ああ面倒くせぇ

 昨日の俺は鹿爪らしく反省なんかしてたけど、結局昨夜も睾丸が空になるほどヒトミとやりまくった。

 おかげさまで、寝起きの気分は爽快。反省だの後悔だの、そんなの全く俺らしくないし、自分の欲に正直に生きて何が悪いんだっていう開き直りが大事だと改めて思い知ったよ。


 なんだかよくわかんないけど、俺にもヒーリング能力が目覚めたみたいだし、エリウだってあのまま死んじまうよりはずっとマシだった。別に減るもんじゃあるまいし、ああ、いや初体験を散らしちゃったのは気の毒っちゃ気の毒だけど、一回穴を使ったぐらいで何が悪いってなもんよ。

 命を救ってやったことへの正当な対価と考えればかなりリーズナブルだと思うぜ。死者の蘇生なんていうブラックジャックにもできない芸当を、たった一回抱くだけでやってやったんだから。現に、エリウも昨日は俺に感謝していたじゃないか。


 それにしても、自分で自分を癒すことができるってことはさあ、

 つまり、俺ってもう不死身なんじゃね?


 まあ、生きとし生けるものには全て寿命があるし、それを回避できるかどうかって問題は残ってるけど、少なくとも怪我や病気で死ぬことはないわけだ。

 しかし目下のところ、何より嬉しいのは、性病の心配がなくなったこと。


 え? 引いた?


 いやいや、大事なことだぞこれは。ヒトミみたいな女と寝るときには特にな。

 知ってるか? 性病って口からもうつるんだぜ。恥ずかしながら、実は俺も一度クラミジアをうつされたことがある。痛いし情けないし気持ち悪い膿は出てくるしで、ホントにもう勘弁って感じなんだけど、いざってときになると、つけるのが面倒くさくなっちまうんだよな。こっちに転移したときは一応仕事中だったから、ゴムなんて持ってなかったしさ。


 少なくとも、ヒトミと一緒にタクシーに乗ってきたあの汚ねえメタボハゲオヤジとは穴兄弟になったわけだし、ヒトミには彼氏もいた。そんなに若くもないはずだし、これまでにかなりの数の男と寝ているはずだから、どんな病気を持ってるかわかったもんじゃないんだよな。

 だから、そういう意味での懸念がなくなったのはめちゃめちゃありがたい。ヒーリング能力のないパンピー諸君は気をつけろよ、マジで。梅毒とか最近流行ってるみたいだからな。


 そのままぼんやり寝顔を眺めていると、しばらくして、ヒトミは目を覚ました。


「……ん。ん〜……ああ、おはよう、運転手さん」

「おう。なあ、そういえば、ヒトミは何か体に変化あるか?」

「ええ……変化? う〜ん、まあそりゃ、やらないよりは肌の調子が良かったりするけど、それは誰とやっても同じだからなあ」

「他には?」

「う〜ん、別に……」


 まあ、怪我でも病気でもなければそんなもんなのかもな。


 その時、小屋の扉が小さく叩かれ、


「救世主さま、朝食のご用意ができました」


 とエリウの声。たしか昨日は小間使いが起こしにきたはずなんだが、今日はエリウ直々のお出ましか、と少し驚いた。


「ああ、ちょっと待ってくれ」


 と答えてエリウを待たせている間、ヒトミは毛皮の布団から体を起こし、急いで下着を身に付け始めた。俺はまあ別にどこを見られてもどうでもいいんだけど、一応トランクスだけは履いておくか。

 手早くトランクスを履き、扉の向こうにいるエリウに声を掛ける。


「入っていいぞ」

「え、ちょ、待ってよ」

「失礼します」


 扉が開いて、質素な膳を持ったエリウが入ってきた。

 下着姿のヒトミは慌てて体に毛皮を巻き付ける。エリウはトランクス一丁の俺と下着姿のヒトミを交互に見比べ、目を丸くしていた。


「あっ、あの……」


 エリウはそれだけ呟いて、膳を持ったまま呆然とその場に立ち尽くした。

 俺とヒトミとエリウ、三人が硬直したまま三秒ぐらい無言の時が流れたが、静寂を破ったのは、ガチャガチャッという食器の音だった。エリウがその場で膳をボトッと床に落としてしまったのだ。

 視線が一斉にエリウの足元に集まる。彼女の足にかかった熱々の豆のスープが、もうもうと湯気を立てていた。


「エリウちゃん、ちょっと! 足! 足!」


 ヒトミが手拭いを持ってエリウに駆け寄っていく。その声を聞いてエリウもようやく我に返り、自分の足元の惨状に気付いたらしかった。


「あ、あああ……私は何てことを……」

「ちょっと運転手さん! あんたデリカシーってもんはないわけ?」


 ヒトミは俺を睨み付け、厳しい口調で詰ってきた。


「えっ、俺のせいか?」

「当たり前でしょ! せめてちゃんと服を着てからにしなさいよ!」


 おいおい、なんで俺が責められなきゃならんのだ、別に女同士で下着姿見るぐらいどうってことないだろうよ。それに、この集落にはボロきれ一枚で半裸みたいな格好してるやつが大勢いる。トランクス一丁が何だってんだ。


