第35話 あり得るか
「なんで俺こんなバケモノ相手に戦わなきゃいけないんですかああ!」
「決まってるじゃない私達だけだと倒せないからよ!」
「威風堂々と言うな!!」
かなりお怒りのキバ。たとえ格上相手であっても怯まずため口だ。
どこか弛緩した空気が一瞬にして張り詰める。
「・・・くくっ、いいではないか、このような戦いも!」
交差させた双刀を振り抜き、切り裂く。キバは剣の腹でいなす。
「ほう、なかなかやりおる呪いの小僧!!」
「うるせえお前にゃ人の心ってもんがねえのか!?」
「貴様のような呪い持ちに人の心などいらぬ!!!」
「お前人間じゃねえ!!」
喋りながらではできないような量の応酬を繰り広げる。
ログは流れるように斜めや縦に双刀を振り、キバはそれを防ぎ、受け流す。刹那に生まれた隙にキバは仕込んだ崩壊の魔力弾を撃ち込むも、全て躱される。
「かかっ!あいつらもうお楽しみじゃん!じゃあ俺はこっちの二人相手にしよ!」
アスモの発言に、スレインとジェムは顔を見合わせ
「・・・ちょっとジェム、これヤバいんじゃない?」
「・・・みたいだな」
そして何も見ず、何のそぶりも見せずに弾丸を撃ち込むジェム。
その引き金を引く指はアスモも捉えられない。
「おいおい危ないなぁ、俺死んじゃうよ~」
「・・・一瞬でバックステップ回避した奴に言われたくねえ」
もちろんアスモに傷など無く、あるのは地面の小さな穴だ。
「そのフード、とってみたらどうなんだよ」
「やだなぁ、身バレは嫌いだよ」
「・・・スレイン、近辺哨戒にあたれ」
「は?何言ってるの私も」
「お前のその腕と足だと、壊される」
スレインの肌に、一筋汗が伝う。
「へぇ、気遣いできるの紳士だねぇ~」
「・・・はは、お前みたいなクソ野郎と出会えて光栄だな」
乾いた笑みと同時に、戦闘が始まる。
「だあくっそ、なんだこいつ強すぎる!!」
「ふむ、スレイン達でさえ防げぬこの太刀筋を防ぐとはつくづく面白い!!」
「だけど手加減は!?」
「無いな、貴様の呪いは恐ろしい。いつか反逆を企てるやも知れん!!」
「うるせえ、俺はそんなこと」
「しないという確証はあるのか!?」
「くっ・・・」
かつてこの国では呪いを持った者達は差別され、それに耐えかね反逆を起こした。
それ以来、呪いを嫌う者があつまる組織が各地で形成されたのだ。
そんなある種の『呪詛』を纏った剣閃。神速で縦横無尽に繰り出される閃撃は、キバは捌ききれない。鋭い太刀筋や、二本の剣をつかってハサミのようにキバを斬ろうとしたり。様々な剣術がキバを襲う。
「くっ、・・・くそ、なんで治らねえ!!」
そして、受けた傷が
「なんでだぁぁぁぁ!!」
「俺の剣は『反呪』の力を持っている。貴様の呪いなど人達で斬ってくれる!」
「は、反呪ぅ!?」
「そうだ、貴様の呪いに反する力を持っている」
この傷は、自分の治癒能力でしか治せない。
振り抜く速度が人間にできる範囲を超えている。残像どころか瞬間移動しているような速さで斬られるも、ダミーの腕や回避でなんとか持ちこたえるキバ。
(あああもう魔力が尽きそうだ、呪力で持ちこたえられるか・・・?)
かなり極限の戦いを強いられている。
(呪力で魔力を希釈して・・・それでも足りるかどうか・・・)
「ほう、ダミーを生み出すとは小賢しいながらも天晴、なかなかの判断力だ!」
「お褒めにあずかり光栄だね!まあ嬉しくないけどな!」
ほとんど攻撃を当てられないキバ、一方的な斬撃から逃れる術は見つからない。
(・・・まだ隙がない。いや隙とか存在するのかこんな奴に!?)
