超えるべき王たる淫魔―6
眼下には泉、そこを辿り上流へ。
消し飛び抉られた地形。
クレーターの縁には薙ぎ倒された木々や吹き飛び盛られた土の山が形成されていた。
上空より様子を見る。
王族派と思しき大人数、それに対して強襲者はたった1人で対峙していた。
この場合ゆづきの敵は……
そしてこの場に乱入するべきなのだろうか。
「やるしかない」
自分の未来が他人に握られているかもしれないこの状況をただ見ているだけなんて出来ない。
迷っている時間なんて無駄だ。
混沌と化した戦場へ飛び込んだ。
先程の彗星をイメージして、ゆづきは足元に火の魔力を宿した。
下は見ず、今はただ強者たれ。
ズドンッ!
巨大なクレーターの傍に比較にならない程小さな窪みが作られた。
着地は上手くいった。
しかしその衝撃の反動でゆづきの顔は少し歪んだ。
「今度は何だ!?」
立ち込める土煙の中、ただひとつその叫び声が辺りに響いた。
声からして
混沌か。
自分で思っておきながら何とも素晴らしい存在だ。
今のゆづきは混沌、願いも届かぬ昏い闇の奥底より這い上がる邪悪。
――土煙が風に消えた。
まず目に入って来たのは、先の彗星のおかげでその顔が半分消し飛んだ様子の
集団の先頭に立っている3人の内の1人、恐らく王族淫魔というのはこの3人のことだろう。
そしてその背後には何人もの
そして巨大なクレーターの中心、未だ立ち込める土煙の中に人影が揺らめいた。
「………………」
何かを呟いているが、姿も見えなければ声も聞こえない。
ただしすぐに何かをしようとしているのはゆづきには分かった。
「――我」
その声は幼い女の子のものだった。
「滅するは」
尋常ではない覇気に直感で危機を感じた。
「神が創りたもうた数多の理想郷」
これは死だ。破滅だ。絶望だ。
「その名はフェリタウル」
土煙が薄れ、中の者の姿が徐々に露わになる。
「再開の刻は来たる」
両手を胸の前で広げ、その中間に禍々しい輝きを生み出した。
「未熟な器に
見た事も考えた事もない。
それは禍々しく、神々しかった。
「解放せよ。世界により生み出されし滅びの因子」
詠唱が終わった。
そしてそれを唱えていた者の姿が完全に現れた。
長く美しい金の髪をたなびかせ。
凛々しくも子供のあどけなさを残した顔は氷よりも冷たく。
その手の間に生まれた輝きは膨張を続ける。
――モエ
なぜこの場にこのタイミングで現れた。
作戦はきちんと伝わってたはずだし、本人もそれを踏まえて独立していたはずだ。
モエは本来の未来視を知っていた。
そして恐らく禁忌の事も知っているだろう。
それなのになぜ、自らの未来すらも台無しにする行為に及んだのか。
ゆづきは王族派の方を見た。
前方の3人は接近戦は望めないと判断したのか揃ってモエに対抗した光弾を作り始めていた。
「何をしている!お前らも手を貸せ!」
王族淫魔の1人が後方で茫然と戦意喪失する王族派へ叫んだ。
それで気付いた者達は続々と手をかざし、中心の光弾へ魔力を注ぐ。
「無理です!逃げましょうよ!」
「ここまで来て引けるか!こっちの方が多いんだから手数で押せ!」
既にゆづきのことなど眼中に無いのだろう。
きっと派手な乱入をしておいて何もしない、ただの余計なお邪魔虫としか思われなかった結果だ。
「モエちゃん!今そっちに行く!」
当初の思いなど既に忘れた。
かの彗星が自分の知る者であったのならば話は別だ。
モエの首がギリギリとこちらに向いた。
虚空を見つめる、そこへ光弾を生成しこちらに放った。
「あぶっ!」
光弾はゆづきの頭上を通り、背後の木々を破壊しながら空へ消えた。
怪獣映画の敵ではあるまいし、なんという攻撃方法なのだ。
などと珍妙な感想を抱いている場合では無い。
そうしている間もモエの持つ光弾が禍々しさと神々しさと大きさを増している。
