希望に禍う不幸の星―1

 夜空。

 爽やかな風が平原を駆け抜けた。


「危なかった……」


 意味不明の状況から意味不明な自爆。

 ゆづきはあの少女から何か恨みを買ってしまっていたのだろうか。

 だとしてもそこに行き着くまでの記憶が無いし、爆発直前の言葉、確かゆづきを救うとか言っていた気がする。


 本当にここはどこなのだ。

 分かることは、この手にあるのが聖剣サニシアで自分の中に。


「黒姫……?」


『なに』


 もうひとつの精神が独立していること。


「何が起きてるの、この子は誰?」


 今はサニシアで作り上げた治癒の被膜に包み込み、爆発後のダメージを回復させている。

 平原に墜落して来た時は悲惨なもので、この子の身体は爆発の衝撃であらゆる部位が欠損していた。

 自身が爆心地となったのだから当然と言えば当然だが、むしろあそこまでして生きているのは妙に納得出来ない。

 ゆづきはサニシアで防御したから無傷だったが、瀕死になりすぐ治癒を施さなければこの子はきっと死んでいただろう。


『ゆづきは何も知らなくて良い。今はただ、はづき達の所に帰る事だけを考えて』


「は?なんだよそれ」


 返答になっていなかった。

 ならば自力で思い出すしかない。


 まずゆづきは異世界転移をして、数ヶ月程シマン村で生活して。

 それからどうなった。

 なぜこれが聖剣サニシアだと分かった?

 なぜ自分の中に『黒姫』という存在がいると分かった?