隙を見て、あの秘策を使う。その一念のみを考え、隙を模索する。
ただ、全くの隙がない。脚裁き、腕の振り方、剣のリーチとそれに合わせた攻撃方法。隙なんて、見つからない。
(まさしく、歴戦の猛者・・・!)
探せ、探せ、必ず誰にでも隙は存在する。感覚で、見つけ出せ。
ただそれだけを、頭の中に残す。
「おいおい、勝てる気しないんだけどぉ~!」
「まっさか、僕に勝てるとでも思ってんの?」
アスモとジェムの戦い、どちらも一歩も譲らない拮抗した戦い。
ジェムは得意の早撃ちで攻撃するも、アスモに悉く躱される。
対するアスモは、何もしない。
反撃、攻撃、何もしない。するのは回避と雑談のみ。
「無駄口叩く暇あるなら攻撃したらどうなんだ」
「やるわけないじゃん、勝てる気しないよ?」
喋る間も引き金を引く指の動きは止まない。
おかしいのは、引き金を引くだけで弾丸が射出されること。
通常ならばコックを動かすなり、空薬莢を排出しなければならない。その動きが全くないのだ。
「おかしいな、何なのその銃!気味が悪いよ!」
「僕からすればお前の行動の方がよっぽど恐ろしいね!」
薄ら笑いさえ浮かべたジェムは、恐ろしい速さで弾丸を撃つ。
今度は、音がない。
「おっかしいな、ほんとにどうなってるの~!?」
「うるせえ、黙ってろ!」
「否定、ですか?」
「そうだよ。僕の魔法属性。概念系の中でも特異な属性」
「ほんっとこいつその属性のせいで自己肯定感が低いんだ」
あの日の会話。ジェムはそこで自分の魔法属性を明らかにしていた。
「この<否定>は、僕も否定するし、何もかもも否定する」
「全てを否定するんですか?」
「みたいだね、僕はそのせいで昔は聞き分けがなくって」
その頃の事を、語ってくれた。
昔のジェムは、聞き分けがなく、何でも否定する少年だった。
戦場でも地に臥せり冷たくなった
『死んでる訳がない、こんなところで死ぬようなあいつではない。』
どれだけ否定しようと、友人の命は返ってこない。
何故あのとき助けられなかった、自分なんていらない。
ジェムは、自分を罵り、否定した。
自分なんて死んでしまえ。そう思って最前線に出た。
死ぬ事は無かった。自分の力が、それを邪魔した。
『こんな力なんていらない、僕の存在は、いらない!!』
ただ否定して、否定して。己の身など滅んでしまえ、あの友人と同じように。
全てを否定する体はこれを受け付けない。何も生み出さないこの体は、消えない。
『何も無い、痛みも、悲しみも。この体には、何も。』
ただ涙を流すだけ、この体は、何も受け付けない。
『うるさい、お前はお前でやることがあるだろ』
ただ一人、この前線に出てきた男、フラー。この男もまた、ジェムを否定した。
『うるさい、僕には何も』
『お前は、その友人に失礼だとは思わないのか!?』
苦楽を共にした筈の
只一人慟哭したフラーの目にも涙が浮かび。
『お前の命を守るために、そいつは死んだ!そのお前が死んでどうする!!』
(そうだよな、フラー君。僕には、やるべき事がある)
あの日、フラーに言われなければ、自分はどのような道を辿ったか。そんな事はわかりきっている。
「お前には負けないよ、少なくともね!」
「足掻くしかないよねっ、これは!!」
うるさい、黙れ。僕のやることを否定するな。僕は全力で君のことを否定するけど。
全部全部嫌いだ、なくなっちゃえ。好きなの以外。
子供っぽい願いを具現化した、渾身の一撃を。
「あげるよ、僕の気持ち」
「貴様は何の為に動く!この勝負、もう決まっているだろう!?」
「俺がここで諦める訳にはいかねえんだよ!!俺は死んでも死ねないからなぁ!!」
「矛盾もいいとこのセリフだな」
底冷えする声。背筋が凍るような斬撃。目の前や鼻先を掠めるその太刀筋は、完全にキバを殺しにかかっている。
息が荒くなるような回避。落ち着けない。
(なるほど、気絶しそうになるか気絶するってわけか)
平凡なこの体は今にも気絶しかけている。常人ならば間違い無く気絶する。
「矛盾?そんなのいいんだよ今この状況において!!」
防御をかなぐり捨て、突進するキバ。脚で宙を蹴り、加速する。身を低く、より抵抗を少なく。彗星のような奇跡を描き、懐に潜り込んだキバ。
「ほら、胴がガラ空きなんだよぉ!!」
いつかフラーが言ってたあのセリフを叫び、己の限界の速度で腕を突き出す。
「<
胸元に剣先を当て、一気に突き抜く。
(っ、受け身を取られたか・・・!でも、アレは仕込んだ!)
