姿はなく、一人でぽつんと立っている。
「お、おう、ヒトミ。来てたのか、お前」
非戦闘員であるヒトミは通常、軍には帯同せず、街や野営地で留守番していることが多い。だから今回も、ヒトミはてっきり野営地にいるものと思っていたのだ。ヒトミはへらへらと笑いながら答えた。
「うん。だって、エリウちゃんたちはずっとこの日のために戦い続けてきたんでしょ? 皆盛り上がってるし、なんか見たいじゃん、その瞬間を」
「そうか……まあ、そうだな」
「運転手さんとエリウちゃんもすっかり仲直りできたみたいで、よかったよかった」
すると、茶化されたと感じたのか、エリウは急に頬を赤らめ、俺の腕をほどいてサッと身を引いた。
「あ、あの……すみません」
「えー、なんで謝るの? いいじゃん、二人とも幸せそうだしさぁ」
ヒトミは微笑を浮かべながら俺たちをじっと眺め、そして、ぽつりと呟いた。
「ねえ、運転手さん……あたし、元の世界に帰りたいな」
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