幕間―1 いまだけはゆっくりおやすみ
この世界には魔力を扱う術に
曰く、あらゆる種族の垣根を超えてこれは使用が禁止されているとか、そんなものらしい。
死者の肉体や魂へ対する侮辱でありそれらを神が良く思われない。と半ば宗教じみた話もあるが、それは大量にある推論のひとつに過ぎない。
◇◆◇
確かに彼女は死んでいる。
温もりも柔らかさも持ち合わせない、魂の抜けた割れた人形だ。
一言でまとめればだ。
反対に
相反する性質の魔法を組み合わせれば、もちろんあってはならない事が起きる。
――それは死者を蘇らせることだって可能にする。
――しかし死者が生前のままの意識であるとは限らない。
生唾を飲む。
対の魔法を融合。
割れた人形へ吹き込んだ。
◇◆◇
なぜ自分は力を求めたのだろう。
それはこの人を戦わせないためだ。
黒髪の女の子が眠っている。
時折薄い声のこもった寝息を吐いたりして、気持ちよさそうに目を閉じている。
まるで血塗れになって剣を握って戦って、その果てに一度死んでいるとは思えないほどに穏やかだ。
こうして七瀬たまきの目的は達成された。
黒宮ゆづきを戦いの道から引き離し、再び平和な日常が戻ってきた。
今度は自分が戦う番だ。
もしこの日常を脅かす者がいるとしたら全力で追い返す。
そうしなければまた安寧を失ってしまうから。
◇◆◇
「ゆづきちゃんはだれがすきなのー?」
「ん?あーしはね、たまき!」
「えー!たまきちゃんすきなの!?」
「うん!」
「だって女の子じゃん!」
「たまきは男の子だよ!」
こらー、まてー、わいわいと女の子達が土の上を駆け回る。
どうやら好きな人の話題で盛り上がっていたようだ。
「うぅ……」
偶然会話を聞いてしまった幼い男の子、七瀬たまきは顔を真っ赤にして物陰にしゃがみ込んでいた。
「ゆづきちゃんがぼくを……」
明るくて元気いっぱいで、親同士も仲が良くてそれなりに一緒に遊ぶ仲だ。
確かこの前は一緒にキャンプに行ったっけか。
「つかまえたー!」
「にゃー!あはははは!」
ほんの何気ない幼稚園の放課後。
お迎えを待つ子供達に与えられた自立した交友。
ゆづきはこの幼稚園の全員と友達なのではないかと思うほど社交的で、遊びもなんでも出来るし、工作も上手だし優しいし。
とにかく非の打ち所がない人だ。
そんなこともあってか、幼稚園中の男の子は大体ゆづきを気にしているらしい。
もちろんたまきも例外ではなかった。
「あ!たまき!」
ゆづきの声だ。
慌ててたまきは目を瞑ってしまった。
「なにしてるの?」
すぐそこまで近づいて来て、なぜか一回たまきの頭に手を置いた後に横にしゃがみ込んだ。
「あ、お花!」
そんなものあったか?
もしかしたら気付かなかっただけで足元に咲いていたのかもしれない。
そんなことを思って目を開いた。
だが、たまきの足元には花なんて咲いてなかった。
「なにもないよ」
「ほら、お花」
ゆづきはスモックのポケットに入れていたおもちゃの鏡をたまきに見せた。
こんなものをポケットに入れておいかけっこをしていたのかという話はさておき、その鏡面には確かに花が映っていた。
「たまきかわいい」
「あ…………」
意識が飛びかけた。
自分よりも低い位置からそんな顔をして見つめられたら……ゆづきの方こそ可愛いじゃないか。
ポロリと頭の花が落ちて来た。
それを拾い上げよく見ると、これが昼間の工作の時間に使った造花だと分かった。
「このためにとってたの?」
「うん!」
屈託のない笑み。
ああ、この笑顔に何人の男の子が犠牲になったのだろうか。
本人に悪気は無いとしてもこれは罪だよ。
「それあげる!」
「え?」
「たまきにプレゼント。お花すきでしょ?」
まあ確かに花は好きだ。
なんというかこれは。
「ありがとう」
「どういたしまして!」
嬉しい!
