希望に禍う不幸の星―2

 争いが始まった。

 空の大群の中心に大穴が開き、地上からの猛攻に対しては似たような魔法で攻撃を返している。


「やめなさい!王族派は争うために来たわけではないのです!」


「ならなぜグリーシャの枝を落とした!?」


「知りません、少なくともこちらは何もしていません!」


 街が破壊される。

 突然の出来事に驚いた色々な種族の人々が慌てふためき逃げ惑う。


「黒姫」


 危険な状況であればすぐに退くと黒姫に言っている。

 だが一応黒姫にも判断をさせてみよう。


『お願い』


「分かった」


 そう来ると思っていた。

 だからゆづきはそれに即答し、瓦礫に身を隠しながら戦況を見守った。


「行くっすよセリ!」


 赤毛の少女が空へ魔法陣を展開しながら跳躍した。

 その前方、空に大きな魔力の塊が出現した。


「吹き飛ばせ、マーシャ」


 大群はその魔力塊にまるで磁石のように引き寄せられている。

 ある程度は範囲外に逃れたようだが、それでも結構な人数が密集していた。


「いけぇ!!!フレイシカル!!!」


 赤毛の少女は拳を突き立てた。

 直後、空気を波打つ波動が閃光と共に迸った。

 それは魔力塊へ、猛烈な豪風となって襲いかかった。

 さらに魔力塊が弾けた。

 それによって密集していた人々は散り散りに離れ、その際に豪風に煽られて皆空の彼方へ消えてしまった。


 たった今ので元の数の半分程にまで大群は減った。

 朧げな瞳の輝きが空を舞う。


「やめなさい、こんな事私は望んでいません!」


「黙れ裏切り者が!」


 空でリーダーらしき女性が味方から攻撃を受けた。


「何やってんだあれ」


 ゆづきはこの争いには参加しない。

 というよりゆづきがいたところでどちらの陣営にも味方をしていないから、余計ややこしくなるだけだ。


『まずいよ、あの人がやられたら中の人も死んじゃう』


「そう……それは残念だね」


 ゆづきに出来る事なんて無い。

 嘆く黒姫を慰めるくらいしか今は何も残されていない。


『他人事みたいに言わないでよ!ゆづきはどうでも良くてもわたしにとっては大事な事なんだから!』


 なら他人事ではないか。

 それになんとかしたいなら黒姫がどうにかすれば良いのではないだろうか。


「ね、そうじゃない?黒姫」


 心の中で思った事を黒姫に尋ねる。


『わたしがゆづきの中から出たらサニシアの効果が切れるし、その間能力は使えないよ。それでも良いならわたしがやるけどさー』


 小馬鹿にするような反論。


「だー、なに、どうすれば良いわけ」


『あの人を助けてあげて』


 大きなため息を吐く。

 ゆづきがこの戦闘に混じれば状況がおかしくなるのは火を見るより明らかだ。

 危なそうだったら帰るという宣言は何だったのか、ゆづきは黒姫の望みを叶えるべくその足を動かし始めた。


 今までよりさらに深く、地形に溶け込み進む。

 ある程度接近したら浮遊魔法……では魔力で感知されてしまうかもしれない。

 だからゆづきはその背に輪郭のぼやけた黒き翼を出現させた。

 無意識に、誰からも教わっていない、いつからか出来るようになっていたこの力で音も気配も無く空へ飛び立った。


 だがこれは魔力を完全に使用していないわけではなく、ほんの僅かながら翼の形成と飛翔に必要な分は放出しているため、たとえゆづきが完璧に姿を見せなくてもこれに気付かれるのは時間の問題になる。