上空へと跳び、逃げる。恨めしいと言いたげな表情で睨むログを、キバは見逃さない。
(多分、少しだけ心理状態は荒れているはず!)
「『第二段階』、発動ッ!!<
鋭角下降の勢いで衝撃波を纏った剣が、双刀とぶつかり合う。甲高い音を響かせながら、押し合う二人の顔には汗が伝っていた。
(くそ、今ここで発動させたら間違い無く俺も巻き込まれる・・・!!)
(この小僧、一体この短時間で何を掴んだのだッ!!恐ろしい、今すぐにでも摘まねば・・・!!)
この膠着状態の中、キバは何故か笑っていた。この戦場を愉しむような笑いを浮かべ、目を爛々と輝かせ、歯を剥き出しにして。
「貴様は、この戦場を笑うのか!?」
「よくわからないんだよ!!俺は俺で、なんか上がってきてんだ!!」
声でも出てしまいそうな程、遊んでいる。子供じみた笑顔がキバの顔に張り付く。
「貴様はやはり危険だ、ここで始末する!」
「悪いがこの範囲内だと殺せはしないけどな!!」
そういって、再び上空へ上昇する。
「〔爆ぜろ、
スレイン作成の、一撃で付近の物を消し飛ばす薬品。魔力が混じっているため、式句の詠唱によって誘爆させる。
爆ぜた薬品はその鮮やかの
『この薬品、試験管一本分で本来なら事足りるけれど、あのバケモノ相手ばらどうなるかしらね』
スレインの予想は、合っているのか。
「ふ、ふふ、ふははははははは!!!面白い、これほどまでに焦燥感を覚える戦闘は久々だ!!楽しくなるもやむなし!!」
「ははは、そりゃあよかったよ!」
「これならば、久しく本気を出せそうだな・・・!!」
双刀に鋼色の闘気を奔らせ、ログの双刀が巨大化する。
「『第三段階』、<
ログの金髪が、鮮やかな銀色に染まる。目は大きく見開かれ、腕はより太くなっている。
「さあ、ここからが宴だ・・・!」
「宴か、いいな俺そういうの好きだぞ!」
(・・・森方面には行く生徒はいない、向こうの有志連合はこちらの有志連合が倒している・・・あら、有志VS生徒・・・しかも一年一組じゃない)
哨戒担当、スレイン。校舎の壁から壁へとペンデュラムを突き刺して移動する。
「そっちいったぞ!」
「仕留めろ仕留めろ!」
「ここで止めろ!」
「俺はこの戦いに勝ってあの子に告白するんだ!」
それぞれ、特異な雄叫びを上げながら立ち向かう。本来なら勝てないであろう有志の者を圧倒する程の連携を見せている。
「タマモ!とりあえず気絶させろ!」
「魔力尽きちゃいます~!」
「魔力パス~!」
「だあああ体内電気が逆流する!!」
「あっははははははははははははははははっははざまぁざまぁざまぁ!!!!!!」
「うわあまたポートが本気出てるぅぅぅぅぅぅ!!!」
「いいいいいやああああああああ!!!」
「畜生何なんだよあいつらこっちきてる!」
「また増援じゃねえか!」
「へっ、生徒相手に圧倒されてるじゃねえか!」
「やってやろうぜ一年一組!!!!!!」
「おぉー!!」
(・・・ふふっ、あの調子なら大丈夫そうね)
「おいおい、こんなの勝てるかよ!?」
「勝たせるつもりなど毛頭ない!!!!」
「でしょうね知ってた!」
巨大化した件は間合いを延ばし、上空のキバにも攻撃が届くほど強化された。
