イーゴンの最期
「ふっははははは! おいゴーマ軍! 何かこの世に言い残すことがあるんなら、今のうちに唱えておくんだな! 俺とエリウの聖剣アランサーが、お前たちを地底に引きずり込む前に!」
口をあんぐりと開けて間抜けヅラを晒しているゴーマ軍の兵士たちの頭上に、俺はこれ見よがしにふんぞり返って高笑いを浴びせてやった。
いいねえ、そそるねえ、出川や上島も真っ青のナイスリアクションだ。罠にハメられた人間ってのはマジでいい表情をしやがる。しかも、騙された相手がゴーマ人のイリーナなんだから尚更である。
ゴーマ軍の先頭に立つ、一際豪華な兜を被った男が、恐怖に声を震わせながら言う。
「お、おい、イリーナ……これはどういうことだ?」
なるほど、あれが指揮官のイーゴンってやつか。イリーナは許可を求めるようにちらりと俺の顔を見た。何か奴に言いたいことがあるようだ。よし、首尾よくゴーマ軍をおびき出した功に免じて、ここはイリーナに任せてやるか。俺は無言で頷いた。
イリーナは眦を決して眼下のイーゴンに問う。
「イーゴン……あなた、浮気してたわね?」
根っからのダメ人間の俺だが、精力と視力には自信がある。ゴーマ軍の先頭にいるイーゴンから櫓まではまだ十メートルぐらい離れているが、イーゴンの顔がさっと青ざめたのがこの距離からでもわかった。
「なっ……何を言っているんだ、イリーナ! そんなわけないじゃないか! カムロヌムが野蛮人どもの手に落ちて以来、俺は寝ても醒めてもお前のことを……」
「嘘おっしゃい! 行商人から聞いたわ、若い女を連れてカムロヌムを脱出したあなたが、その女を新しい妻として迎えようとしていたこと」
はは~ん、なるほどな。イリーナを捕えた後、こいつの心を折り俺の忠実な
「い、いや……それは誤解だ! 何かの間違いだ!」
「あなたがカムロヌムを去り、私は街に取り残されたゴーマ人の奴隷を束ねる立場になった。そして街中を隈なく調べたわ。あなたの愛人だった若い女の家まで全てね」
「なっ……」
「女の家にはあなたの持ち物がたくさん残されていた。動かぬ証拠がゴロゴロと出てきたの。それでもまだ弁解するつもりかしら」
浮気相手の部屋に証拠を残すたぁ、指揮官のくせに随分脇が甘いじゃねえか。まあしかし、いきなり敵襲喰らってカムロヌムから撤退する羽目になるとは夢にも思っていなかっただろうし、自業自得とはいえちょっと気の毒ではあるな。それをおびき出して罠に嵌めた俺が言えた立場じゃねえけどなwww
さすがにこれ以上の弁解は不可能とみたのか、イーゴンはネズミのように情けない声を上げながらイリーナに許しを請い始める。
「い、イリーナ、わ、私が悪かった……お前の言う通り、私はたしかに不貞行為をはたらいていた。つい魔が差してしまったんだ。ほんの出来心だった。私が心から愛しているのはイリーナだけ。私の生涯の伴侶は、イリーナ、この世にお前しかいないんだ」
「……!」
元夫の決死の謝罪に心を動かされたのか、イリーナの表情に明らかな動揺の色が浮かぶ。おいおい、マジかよお前、あんな見え透いた嘘を信じちまうのかよ、女ってやつはほんとに惨めな生き物だな。だが――俺はイーゴンにもよく見えるようにイリーナを抱き寄せた。
「おい、イーゴンとやら! わかってんだろ、この状況! お前はまんまとおびき出されたんだよ、俺様とイリーナに騙されてな!」
「き、貴様……」
「イリーナはもう心も体も俺のものだ……お前がこいつを見捨てて若い女とよろしくやってる間、俺がたぁ~っぷり可愛がってやったんだぜ? ほら、こんな風にな」
と煽りながら俺は、イリーナの体をまさぐる。弱点を攻められたイリーナの吐息は途端に乱れ、微かに切ない声を漏らした。イーゴンはこちらを見上げたまま微動だにしない。そんな元夫の姿を見下ろしながら、イリーナは言った。
「あなた……目の前で私がこんなことをされていても、やっぱり私を助けに来てはくれないのね……」
「なっ……いや、そ、そういうわけでは……」
「もしあなたが命を賭して私を助けようとしてくれたら、私はこの男を殺すつもりだった……でも、もういいわ……」
一層狼狽えるイーゴンに向かって、イリーナは懐から短剣を取り出し、放り投げた。
ちょ、マジかこいつ、そんなん狙ってやがったのか……まあそんなショボい剣なんかじゃあどっちみち俺は殺せねえけどな。
その時、櫓に昇る前から苦虫を噛み潰したような顔で俺たちを見ていたエリウが、顔を顰めて横槍を入れてきやがった。
「救世主さま! やめてください、このような酷い事は!」