 それもゆづきが空へ飛んだことによって全て過ぎる心配になるのだが。


 ――鋼鉄の肉体と限界の素早さを。


 そうサニシアに願った。

 サニシアはそれに応えた。

 輝き、ゆづきに望んだ力を与え満たした。

 体が硬化し僅かに鈍くなる感覚、しかし爆発的な推進力で風邪を切り空を突き進んで行く。


 その光景はまるで流れ星が宇宙から地上に落ちてくる、その逆のようであった。

 黒紫色の魔力を纏い、光の尾を引き空へ落ちる。


『近づいてる!頼んだよゆづき!』


「言われなくても!」


 背後から何かが接近してくるその魔力でゆづきは気付かれた。

 だが遅い、ゆづきは鋼の突進をかました。

 女性に攻撃をしていたひとりはぶっ飛び、その向こうにいたもうひとりを巻き込んで墜落して行った。


「あなたは?」


 その女性は集中攻撃を受けていた割に涼しい顔をしていた。

 よく見れば傷がひとつも付いていない。


「えーと、なんて言えば良いか分からないんだけど、なんかうちの子があんたの中にいるっていう人に用があるみたいなんだよね」


 あなたはと尋ねられたその質問には答えなかった。


「まあなんだ、話は少し落ち着いてからってことで」


 今はとりあえず、こちらに対して分かり易すぎるほどの敵意を向けているこの空の集団を撃退する。

 地上は今は攻撃を止めているようだからタイミングとしては今しかない。


「王族派はもちろん友好派にも見なかった顔ですね。まあ良いです、私はキュデアと言います」


「通りすがりのゆづきって者だ」


 結局名乗ってしまった。

 出来るだけ関わりを増やして面倒からはさっさと退散したかったのだが、どうやら既にその道は閉ざされてしまっているらしい。


 ――圧倒的な身体能力を。


 願う。鋼鉄の肉体は解除され、今度はより身軽に変身する。

 サニシアを握りしめ急発進した。


「峰打ちで頼みますよ」


 背に声を受け止め、手近な人々に斬りかかった。

 強化した目で関節を見極め、流れるような動きでそれらに傷を付ける。

 だが四肢はどうにか出来ても翼や尻尾まではゆづきは知らない。

 だから筋を切断し四肢から血を流させその機能を停止させても、彼らが空からいなくなるわけではなかった。


 ゆづきの反対側ではキュデアが数人を相手にしていた。


「いくらアザルアを殺して組織の頭が変わったとしても皆が素直に付いてくるのは不自然だったのですよ」


「ならばどうして友好派に接触した?それではこの争いを狙っていたかのようではないか」


「違いますね。どの道私はあなた達を利用する気だったんですよ。それには友好派の目が無ければなりませんでしたから」


 キュデアは魔力を熾した。

 そして小声で、こう呟いた。


「私が悲劇に苛まれれば彼らの情は簡単に買えるんですよ。だって友好派なのですから」


 その後にこう続けた。


「大人数がこれまでを反省し謝罪すれば和解、しかし今みたいに反発が起これば私がそれをねじ伏せることで平和に終われる。だから王族派なんて私にとってはどうでも良いのですよ」


「お前も王族淫魔であるくせに!」


「王族派であるのに王族淫魔になる必要があったのは過去の話ですよね。今のあなた達はその肩書きだけに固執して無理に能力を引き出した。もっとも、生まれつき王族淫魔の才があった私には関係ない話ですが」