衝撃波が大気を揺らすほど強化されている。
(でも、なんか・・・隙だらけだ・・・)
大きくなった分、胴元があいてる。キバの目に映ったのは、その瞬間のがらんどうの胴。体が反射で動く。
「<
極めて静かに。その一点を狙って。衝撃波の中を通り、体に大量の傷を負っても、何も考えずその一点へ。吸い寄せられるように、そこへ。
「<剣圧>、放射。<
剣圧で少し怯んだログの胸元へ、一極集中。貫き通す様な突き技が、華麗に決まる。
「あげるよ、僕の気持ち」
突きつけるは、全力の否定。全てを拒否するこの弾丸は、近くにある物をねじ取り、抉り、拒絶する。
「<
一射。たったそれだけ。引き金が引かれただけで、近くには何も無い。
地面も消え、空間は歪み、フードが着いた上着はボロボロに成り果てた。
「・・・ははは、ここまでやられるとは思わなかったよ」
「・・・ここまで、回避されるとか・・・」
「まぁね。仮にも<時と傾国の
「・・・なるほどね、粗方調べはついてたけどほんととは」
「・・・向こうも良い具合だ、僕は失礼するよ」
走り行くアスモを見ながら、膝をつき息を荒くしたジェムはニヤリと笑い、
「やだなぁ、僕がそんなことだけで終わる訳がないじゃない」
悪魔のような声を出した。
「・・・ははっ、こんな小僧に負けるとは、衰えたな・・・」
「いや、俺達が強くなっただけだよ。・・・こんな傷だらけだしさ」
「ははははははは!!つくづく面白い小僧だ!・・・私も少し、考えを改めねばな」
たとえ地に仰向けになっていようと、自分らしく。
「・・・そうしてくれると嬉しいよ」
「やだなぁー、まだ終わってないよ」
体全身が悲鳴をあげるような恐ろしい響き。瞳孔が開き、汗が噴き出る。
悪魔か何かが、空気を伝ってこちらへ来るような、悪寒がする。
「・・・!!小僧、逃げろッ!!!!!!」
「!!あぁ!!」
「・・・何をするつもりだ、アスモ」
「やだなぁ、ちょっと借りるだけさ・・・まぁ、返すかは気分次第だけど」
「・・・そう簡単に、借りれると思うなよ」
「黙れ戯けが、貴様如きに何が出来る」
一瞬で、雰囲気が変わった。
「逃げますよ!!スレインさん、ジェムさん!!」
「ッ!!まさか、なんかヤバい?」
「てかあのバケモノは倒せたの!?」
「倒しましたよ!頑張って!・・・てかまずい、アレ、なんだ・・・!?」
こちらへ向かってくる、人影。
「・・・!!護れ、靄ァッ!!!!」
広範囲に全力の集中力で靄の壁を生成。
刹那、光の刃が生徒達を掠めた。
「ふ、はははははははははははははははははははははははははははははははは!」
気味の悪い笑みを浮かべた奴は、白く透き通る肌に、赤い瞳。鮮やかな黒髪は乱雑に切られ、血の染みが付いた
その姿はまさしく伝承に残った――
「・・・悪鬼・・・!!!!!!」
「久しいな、英雄の子孫、キバ・ロンギ」
「・・・どういうことだ!?」
「ふむ、うるさい小僧だ。・・・少し黙れ、そのままの意味だ、考えろ」
「・・・何を言っている、お前は」
「悪鬼、真の名は、アスモ・デリート。・・・この世界を、壊すための存在だ」
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