任命式
小さな教会にホロロウタマ様と元第三騎士団の二十二名全員といくらかの人が集まっている。ホロロウタマ様は式典用の良く分からない材質の剣を持って、一人一人の名前を呼びあげている。
簡易の近衛騎士団の任命式だ。
「ハウデル!あなたを私の近衛騎士団団長に任命します。はい!これでおっわり~!」
ホロロウタマ様は天真爛漫の無邪気な笑顔で僕に笑いかける。その可愛らしさに思わず目を奪われていると、不意に小脇をつつかれる。
振り返ると、アーニャがどす黒いオーラを纏ってこちらに微笑んでいた。
「ハウデル様?お礼の口上を述べてください」
「へ?お礼の口上!?」
「そうです。一応式典なんですから、最後はそれで締めるのが慣例です。考えてきていないんですか?」
「お、お礼の口上…ま、まあ考えてきた大丈夫!!大丈夫お礼の口上ね!覚えてたよ!」
嫉妬するアーニャの圧力がすごくて、つい見栄を張ってしまう。だ、大丈夫だ…いつも、王様や皇子様達に「ハウデルの挨拶は堂々と武人らしくて良い」と評判なのだ。こんな簡易の挨拶ぐらい…。
「ひゃ…ありぎゃとう!ごじゃいます!任命受けましたハ…ハウデル!…えと…一心不乱!!!…じゃなくて…えと、えと…」
駄目だ…相手がホロロウタマ様になると途端にこれだ。
後ろで部下たちがくすくすと笑うのが聞こえる。くそ、あいつらあとで地獄の訓練見せてやるからな。
「も、申し訳ございません!えと…えと、とにかく一生懸命頑張ります!」
これだけ失敗しても口上を途中でやめるわけには行かない。僕は最後まで何とか続ける。下手したら末代まで語り継がれる最悪の口上だ。
だが、ホロロウタマ様は微笑んで一言。
「嬉しい…」
その姿は無邪気なのに儚げで、思わず生唾を飲み込んでしまう程だった。これが生まれ持った王族としての資質、自分が守らなければそう思わされてしまう。
「どうしたのハウデル…?そんなにあたしの顔を熱心に見つめちゃって?好きになっちゃった?」
「いいぃぃいいい!?そ…そんなことない…っていうのも失礼か…ええと…」
「あはは!ハウデルったら顔真っ赤にして可愛い!あははは!」
「も、もう!ホロロウタマ様!からかわないでくださいよ…」
心臓が止まるかと思った。話してるだけでも緊張するんだ。からかわれたりなんかしたら口から心臓とび出かねない。
そんな時パーシヴァルが式典を終える言葉を放つ。
「はい!!これで完全に式典終わりですね!それで今後の予定なんですけど…近衛騎士団に何をさせて行きましょう」
「ああ、今後の予定?まあ前と同じでいいわよ。基本的な体制はなにも変わらないから」
「そうですか…なら、族の鎮圧と、街の警備と…ハウデルには…」
「あ!ハウデルなんだけど、私の護衛を付きっきりでしてもらうのと、宮殿の人たちに挨拶もあるから通常の仕事は無理よ」
付きっ切り…付きっ切り…その言葉だけが僕の頭をリフレインする。ホロロウタマ様を付きっきりで護衛?
「え?…僕が…」
「そうよ!だって私のお婿さんになるんだもん!」
ホロロウタマ様の言葉に場が凍り付く。
「ほ、ホロロウタマ様!?!???」
「こらぁ、ハウデル!わたしの事はホロロって呼ぶように言ったでしょ!」
「いや…え、えと…」
「は、ハウデル!!!お婿ぉ!?どういうことですか?僕にも分かるように説明してください」
「パーシヴァル落ち着いて!ほ…ホロロウタマ様もちょっと混乱してて…」
「何言ってるの?結婚するから護衛にするって話ちゃんとしたじゃない!」
「あああ!!ホロロウタマ様もだまって!!」
パーシヴァルから詰められるが、ホロロウタマ様は何食わぬ顔だ。この女の子は僕と結婚することの荒唐無稽さに気付いてないのだろうか?
