首都ロンディム
イーゴン率いるカムロヌム侵攻軍を退けた俺達は、いよいよサンガリア最大の都市にしてエリウの故郷でもある『ロンディム』をゴーマの手から奪還するべく、カムロヌムを発ち、南へ進軍を開始した。
イーゴンの部隊にはゴーマのサンガリア方面軍の大半が投入されていたらしく、道中の街にゴーマ人の姿はなかった。守備隊はもちろんのこと、民間人も全くおらず、街はすっかりもぬけの殻。イリーナの報告によると、汚名返上を期して大軍勢を動員したイーゴンのカムロヌム奪還作戦が失敗に終わり、部隊は壊滅。さらにサンガリア方面軍の指揮官であるイーゴンが死亡したことで、ゴーマ軍の士気は大きく低下し、脱走を図る兵が後を絶たない有り様だそうだ。
エリウは不満そうだったが、俺とイリーナの作戦は大成功だったってこと。笑いが止まらねえぜ!
近年急激に領土を拡大させた軍事国家であるゴーマ帝国は、さらに版図を広めるべく、征服した異民族から兵士を無理矢理徴兵して自らの軍に加えている。本国の兵力はほぼゴーマ出身の兵士で固められているが、尖兵であるサンガリア方面軍は、異民族出身の兵士が約半数にも及んでいた。そのため、元々ゴーマに対する忠誠心は低く、脱走してこちらに寝返る兵も少なくない。最新鋭の兵器と統率された用兵で勝利を重ねてきたゴーマ軍と言えども、こうなってしまえば、最早組織的な行動は不可能である。
事態を重く見たゴーマ軍は、防衛体勢が整っているロンディムに残存戦力を結集し、本国からの援軍を待ちながら籠城を決め込む構えのようだ。
捕えられていたサンガリアの民たちを解放し、またゴーマ軍から寝返ってきた兵を傘下に加えて、俺たちサンガリアの軍勢は以前の十倍以上の数に膨れ上がっていた。まあ、元の数が少ねえから、それでもイーゴンが率いていた軍勢と比べたらミジンコみてえなもんなんだけどな。
カムロヌムを出立して約一月、これといった抵抗も受けずに、俺たちはロンディムに辿り着いた。
サンガリア最大の都市ロンディムは、かつては森に囲まれた緑豊かな街だったそうだ。しかし、ゴーマに占領されて以後、森は大きく切り開かれ、十メートルを超えようかという高い城壁が築かれた。指示を下したのは他ならぬ、サンガリア方面軍指揮官のイーゴン(故人)である。
千人を上回る軍勢を引き連れ、その先頭に立って、俺は前方あと数キロにまで迫ったロンディムの城壁を眺めた。
「あれがロンディムか……」
などと、戦記ものの主人公みたいな台詞が、この俺の口から零れてしまうほどに、それは感慨深い瞬間だった。
……え? お前はただヤリまくってただけだろって? わかってねえなぁ、救世主である俺様がドッシリとふんぞりかえっていることで、下々の民や兵士に安心感を与え、強大なゴーマ軍と戦うための士気を高揚させてやっていたんだぜ。それに、イーゴンを殺しサンガリア方面軍を瓦解させたのは100%俺の手柄だしな!
サンガリアの兵たちは、悲願であった首都奪還を目前にして、歓喜の声を上げている。
最近サンガリアにやってきた俺ですらこみ上げてくるものがあるぐらいなんだから、エリウの感動はひとしおだろう――そう思いながら、隣に立つエリウを振り返る。しかし、エリウの表情は意外にも曇っていた。
「何だエリウ、嬉しくねえのか? ようやく憎きゴーマの奴らを駆逐して、お前の故郷を取り戻せるんだぜ」
すると、エリウはそっと目を伏せながら、一つ大きなため息をつく。
「……ええ。そうですね。嬉しいですよ」
とは言いつつも、それはとても喜んでいるようには聞こえない口調だった。なんか変なもんでも食ったんだろうか――いや、もしかして。俺はエリウに尋ねた。
「なんだ、生理か? ロンディムは逃げやしねえ、何ならあと一週間ぐらい攻撃を先延ばしにしてもいいんだぜ」
あの高く分厚い城壁に囲まれたロンディムを攻略するためには、間違いなくアランサーの力が必要になる。そしてアランサーの力を解き放つために何が必要か、今更言うまでもないだろう。ロンディム攻略作戦において、エリウの体調は最も重要なファクターなのだ。
生理か? なんて下品なことを尋ねたら、いつものエリウなら顔を真っ赤にして怒りだしてもおかしくないところなのに、
「いいえ。体調に異常はありません……さっさと始めましょう」
と、吐き捨てるように言うばかり。
さっさとって、おい。
そのどこか投げやりな言い草が気にはなったが、生理じゃないならそれでいい。エリウはアランサーを鞘から抜き放ち、俺は定位置であるエリウの背後に回って、アランサーの力を解放する準備を整えた。
運営からの警告を回避するために現状を詳らかに説明することはできないが、どうしても、ど~~~~~うしても知りたい! という良い子の皆は、日本が世界に誇るお下劣神話、古事記の国産みの章を参照されたし。成長してないところに成長しすぎたところを刺して塞ぐやつな!
「おらおら、いけ、アランサー!」
「……」
しかし、いつもならこの時点でアランサーがガタガタと震えながら白く輝き始めるはずなのに、アランサーの刀身は日の光を鈍く照り返すだけだった。エリウの反応も極めて薄い。
おや……?
エリウは無言のままアランサーを地面に突き立てる。
ガツッ
だが、アランサーは白く光ることも大地を割くこともなく、地面に小さな傷をつけただけだった。
「……あれ?」
こちらの様子を窺っていた兵たちのどよめきが背後から聞こえてきたが、それはアランサーが不発だったことによるものなのか、それともアランサーの力を解放するための奇抜な
「お、おい、エリウ……? どうしちまったんだ、アランサーは?」
「……わかりません……今日は……ダメみたいです……」
エリウは俯きながらそう言った。後ろから見えるのはエリウの後頭部だけで、その表情は全く窺えない。
「ダメって……やっぱり体調でも悪いのか? ん?」
「とにかく……ダメなものはダメなんです!」
突如として声を荒げたかと思うと、エリウは俺から離れ、毅然とした態度で、背後に控える兵たちに命じた。
「今日は日が悪い! ロンディム奪還は延期だ! 総員退却せよ!」
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