 キュデアの周囲を幹部が囲む。

 瞳が揺らめいた。


 頭上から鋭爪が突き立てられていた。

 背後に回避、だがその方向から魔弾が飛来してくる。

 足元に土の魔力を集め、それを足場にして回転。

 水がキュデアの全身を捕らえた。

 そこへ氷の魔力が這い寄り氷結。

 キュデアは氷に閉ざされた。


「王の魔法を使え!」


 その合図で一斉に幹部達が陣形を整える。

 キュデアを中心に、煌めく魔力を送り始めた。


「な、なにあれ」


 それは妙な魔力だった。

 いや魔力は魔力だし、特に火や水と言った属性を持たない至って普通の魔力のようだ。

 だがそれは特別というか、普通の魔力に感じられる異質なものに見えた。


『いやサニシアから同じ魔力が出てると思うけど』


 言われて気付いた。

 確かにあれはサニシアが放つ魔力に似ている。

 ゆづきが魔力を注ぎ、その魔力によって能力を発動した際に生まれる魔力だ。


「……つまり?」


『つまりあの魔力にはこの世界の概念を歪める力が備わっているってこと』


 よく分からないがゆづきはすぐに向かった。

 なんだかとても嫌な感じがする。

 これが発動したら、何か大変な事が起きてしまう。そんな予感がした。


「行かせない」


 ぞろぞろと残党がゆづきの前に立ちはだかる。

 先程吹き飛ばされた半数が徐々に戻ってきているのだろう。

 戦闘不能にしてもきりが無い。


 その時、背後から何者かに拘束された。

 羽交い締めにされ、文字通り手も足も出せなくなった。


「今だ!私達ごと殺れ!」


「正気か!?」


 思わず叫んだ。

 それはこの捨て身の拘束にもだが、それよりもこいつが言い切る前に既に攻撃の構えをした向こうの敵達に対しての意味が大きかった。


 ――周辺の者にいかづちを。


 果たしてその願いはゆづきの魔力をもって叶えられた。

 どこからともなく発生した雷によりゆづきの周辺にいた敵達は感電し落下して行った。

 拘束が解かれ、急いでキュデアの下へ向かう。


「間に合わない……!?」


 気付けばその膨大な魔力は極光を放っていた。

 蛍の光のように舞う光は七色に、肌で感じる空気はひりつき血が滲むかのように痛かった。


『ゆづき逃げて!これに巻き込まれたら絶対に死ぬ!』


「見りゃ分かる!」


 魔力が完全に注がれ、魔法が完成した。

“王の魔法”は黄昏の空をその光で塗り潰し、圧倒的なまでの魔力によりこの地を消しとばさんとした。


「キュデア!」


 未だ氷の中に幽閉されるキュデア。

 あれはもはや直撃どころか、端に掠めただけだとしても体が蒸発してしまうだろう。

 そうなれば黒姫の願いは絶たれ、それがゆづきに何か損をもたらすわけではないのだが、それも含めて今は共に戦うと決めた相手を見捨てるわけにはいかない。


『わたしの事はもういいから、ゆづきが死んじゃうのがずっと嫌だからさ、早く逃げてよ……』


 拳を固く握った。

 サニシアはあまりにも途方もない願いは叶えられない。

 ならば単なる魔法の反射だけでこれを退けられるのか?