紅蓮の稲妻、無限の極黒。
王族派のものなど霞むほどにモエの光弾は果てしなかった。
込められた魔法、魔力、感情などの全てがゆづきがファニルから教わった理論を根本から覆すようだ。
「もっと魔力を注げ!」
「ひいぃぃッ!!!」
もはや語るまい。
この対決、モエの圧勝だ。
ここからでも肌に電撃のような痛みが伝わる。
それなのにもっと至近距離にいる王族派の者達はそれに加えて激流の如く魔力を放出している。
地獄の苦痛をたっぷりと味わっているだろう。
しかし流石はシイナすらも警戒する王族淫魔だ。
そちらの光弾も大規模なエネルギーを辺りに撒き散らし始めた。
モエのものに及ばなくとも食らえばひとたまりもない、もしくは即死だ。
「撃つぞ!逃げろ!」
先手を取ろうと3人が光弾を放った。
狙いは斜め上、放物線を描くような器用な撃ち方でモエの正面の光弾を避けて頭上へ落とすつもりだ。
そして王族派達はその間に踵を返して空へ逃げ出そうとした。
だがモエがそれを許すはずが無かった。
いつの間にしていたのか、王族派達の足元に光の足枷をかけていた。
「なんだこれ!?外せない……!」
あれはいつかシイナに使ったのと同じ魔法だ。
単なる拘束魔法とは違う、あんなのファニルには教わらなかった。
王族派の光弾が落ちた。
まさか気付かなかったのか、直撃するなんてありえない。
が、その光弾は途端に霧のようにして消えてしまった。
それどころか霧状になった後にモエの光弾に吸収されている。
「あ……あぁっ……」
これはいよいよゆづきも逃げないとマズい状況になってきたようだ。
「……なっ!?」
ゆづきの足にも枷が付けられている。
さっき攻撃してきてたし、もしかしたらとは思っていたが、今のモエには敵味方の区別がついていない。
「モエちゃん!これを解いて!」
喚き泣き叫ぶ王族派に混じってゆづきも叫び始めた。
「もうダメだぁっ!」
「こんなところで……」
「モエちゃん!!!!!」
「諦めるな!」
――もはやそれは単なる光の弾ではなかった。
周囲の空間を歪めるほどの異質かつ膨大なエネルギー、闇の上に光を織り重ね、天罰をも厭わぬ終わりの知らないモエの魔法。
究極、そして最強。
ゆづきだってこんなに離れていなければ今頃号泣だの失禁だの危うかったものを――今、放たれた。
声にならない叫び、迫り来る死そのものに対して次々と生気を失って直前で途絶える者。
最後まで抵抗しようとして、しかしあえなく蒸発してしまった者。
20人程いた全ての王族派が、血肉のひとかけらも残さずにこの世から姿を消した。
波動がうねり、地平線の彼方まで悉くを破壊しながら死の権化は突き進んだ。
あれがどこまで行くのか計り知れない。
恐ろしい程の質量を持ったエネルギー体だ、下手したら何かの種族が住んでいるところまで到達するかもしれない。
だがゆづきにあれを止めることは出来ない。
ただ顛末を予想して、起きてしまった事を受け入れるしかないのだ。
――モエは糸が切れたように倒れた。
その瞬間ゆづきの光の足枷も霧散し、解放された。
何も考えず脇目も振らずにモエのもとへ走る。
「モエちゃん大丈夫!?」
モエを抱え込み、体を軽く揺すってみる。
しかしそれらしい反応どころか呼吸すらしていない。
「まさか!」
胸元へ耳を当てる。
だが静寂しか感じない。
「こ、これ、こういう時って……」
心肺停止の時は治癒魔法を使って……
いや人工呼吸?胸骨圧迫?
「早くしないと」
確かどちらでも良いからやらないと、その隙のたった一瞬で致死率が爆発的に上昇してしまうと現世で習ったはずだ。
ならば躊躇っている場合ではない。
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