「……何も思い出せない。意味が分からない」


 いや、何も思い出せないわけではない。

 ぼんやりとだが何かが脳内でフラッシュバックしている。

 これは……


「樹?」


 巨大な樹木とその下の街。

 それならばずっと向こうに見えるのがそれだろう。

 遠くで夜闇を跳ね返すようにぼんやりと光り輝いている。


「…………ぅ」


 被膜の中の少女が目を覚ました。


「……ゆづきさん、よかった、元に戻ってる」


 その子は筋肉の千切れた顔でにこりと微笑んでみせた。


「サニシア、この子を治してあげてくれ」


『ゆづき。なんで知らない人のためにサニシアを使おうとするの』


 黒姫が言いたいこと。それは魔力の無駄だとか、ゆづきが助ける筋合いは無いとかそういうのだろう。

 確かにその通りだけど、だからと言って見捨てるわけにはいかない。

 今はこの子を助けてあげたい。

 その気持ちが強いだけだ。


「理由なんて無いよ」


 サニシアに魔力を注ぐ。

 左手首に鋭い痛みが走る。


「少しじっとしてて。今治してあげるから」


 被膜との相乗効果で少女の傷はみるみる内に治っていく。

 欠けた肉、抉れた骨、破れた皮膚、変形した関節。

 それら全てが一通り元に戻った。

 あとは被膜の中で安静にしておけば大丈夫だろう。


「ありがとう……ゆづきさん」


「あーうん、えっと、ところで君は誰?」


「何言ってるんですか、ミシュですよ。友好派の」


「友好派……?ごめん、やっぱりあたしは君を知らないみたい」


 ゆづきはミシュと名乗った少女をその場に置き立ち上がった。


「そんな、そんな事って……」


 まだ体が痛むのか、ミシュは起き上がろうとしたものの節々が痙攣して地面に戻される。


「無理しないで。少し休んだら君は君の場所に帰るといいよ」


 黒姫が言ってた通り、早くはづき達の下へ帰りたい。

 身に覚えの無い面倒に巻き込まれるのはごめんだ。


「待ってゆづきさん」


「なに」


 飛翔しようとしたところを呼び止められた。


「本当に、全く何も全部忘れちゃったんですか……」


「少なくともあたしがこの世界に来て、家族と友達と一緒に暮らしてたって事しか知らない。それとこの剣と、いつ覚えたのか分からない魔法だけ」


 記憶が欠落しているにも関わらず会得した技術は使える。

 実に都合が良いことだ。

 サニシアもどうやって入手したか覚えてないが、その能力などはなぜか知っている。


「ごめん、少し無責任かもしれないけどあたし、帰らなきゃ。それじゃ」


 今度こそゆづきはこの場から飛び去ろうとするべく魔力を熾した。

 身体が浮遊し、そのまま空へ上昇する。


『待ってゆづき!』


 内側から黒姫が叫んだ。


「な、なに。いきなりびっくりするんだけど」


『予定変更。今すぐあの街に戻って!早く!』


「はあ?黒姫がはづき達のとこに帰るって言ったんじゃないか。そっちに用事は無いと思うけど」


『違うの!とにかく急いで!』


「はあ……まあ良いけど」


 ゆづきにも特に断る理由がない。

 はづき達の下へはすぐに帰りたいが、ここがどこであるか分からない以上無闇に飛び回るのは不毛だろう。

 ならば多少はあの街で情報を得られるかもしれない。


 しかしどうも嫌な感じがする。

 もうじき夜明け、地平線に朝日が照らし始めている。

 何も起きなければ良いのだが、念には念を入れてここは少し隠密に行動をするべきか。


 ◇◆◇


 透明化の魔法、それに加えてサニシアで気配を完全に殺す。

 街に降り立ったゆづきは異様な空気を感じた。

 それは通りに人が誰もいないとか、そもそも人気が無いなどといったものではない。

 そんなことは時間帯的に十分あり得る。


『まだ少し遠いみたい。でも確実にこっちに来てるよ』


「えっと、なにが」


『絶滅したはずの伝説の種族、星神族グレヴィラントだよ』


「グレ……?はぁ、伝説」


 なんだかいまいち気乗りしない。

 少し前までならこういうのには目を輝かせて進んで首を突っ込んでいたはずなのだが、今はそれに対して僅かな嫌悪感すら感じてしまう。


「んで、そのグレなんとかがどうしたの」


星神族グレヴィラントってのはその多くが何かしらを司ってたの。もしこの気配の主がそれに当てはまるとしたら』


 街の中央部の施設からぞろぞろと人が出てきた。

 翼と尻尾、先程のミシュという子と同じ特徴だ。

 その中に普通の人間らしき女の子も何人か混じっている。


『力の強い者、それもそうだよ。絶滅したと思ってたら生き残りがいたんだもん』


「それで」


『わたしはそいつに会わなくちゃいけない。だからゆづきも付き合って。お願い』


 黒姫の問題。

 所詮は他人事であり面倒事。

 ゆづきがそれに付き合う必要はまず無い。

 だが絶滅したはずの伝説の種族。

 それを聞いて何も思わなかったわけではない。


「……少しだけだぞ、危なそうだったらすぐに帰る」


『うん』


 ――空の彼方から翼の大群がこちらに向かってきている。


「あそこにいるの?」


『たぶん』


 ゾッとした。

 あれはどう見てもこの街を落としに来た侵略者。そして先程外に出てきた人らはそれを迎え撃つのだろう。

 戦争が始まるのか?


「――友好派に告げます。我々に戦闘の意思はありません」


 空からそんな声が響いてきた。

 戦闘の意思がない、それを聞いて少しほっとした。


「先代のリーダー、アザルアは死にました。これからは私がこの組織を治めます。そしてその最初の計画、どなたか話が出来るとありがたいのですが」


 とは言ったものの地上の友好派と呼ばれた集団は警戒を続ける。


「アザルアが死んだ?信じられない」


「これ、今が依頼を達成させるチャンスっすよね」


「そうね、でもこの数は流石に相手しきれないから手出しは無理よ」


「あの人って……」


 その時ひとりが空へ飛び立った。


「ニト!危険だ戻れ!」


 静止の声も虚しく、ニトは空の大群の前へ姿を晒した。

 そこから会話を始めたが、ゆづきのこの距離では何も聞こえない。


『あの人だよ、今話してる』


「へーあれが伝説の種族なんだ。周りと同じ姿に見えるけど」


『違うよ!あの人の中にいるの!』


 つまりゆづきと黒姫のような感じか。

 黒姫がその存在を察知出来ているのなら、向こうも既にこちらに気付いていても不思議ではなさそうだ。


 ――突然、頭上で大きな破壊音が響いた。


「……は?」


 見上げると大樹、ガサガサとけたたましい音を立てて辺りに何かが落下してくる。

 もちろんそれは集合していた友好派の上からも、ゆづきの上にも降り注いだ。


「あぶね!」


 とっさに回避して落ちてきたそれを確認する。


「木の枝だ」


 辺りを見ると大きさはまちまちだが、小さいものでも人と同じくらいの大きさではあった。

 あんなのが直撃していたら即死だっただろう。


「くそ!はめられた!」


「迎撃用意!早く!」


 先程の枝の落下で街が少し崩れてしまっている。

 これは空の大群の攻撃?それにしては少し不自然だ。


 こんな大枝を切って広範囲に降らせるとしたらまず手作業では無理がある。

 魔法を使ったら魔力の流れ的に大樹の上から何かしら反応があるはずだがそれも無い。

 もし僅かにも可能性があるとしたら前者だが、やはり大群が到着してからこれほどの大枝を切る時間は無かったはずだ。

 ならばあらかじめ用意していた?

 だったらわざわざ大群で来なくても良いではないか。


「な……!不意打ちなんて卑怯っすよ!」


「許容できない」


 普通の人間らしき少女達も周囲に合わせて臨戦態勢となった。

 片やグローブを装着して七色の輝きを灯す。

 片やその杖に白銀の魔力を込める。


「待ってください、私達は何もしてません!」


 大群のリーダーが言う。

 しかし友好派は誰もそれに耳を貸そうとしない。


「ニト離れろ!」


 誰かが叫んだ。その直後、複数人の輪の中から高出力の波動が放たれた。

 黄昏の闇をなぎ払う光の波動は空へ一直線、凄まじい速度で大群に穴を開けた。


 亀裂、たった今この2つの組織の間に争いの火が迸った。

 傍観しているゆづきにもはっきりと分かるほど一瞬で場を支配した強い殺意や敵意。

 ゆづきの嫌な予感が的中したのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る