 否、眼前のこれを防ぐ方法はサニシアを持ってしても今のゆづきには無い。


 ――違う。視点を変えるんだ。


 ゆづきは獄炎を宿した。

 狙いはこの手の先、氷塊のキュデア。


「いっけぇぇぇぇぇええ!!!!!」


 全力の一撃。

 もしかしたら火力が強すぎてキュデアが丸こげになってしまうかもしれない。

 しかし今から間に合わせるにはこれしかなかった。


「ふん」


 直後、獄炎の前に割り入った者がそれを地上にはたき落とした。


「王族派幹部を舐めるな」


 ゆづきの前に現れたそいつは”王の魔法“を作り上げたひとりだった。


「もうキュデアは助からない。反逆を図った愚か者も、そして友好派も、今ここで死ぬ」


“王の魔法”が動き出す。

 極大の物質が地上の空気を押し除けて落下するように、巻き起こる風と魔力に当てられ視界が霞む。


 氷は溶けない、砕けない。

 キュデアはあのまま死ぬ。

 黒姫の願いは潰える。

 ゆづきも、地上の友好派という組織も殺される。


 ――あぁ、ならこれで良いかな。


 世界が壊れる。

 ゆづきが望んだ形ではなかったが、これもひとつの結末なのだろう。


「はづき……」


 お姉ちゃんはなぜこんなとこにいるのか分からないよ。

 知らない人が自分の中にいて、知らない戦いに首を突っ込んで、知らない恨みで殺される。


「最期にもう一度だけ、会いたかった」


 はづきから離れた理由は覚えてない。

 でも、それがどんな理由だったとしても、ゆづきは再びはづきに会いたいと、そう心から願ったのだった。


「――情けない」


 自身の非力に打ちひしがれていたゆづきへ誰かが声をかけた。

 その直後、目の前の“王の魔法”が弾けた。

 天空に散らばる七色の閃光、あまりの魔力の強さに空間が歪み世界が揺れた。


「少しはまともになって帰ってきたと思えば勝手に中心に立って、それで敗北しそうになるなんて情けないわよ」


 長い金髪が風に流れる。

 麗しく凛々しいその少女の姿は幼く、達観した顔で魔法を打ち消したその方向を見ている。


「あんな適当な奴らに王の力?馬鹿げてるわね。セリ、マーシャ」


 金髪の子がふたつの名を呼ぶと地上からまた2人の少女が飛び立ってきた。

 先程王族派の半数を吹き飛ばした子達だった。


「資格無き者、王を語るべからず」


「まーセリの言う通りっすね。――シイナさんに謝れクソども」


 赤毛の子がキレている。

 違う。この3人、穏やかで涼しい顔をしているがみんな怒っている。


「王族派、結局全員倒しちゃうっすね」


「問題ないわ。後でシイナになんとかしてもらうから。だから今は」


 ――存分に暴れましょう。


「フレイシカル」


「スフィラレイ」


「これが裁きよ」


 赤毛の子の拳の武器が輝き――白髪の子の杖が煌めき――金髪の子は禍々しく赤黒い魔力を熾した。


 ◇◆◇


 フレイシカルとはマーシャの準神器、その能力は味方と認識した対象を鼓舞すること。

 それに加えシイナによる特殊な加工でフレイシカルには宝石が埋め込まれている。

 これにより本来なら鼓舞だけだった能力の他に、様々な魔法を使用できるようにした。


 しかしながらマーシャには魔力の才が無い。

 大規模な魔法は一発撃てば終わり、それ以降は肉弾戦を強いられる事となる。

 だがそれで良いのだ。

 マーシャは体術に長けた民族の生まれだ。

 フレイシカルの鼓舞は自身にも有効である。

 底上げされる力と会得した体術、それが組み合わさりマーシャは飛躍的な戦闘力を身につけることができる。


 拳をかちりと合わせる。

 宝石の魔法は先程使用した。これ以上は必要あるまい。

 この状態であればこれらの埋め込まれた宝石は鋭利な凶器になり、十二分の殺傷性を有する。


 残される魔力はこの浮遊魔法とフレイシカルに回す分だけ。

 この人数ならばきっと大丈夫だろう。


 ◇◆◇


「ひとまずセリ達は下がっててほしいっす。もし自分がダメだった場合には手助けしてもらえるとありがたいっすよ」


 頷き、セリとモエはゆづきの下まで引き下がった。


「ちょっと、は?あんたら誰なんだよ」


「……やっぱり、覚えてないのね」


「仕方ない。これが穢れという概念だから」


「説明は後、私達は今は味方よ。だから戦いに集中しなさい」


「はぁ……?」


 置いてけぼりだ。

 ゆづきとこの人達との間に何かしらの繋がりがあったのは確かだろうが、いかんせんゆづきがそれを覚えていない。

 というか覚えてないのではなく、この人達があたかも何かがあったように話を作っているだけなのではないか?