助けを求める様に後ろを向くとアーニャが微笑んでいた。
「ハウデル?…結婚って何でしょうか?」
「ああいや…アーニャ?これはちがうんだ!」
「違うって何が?ハウデルは知っていて、この近衛騎士団に合意したって事でしょうか?あのお姫様の美貌に目がくらんで護衛に志願したと…」
アーニャは突然自分の胸元に手を入れガサガサと何かを探る。
ああ…服の隙間から僅かな谷間が…って覗くな僕!!そりゃ…男のサガで見たくもなるけど!
「ハウデルは悪魔のささやきに乗っちゃったみたいですね?今ここですぐにでも祓いましょう」
そうして取り出したのは小さな小瓶。いつも彼女が聖水をいれて持ち歩いている小瓶だ。しかし、中に入っている液体の様子がおかしい。
「さ、ハウデル!聖水飲めば、変な考えは無くなりますからね」
「ね、ねえアーニャ!その聖水なんか変じゃない?前までは色が透明だったような…今回のは少し黄色っぽい?」
そう言うとアーニャは満面の笑みを浮かべた。
「良く気付いてくれましたね!さすがハウデル!私の持ち物まで気にかけてくれるなんて嬉しい!その通りです、今回は聖水の原材料を変えたんです!」
「原材料…?」
「ええ、一部の伝承では清らかな処女のお小水が聖水であるというお話を聞きまして!これだって思ったんです!」
そういいながら、小瓶の蓋をキュポンっと外す。
刺激臭が鼻腔をつく。
は、マジで?匂いが完全にあれじゃん。めっちゃ臭いじゃん。
「ささ…飲みにくいかもしれませんがぐぐっと」
「うぅ…アーニャ!冗談きついよ!こんなもの飲めるわけ無いじゃないか!」
「大丈夫です!!さっき出したばかりですから!賞味期限内です!」
「そう言う問題じゃない!そもそも飲み物じゃない!!」
「大丈夫です!あとで私もハウデルのを飲みますから!つり合いは取れてます!」
「そんなところでつり合いとらないで!そもそも、お互い飲んでないこの状況で既につり合いとれてるから!!!」
鬼人の様な力で僕に小瓶を押し付けてくる。
なんだこの力!?下手したらこの前倒したロウレンより腕力があるかも!?
「ちょ…パーシヴァル!ホロロウタマ様!みんな!助けて!!」
助けを求めても…
「えー好きになったきっかけ?昔から訓練とか見ててハウデルかっこいいなって思ってて!それで思わず告っちゃった?みたいな」
「「ええーホロロウタマ様ってば大胆!」」
「好きなところは…優しい所で、初デートは街に買い物とかがいいなって」
何をコイバナに花咲かせてんだよ!!パーシヴァルもさっきまで詰め寄って来てたくせに和やかに談笑しやがって!こっちに気付きもしない!
そうしている間にも小瓶はじりじりと僕の口元に近付いてくる。
「ぐぬぬぬぅう…ハウデル!覚悟を決めてください」
「むぅううりぃいだあああ!!人間としての尊厳を捨てられるかぁああ!」
「違います!これを飲むことによってステージを一つ上がれるんです!」
「上がれるかああああ!!」
「飲みなさああああああいいいい!!」
「飲むかあああああああ!!!!!」
僕の鼻先で小瓶の押し合いが白熱する。
もう、刺激臭を嗅ぎすぎて鼻が慣れてしまった。小瓶の臭いが気にならなくなるほどのヒートアップ。
アーニャはどうしてそこまでこんな事に熱意を傾けられるんだ。
そう思うと、少しアーニャの気持ちを汲んであげてもいいかな…。
いや!!何を考えてるんだ僕は!!こんなこと絶対に前例を創ってはいけない!!
その時だ…
「ハウデル…隙ありです」
「んなあ!?んひぃい!?」
アーニャが僕の鎖骨をなぞる。僕は鎖骨が弱点で触られると力が抜けてしまう。それをここに来て狙ってきた。
「や、やめ…」
スローモーションで小瓶が僕の口に近付いてくる。人はピンチになるとゆっくりに見えるって本当だったんだ。
駄目だ…心が諦めかけた瞬間、ふっとアーニャが一歩下がった。
「ちぃ…あとちょっとだったのに…」
「はぁ…はぁ…助かった…でも何が起こったんだ…」
アーニャは入り口に目を向ける。
一人の影がステンドグラスの光に包まれて立っていた。
「あ、あれは…」
「そうですね…でも、なんでこんな近衛騎士団成立式に来たんでしょうか?」
第一騎士団長…フウラさんがそこに立っていた。
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