周りから見ている他の男の子の視線が痛いが、なんだか自分が特別な感じがしてそれもまた良い。
「あ、女の子たまきだ!」
「女の子同士でなにやってんだよ!」
そんな幸せに突如無粋な連中が水を差して来た。
鼻垂れの小僧とチビ。
この2人はいつもゆづきとたまきが一緒にいるところを邪魔してくる。
「だからたまきは男の子だってば!」
相手にしなければ良いのにゆづきは人が良いから真に受けてしまう。
「男の子は髪の毛長くないんだぞー!」
「男の子がお花すきなんておかしいでしょ!」
「こらー!なにもおかしくない!」
いつもだ。
たまきが女の子のような見た目で女の子のような趣味でいることを野次る連中をゆづきが叱る。
たまきはそんなの相手にする気はないし慣れたから特に気にしてはいないのだが、それによってゆづきの気が向こうに傾いてしまうことにモヤモヤするのだ。
「――ゆづきちゃんとたまきくん、お迎えですよー」
園門の方から先生が呼びかける。
見るとゆづきの母親と妹、そして同じく自分の母親と妹が待っていた。
「あ、ゆづきちゃん」
へらへらと構える小僧どもを睨みつけるゆづきに恐る恐る手を伸ばす。
「もうふたりともきらい!行こうたまき!」
肩に手が届く直前、そう言い放ったゆづきによりたまきは手を引かれた。
教室に置いていたリュックを取って親のもとへ向かった。
「ママー!」
途中まで手を繋いでいた、というか一方的に手を引かれていた状態だった。
直前に来てゆづきは手を離して母のもとへ駆けて行ってしまった。
「あ……」
手首から失われるほのかな温もり。
少し惜しい気もするが、今日はこの造花で満足するとしよう。
「ねーきいて!またたまきを女の子って言う人がさー!」
プリプリと怒るゆづき。
ふとこんな日常がいつまでも続けば良いのにと考えてしまう。
いつか自分達も大人になって、お母さんやお父さんのようになって……
どうなるのだろうか。
たまきはゆづきと一緒にいられればそれで良いと思った。
あとゆづきの妹のはづきと自分の妹のなぎさ。それとお互いの両親も。
ずっとみんな一緒だったらどれだけ幸せなのだろうか。
◇◆◇
首が痛い。
気が付き思い出す。
自分は椅子の上でゆづきを見ていて、そのうちに寝落ちしてしまっていたのだ。
その時に見た夢がいつかの思い出だった。
確かあの数日後にゆづきの両親は事故に遭って亡くなったのだった。
それからゆづきとはづきは親戚の家に引き取られてたまき達と離れ離れになってしまったのだ。
高校生になってからゆづきと再開して、だけどその時のゆづきは人が変わったようだった。
些細な事で落ち込み、数日学校を休んではまた来て落ち込み、やがて不登校になってしまって。
たまきにはどうして良いのか分からなかった。
ゆづきが困っていた時に手を貸そうとしたことがあったのだが、拒絶されてしまったことがあったのだから。
はづき曰く『過度な男性嫌い』によるものらいし。
そんなもの昔は微塵も感じなかったのに、やはり高校に来るまでの歳月で大きな変化があったのだろう。
だが途中からゆづきは普通の女の子になった。
いつも左手首に包帯を巻いているのは相変わらず不審がられていたが、たまきにも関わってくれるようになり明るくなった。
それに家も隣同士だから早く打ち解けられた。
異世界に来てからゆづきはたまきの容姿に関して少しいじるような態度を取ってきていた。
これもまた気にはしていなかったが、やはり幼少の頃を思い返すとやや不自然ではあった。
それはともかくあの造花はまだ取ってあったはずだ。
小さい頃の収納箱を漁れば出てくるのではないだろうか。
昔のように戻りたいとは思う。
だがそれは今に至るまでのゆづきの苦労を否定することになってしまう。
両親を亡くしたショックから立ち直り、今こうして自分の前にいてくれる事実だけでも十分なのだ。
「あー、こほん」
扉が開いていた。
その陰からなぎさがこちらを半目で見ていた。
「何してるの」
まるで変態を見るかのようだ。
明らかにたまきに何かしらの疑いをかけている目だった。
「いや何もしてないから」
「何かした人に限ってそういうこと言うんだよね〜」
「じゃあなんて言えば良かったの!?」
理不尽な尋問を受けて、クスクスと笑うなぎさを部屋に入れる。
「良かったね」
「うん」
「あれ、意外と素直」
どんな反応をして欲しかったのだ。
一応なぎさの期待するような反応は先読みしてあえてしなかったのだが、それで正解だったようだ。
「だってこれで」
ゆづきを護れる。
「うんうん、好きな人にはそばにいてもらいたいもんね」
「そうそう。好きな……っておいいいい!!!!」
違う!いや違くないのだが今は違う。
「ねえ、いつ言うの?」
「な……なにを」
「とぼけないでよ。告白だよ、こ・く・は・く」
悪魔のような笑みを浮かべてなぎさは迫ってくる。
くそぉ、人の心を弄びやがって。
「……んぅ……」
ゆづきが寝返りを打った。
たまきとなぎさは同時に動きを止め、静かにゆづきを見た。
「セーフ……?」
なぎさの問いに頷きで答えた。
その後視線を合わせ、絶妙なハンドサインで部屋を出ることを提案した。
「りょ」
そろそろとなぎさは部屋を出て行った。
それに続きたまきも部屋を出る。
「……おやすみ、ゆづきちゃん」
こっそりと言い残して扉を閉めた。
当のゆづきは夢見心地でだらしなくお腹を晒してまだ眠るのだった。
◇◆◇
これからの方針だが、たまきは平穏に暮らせればなんだって良いと思っている。
このシマン村に永住というわけにはいかないだろうが、それでもいつもの4人で日常を過ごしたい。
いつまでも。
戦いの運命から逃れられぬとしても。
僕が、全部導くから。
窓の外、日向へ手をかざす。
キラキラと朧げな粒子が踊る。
――ゆづきちゃんをあんな目に遭わせた〈イデア〉を許さない。
ゆづきが受けた痛みの分、痛みを与えよう。
ゆづきが流した血の分、血を流そう。
傲慢な王たるかの魔女を無力へ還し、僕はその頂に座す。
「いいや、そこへ帰る。のが正しいのかな」
ぐっと拳を握った。
空気が乱れ、煌めきの粒子は部屋の中に散った。
七瀬たまきの瞳は、かつて誰も知らないものに染まっていったのだった。
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