 ――背後から気配。


 不意打ちを狙った敵をかわし、関節を全て外して地上に蹴り落とした。


「今からあっちで戦いが始まるでしょうがぁ!!!」


「……ゆづきなんか変わった?」


 セリという子がそう言った。

 ゆづきが変わったとはどういう意味だ。

 自分達はそんなに人柄が理解出来るほど親交が深かったのか。


「ええ、なんだか荒々しくなったわね」


 心外だ。

 これが素の状態というのに、まるで以前の方が良かったかのような言い方ではないか。


「そう……」


 大人しい返し。

 これは知らない人から意味不明な事を言われたからの反応である。

 その時、戦況が動き出した。


「フレイシカル!」


 マーシャが拳を突き立てて突進した。

 しかしそれはあえなく回避される。

 歯を食いしばり、何度も拳を突き立てては突進を繰り返している。


「何だよあれ、全然攻撃出来てないじゃんか」


「見てなさい」


 今度は上下にも攻撃を始める。

 蹴り、拳、やはりどれも当たらない。

 人間は翼を持たず、相手は生まれつき有翼であるから、空中戦闘は実力差が激しく出るのだろう。


 まっすぐ拳を打ち込み、背後に裏拳、大きく後方に飛び退きかかと落とし、前転で背後に回り込み裏拳。

 敵の一人ひとりに順番に攻撃を仕掛けている。

 その攻撃の間隔は時が経つにつれて短くなっている。


「……あ」


 まさか集めている。

 分散していた敵をそれぞれ順番に回避させていたのはこのためなのか。


 王族派幹部達の背が合わさった。

 一網打尽のチャンスは今しかない。


「終わりっす!」


 マーシャはあらゆる方向から姿を現す。

 分身のように見えるが僅かに残像が見える。

 これは定点を高速移動しているのか。

 そうでなければありえない、というかそもそもこの光景がありえない。


 いくつもの残像の中から本体が急発進して距離を詰める。

 拳はすぐそこ、たったの一歩距離を縮めれば届く。


「それはどうかな」


 マーシャの拳が接触するその刹那、桃色の粉塵が爆発した。


「んなっ!?……んすか……これ」


 ぽすりとマーシャの体が受け止められてしまった。

 敵の腕の中に沈み、虚ろな目で脱力している。


「お前が相手をしているのは王族淫魔だ。人間ごときが敵うと思うな」


 その男は尻尾をマーシャの顔の前まで持ち上げた。


「さあ、たっぷりと夢に溺れろ」


「あ……あぁっ……!」


 マーシャが腕の中で悶える。

 何かは分からないがまさか負けたのか。


「ぁ……はははっ」


 と思った矢先、マーシャは不敵な笑みを浮かべた。


「感謝するっすよ」


 指で男の腹を刺突した。

 その威力で皮膚を破り、いくつかの内臓へ傷をつけた感触があった。


「ぬあぁああ!?!?」


「話に聞いてた通り王族派ってのは下衆の思考なんすね」


 解放されたマーシャは再び拳を構えた。


「世界そのものを愚弄した罪は死をもって償うっすよ」


 フレイシカルが光り輝く。

 閃光が迸ると眼前の集団は石化してしまったかのようにピタリとも動かなくなった。


「ティパ王技『巨獣進撃』」


 マーシャから魔力が溢れ出る。

 それは天空へ、果てしなく巨大な何かを形創った。


 拳を落とす。

 その巨大な何かは集団へ進撃した。

 直撃、莫大な魔力の渦に巻き込まれ誰も彼もその身を蒸発させた。


 熱い。魔力により創られたそれはとても人が相対できる存在ではない。

 それなのにこんなの、どうして人が生み出せるのだ。


 魔力が霧散した。

 原型が崩壊し始め、その獣はさらに上の空へ咆哮するような仕草をした。

 そして空へ消えた。


「さて、これでおしまいっすかね」


 マーシャが帰ってくる。


「いやぁ予定外の魔法を使ったんでもうヘトヘト……」


 突然意識を失ってマーシャが落下しそうになった。が、それをセリが支えた。


「無理しすぎ」


「まあでも王族淫魔相手によくやったわね」


 3人は戦いが終わってひと段落ついたという様子だ。


「はっ!キュデア」


 そういえばと氷塊へ目をやる。

 まだキュデアは閉ざされたままだった。


「ゆづき!勝手な行動は」


 モエはそこまで言って言葉に詰まった。

 ゆづきは穢れの影響で記憶が無くなっている。

 それなのにお前は〈イデア〉にいてこちら側の人間なんだと説明しても信用されるだろうか。

 その不安が胸を苦しめた。


 ――この氷を破壊せよ。


 すぐに氷は砕けた。

 透明な欠片は朝焼けを反射して空に舞う。

 中から解放されたキュデアは気を失っている。


「よっと」


 ゆづきはキュデアを支えた。


『よかった……意識は無いけど生きてるよ。ありがとうゆづき』


「ん、それなら良かった」


 素直な感謝を向けられて若干照れる。


「さて、これからどうしようか」


 戦いが終わったとは言え黒姫の目的はまだ達成されていないはず。

 キュデアが目覚めるまでは共にいるべきか。


 ゆづきは地上へ降下を始めた。

 ひとまずあの街へ行こう。

 そして今度こそ黒姫の目的を果たしたら帰ろう。


『――君は……誰』


 そんな声が聞こえた。

 周囲には誰もいない。

 黒姫か?


「なんか言ったか黒姫?」


『え?ゆづきが喋ったんじゃないの?』


 違う。


『……待って、来る!その人の中から!』


「は?」


 どうして良いか分からなかった。

 ゆづきは腕の中のキュデアから突如放たれた暗黒の霧に飲み込まれた。

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