 ひっくり返った膳はヒトミとエリウが片付けて、しばらく後、昨日と同じ小間使いが新しい朝食を持ってきた。その際、『朝食が済んだらドルイドと王子から話がある』と言伝てがあった。今回もまた向こうからこの小屋に出向いてくるらしい。


 俺とヒトミは服を着て、無言で朝飯を食った。代わり映えのしない豆のスープと、雑草にしか見えないようななんかよくわからん草を茹でたもの、そして木の実。昨日の宴で食べつくしてしまったのか、今日はヘビの肉すら用意されていなかった。はっきり言ってクソマズいし、あんまり腹持ちするとも思えないのだが、この貧しい集落の食糧事情では贅沢は言えない。食うもんがあるだけでもマシだと思わなければ。


 何か味が濃いものが食べたい。カップラーメンでもいい。いや、それよりむしろちゃんとした肉が食べたい。こっちの世界にやってきてから精進料理より味気ない食事しか口にしていない俺は、もうとっくに食べ飽きていたはずの牛丼が無性に恋しくなってきた。

 あったかいご飯、薄くて柔らかい牛肉、甘辛いタレ。向こうの世界にいたときは何気なく食べていたその単純な組み合わせが、とてつもなく贅沢なものに感じられてきたのだ。


「あ~、牛丼食いてえな……なあヒトミ」


 話し掛けても返事はない。


「なんだ、金持ちの愛人にとっちゃ牛丼なんてどうでもいいってか? いいご身分だねえ」

「そんなんじゃないよ」

「じゃあ何だよ」

「何って……まだわかんないの?」

「何だよそれ……はっきり言えよ」

「エリウちゃんみたいなウブな子があたしたちの事後の姿なんか見たら、ああなるに決まってるでしょ?」


 ウブってそんなwww処女じゃあるまいし……って、ヒトミはそれを知らんのか。


「運転手さん、ちゃんとエリウちゃんに謝りなさいよ。それまで、夜はお預けだからね」

「はあああああ?」


 なんで俺が謝らなきゃいけないんだよ。しかも、それとお預けにどういう関係があるんだ?

 色々不満は残ったが、お預けをくらうのは辛すぎる。何しろこの世界にはそれしか娯楽がねえんだから。そんなわけで、俺は渋々ヒトミの要求を受け入れたのだった。ったく、本当に面倒くせーな、女ってやつは。



 小間使いを呼びつけて膳を下げさせると、間もなくエリウと羅生門ジジイ、そしてラスターグ王子がやってきた。

 そういや、王子は昨日結局エリウを狙撃した伏兵を取り逃がしてしまったらしく、いいところのなかったEXILE坊やは、宴にも姿を見せなかった。無駄にプライドが高いタイプなんだなきっと。

 さっきのことがあったせいか、エリウもずっと伏し目がちで、元気なのはガリガリの羅生門ジジイだけだった。


「救世主さま、昨日のお疲れは取れましたかな」

「ああ、ぼちぼちな」

「それはようございました。救世主さまとエリウが居れば、最早ゴーマ人など恐るるに足りませんな、カッカッカッ」


 羅生門ジジイは嗄れ声で哄笑したが、エリウも王子も俯いたままだったし、俺とヒトミもどうにも気まずく、羅生門ジジイの場違いな笑い声だけが虚しく響いた。冷え切った空気をようやく察したのか、羅生門ジジイは急に真顔になって咳ばらいをする。


「……おほん。さて、私たちが今日参ったのは、今後の反攻作戦についてお話したかったからなのです」

「ほう?」

「ゴーマ人に領土を追われ、我々サンガリアの民が家すら持たぬ貧しい暮らしを強いられているのは、救世主さまも既にご存知のことと思います」

「ああ、まあな。あんなマズい飯ばっかり食わされたら誰でもわかるぜ」

「そこで、まずはここから最も近いカムロヌムという町を奪還し、反攻の拠点にしようと考えているのですが、救世主さまのお考えはいかがでしょう?」

「ん? ああ、いいんじゃねーの? 町っていうからにゃ、こんなボロっちいあばら家ともオサラバできるんだろ?」

「ええ、もちろん。町には石造りの家もございます。またおそらく、大勢の同胞たちが奴隷として使役されているはず。彼らを解放することで、我らの戦力も大いに増すでしょう」


 なにが戦力だ、エリウの剣以外ははじめ人間ギャートルズみたいな武器しか持ってないくせによ。

 まあしかし、もう少しまともな家に移れるってんなら悪くない話だし、町まで出れば食い物もいくらかマシなものが出てくるようになるだろう。そう考えると、一刻も早くその町を奪還したくなった。


「よし、善は急げだ。早速その作戦とやらを聞かせてもらおうか」

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