「あ? なんでだよ、こうしてゴーマの大軍をおびき出して罠にハメてるんじゃねえか、説教される筋合いなんてねえだろうが」
「……ええ、たしかに、救世主さまの作戦はお見事です。しかし、私はそのことを責めているのではありません。憎き敵とはいえ、これから死にゆく彼らに、何故このような酷い仕打ちをしなければならないのか、ということです」
「んん? もうすぐ死ぬ奴らのことなんか心配してどうすんだよ、結局殺すんだぜ? そんなの単なる独りよがりなんじゃねえの?」
「彼らも人間なのです! 故郷には家族や恋人もいる。中には、ゴーマに服従した部族から強制的に徴兵され、いやいや戦わされている兵士もいます。我々にはサンガリアの再興という大義がありますし、戦場で敵として巡り合ってしまった以上、手加減はできません。ですが、人としての最低限の敬意を忘れてしまったら、我々はいったい何のために戦っているのか……」
敬意だぁ? 何寝言言ってやがる。どんだけ脳味噌お花畑なんだよコイツは。
民主主義国家の日本にだって当然基本的人権は存在するが、そんなのは所詮建前だけのこと。金持ちは貧乏人をミジンコか使い捨てのカイロぐらいにしか思ってねえし、政治家もみんな金持ちの味方、内心では庶民のことをバカにして嘲笑っていやがるんだ。
金持ちは貧乏人に金使わせて毟り取ることしか考えてねえ。そんで消費が冷え込んだと見るや、なけなしの貯金を投資に回させようとFXだのビットコインだの怪しげなものを次々と出してきやがる。
資本主義社会に人の尊厳なんて存在しねえ。ここよりずっと発達した社会ですらそうなんだから、こんな原始時代にそんなもんがあるわけねえじゃねえか。
「んあ? 何のためってそりゃあ、敵をブッ倒して全部手に入れるために決まってんだろうが……あ~、お前さては、俺が目の前でイリーナを可愛がったもんだから、妬いてやがるんだな?」
「なっ、何を……!」
エリウはムキになって否定したが、完全に図星だったということを、その態度と表情がはっきりと示している。
「そんな焦らなくても、すぐにお前も抱いてやるから……よっ!」
俺はエリウの体を無理矢理抱き寄せ、腰の防具をめくり上げた。
さて、運営からの警告を回避するため今起こっている事象をエ〇ァで喩えると、LCLをパンパンに漲らせた俺のエントリープラグが〇ヴァにすっぽりとインサート!
俄かに震え始めた聖剣アランサーをエリウが鞘から引き抜くと、細身の刀身が夜の帳を引き裂いて眩く輝き始め、辺りを真昼のように明るく照らし出す。
餌をねだる金魚のようにぱっくりと口を開け、一様に間抜け面を晒しているゴーマ軍の兵士たち。森の中の獣道を行軍してきたゴーマ軍の隊列は縦に長く間延びしており、アランサーの力を解放するには最高のシチュエーションだった。
「おうらぁ! くらえゴーマ軍ども!」
俺はエリウの腕に手を添えて、ゴーマの大軍、そしてその先頭にいるイーゴンめがけてアランサーを振り下ろした。
ゴゴゴゴゴ……
バリバリバリバリ……
アランサーから放たれた白い光は大地を割りながら一直線に伸び、線上にいたゴーマ軍の兵士たちは突如現れた大地の裂け目に次々と飲み込まれてゆく。
「うがぁぁぁっ!」
「うおおお! なんだこれは!」
「はぁぁぁあ! 助けて! 母さん!」
静寂に包まれていた夜の森に、兵士たちのむさくるしい断末魔が響き渡る。憐れな敗軍の将イーゴンは、一度は深淵に飲み込まれるかというところまで陥ったものの、大地の裂け目に爪を立てて這い上がろうとする兵士たちにしがみつき、あるいは蹴落として、再び地上まで昇ってきたのだった。
「へぇぇぇ、なかなかしぶといじゃねえか。だがな、アランサーは一発しか打てないわけじゃねえんだぜ!」
地上に立ち、肩で息をしているイーゴンを狙って、俺はもう一度アランサーを振り下ろす。新たにもう一筋伸びた白い光は、今度こそ正確にイーゴンの真正面にヒットした。大地の裂け目に落ちる間もなく、アランサーの白い光の中で、前カムロヌム駐屯軍指揮官イーゴンは塵となり、あっけなくその生涯を終えたのである。
「ひゃ~っはっはっはっは! なんと他愛のない! 鎧袖一触とはこのことか! ソロモンよ! 私は帰ってきた!」
某ア〇ベル・ガトーの名言をめちゃくちゃに叫びながら、俺は地底深くへと消えたゴーマ軍の兵士たちに哄笑を浴びせ続けた。足元では頽れたイリーナが小刻みに肩を揺らしていたが、圧倒的勝利の高揚感の前では、それも些細なことだった。
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