吾輩は救世主である
「我々サンガリアの民は、周りの民族と手を取り合いながら、三百年もの長きにわたって平和に暮らしてまいりました」
羅生門ジジイが、しわがれた声を目一杯張り上げて雄弁に語る。
俺は、遺跡のような集落のなかでも最も大きな小屋に通された。とはいっても、現代日本の感覚で言えば小さな神社の社ぐらいの建物だ。目の前にある木製のテーブルには肉や木の実が並んでいるが、お世辞にも御馳走とは呼べない代物だった。肉は、これ、シルエットから推測するに、多分ヘビかなんかだと思う。向こうの世界ではゲテモノに分類されるものだ。
俺の隣にはヒトミが座り、テーブルを挟んだ対面の席には羅生門ジジイとあの女剣士、そして若い兄ちゃんが並んで座っている。
女剣士は革のプレートを装着しておらず、薄手の白いローブのようなものを纏い、俺の方を見ることもなく目を伏せたまま押し黙っている。年の頃は二十歳前後だろうか、いや、肌のキメは十代のそれに近い。まさかこんな太古レベルの文明で化粧だけが発達しているわけがないから、この女はほぼすっぴんだと思われるが、化粧を塗りたくって顔を作っているヒトミと比べても遜色がない美しさ。俺は羅生門ジジイの退屈な話そっちのけで、この女剣士の美貌に見惚れていた。
「しかしながら、ここ数年で急速に勢力を伸ばしてきた異民族のゴーマ人によって、我々は先祖代々の土地を追われ、荒野を彷徨うことになったのです。栄華を誇ったサンガリアの民も、今はこの集落にいる数百人のみ……他の者は皆、殺されるか、ゴーマ人によって奴隷にされてしまいました。サンガリアの王、カラクタスはゴーマとの戦いの中で命を落とし、王族の後継者は、ここにおわしますラスターグ王子を残すのみとなりました」
ラスターグ王子と紹介された若い兄ちゃんは、にこりともせずにずっと俺の顔を睨み付けている。赤茶色の短髪にブラウンの瞳、年の頃は十代後半だろうか、精悍な面構えの、鼻っ柱が強そうなガキだ。向こうの世界で言ったら、EXILEに交じっていそうなタイプである。
「ふーん」
「しかし、サンガリアの民には神話の伝説と、我々ドルイドが語り継いできた預言がございます。サンガリアの神話には、あらゆる敵を一振りで薙ぎ払う伝説の剣・アランサー、そして小さいながらも陸と海を駆け、乗り手が行く先を命じれば独りでにそこまで運んでくれる、光る魔法の船、
「へぇ~」
「ゴーマ人との戦いの最中、我々は『聖剣を振るう福音の騎士』……つまり、ここに居りますエリウを得ることができました」
羅生門ジジイはそう言うと、徐に隣の女剣士を見た。こいつがその伝説の戦士だってわけか。名前はエリウと言ったか?
エリウは相変わらず目を伏せたまま、微動だにしない。羅生門ジジイは再びこちらを向いて話し始める。
「ですが、エリウの力だけではゴーマ人の侵攻を食い止めることができず……我々は、『光る船を操る救世主』、すなわち貴方をお待ちしていたのです。狩りに出ていたエリウから、『光る船』と、それを操る男を見たという話を聞き、巫女どのからも話を伺いまして、貴方こそが預言の救世主に違いないと確信し、お待ち申し上げておりました」
俺は横目でちらりとヒトミを見る。隣のヒトミは足を崩し、すまし顔で座っていた。俺がここに来る前に、どうやらヒトミが巫女と称して、このサンガリアの預言に話を合わせていたらしいのだ。こういう場合の女の作り話スキルってのは侮っちゃいけねえ。
それにしても、こいつが巫女だと?
救世主と一緒に来たからか?
ハッ、笑っちゃうね。ヒトミの素性が水商売のヤリマンだと知ったら、こいつらどんな顔をするだろう。
きっと、ここでとりあえず身柄を保護してもらうため、適当に話を合わせて巫女だとでも言ったんだろう。そうすればここでの待遇は保証される、そのために俺を利用しようってわけだ。俺がこの集落に辿り着かなかったら自分が救世主とさえ言い出しかねなかった。さっきは俺を見捨てようとしたくせにな。
しっかし、『光る魔法の船』とはよく言ったもんだ。
あのタクシーが船と言えるほどの大きさなのかはさておき、まだ電気すら発明されていないここの文化レベルから見れば、たしかにタクシーのヘッドライトは何か特別な神々しいものに見えたに違いない。それが神話に伝わる救世主だと思い込んでしまうほどに。
乗り手が命じるままに行く先に運んでくれる、向こうの世界では確かに自動運転技術も開発が進められている(この技術が普及したら俺たちタクシードライバーは商売上がったり)が、あいにく、このタクシーにはカーナビが乗っているだけ。もちろん海の上は走れない。
タクシーは預言にあった魔法の船じゃないし、俺だって救世主なんかじゃない。気の毒だけどね。
だが、この救世主という立場はとてもオイシい。何もしなくても食い物にありつけるし、守ってもらえるんだからな。そして、頃合いを見てトンズラすればいい。この世界の文明レベルなら、車で逃げれば追って来られるやつはいないはずだ。
だから、それまではお望み通りに預言の救世主を演じてやろう。俺だって、ここまでかしずかれて悪い気はしねえ。偉大なドルイドとやらのインチキ予言に感謝感激雨あられだぜ。
救世主の権力を利用して、あわよくば、このエリウとかいう女剣士も……。
高潔な女剣士の顔が恥辱に塗れる様を想像すると、思わず股間がムクムクとテントを張った。
この時の俺は、目の前の皿に置かれたヘビの丸焼きを頬張りながら、『救世主』という言葉の甘美な響きにただただ酔っていたのだ。
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