超えるべき王たる淫魔―4

 外に出て街を歩き始めた。

 そういえばなぜ明日の王族淫魔の動向が分かったのだろうか。

 ふと、普通の疑問が脳裏をよぎった。


 例えばスパイがいて、王族派に関する情報を素早く正確に伝えているだとかそんな感じだろうか。


「ねえ、なんで王族派の動きが分かるの?」


 ミシュ含め、全員に尋ねた。


「あぁそれなら星精族グレヴィールが仲間にいるからですよ」


星精族グレヴィール?」


「単に未来を視ることの出来る種族よ。名前が近いけど実際には星神族グレヴィラントとは何も関係無いわ」


「言い方は悪いけど的を得ているっす。補足するならその身は成体でも小柄で、頭がすごく良い」


「未来を視て、それを言い当てていた事から星神族グレヴィラントとの関係性をこじつけられてそう呼ばれるようになった種族」


 色々言われたが、その中で質問の答えになっているのはモエだった。

 未来視が出来る種族がいるとはなんとも掟破りだとは思ったが、そもそも願いを現実にする剣が存在する時点で既に掟なんて無かったものだろう。


「へー、じゃああたしが明日どれだけ活躍出来るか視てもらおうかな」


 それだけではない。

 今後はづきと上手く仲直り出来るかとか、それからの生活や世界のことだとかも聞きたい。


「それは良いと思いますけど、個人的な未来視を補えるだけの魔力はあるんですか?」


「ん?」


「大雑把な未来視はとにかく魔力が集まれば可能です、さっきみたいな感じのですね。でも特定の個人の未来を視るには、その人の魔力が多く必要です」


「それはどれくらい必要なの?」


「魔力量には個人差があるから一概にそうとは言えませんけど、でも誰にしてもだいたい穢れが限界を向かえるくらいですね」


 穢れが限界を向かえたら未来が潰えるではないか。

 あまりの本末転倒ぶりに思わず苦笑。


「魔力専門で相当鍛えている人なら足りるとは思いますけど、自信はありますか?」


「ない」


 流石に即答だ。

 穢れは溜まると記憶を失い、やがて自身を怪物へと変貌させてしてしまう恐ろしい概念だ。

 そんなものに手は出せない。


「まあ知ってました。今まで何度も同じ事を言って撃沈してる人を見てるので」


 その時モエが手でゆづきの頭を軽く叩いた。


「バカね、自分の未来くらい自分で創りなさい」


 それだけだった。

 深い意味がありそうだったが、きっとどこかで見た格言か何かを言っただけだろう。

 しかしモエなら自分で考えて言ってもおかしくない言葉だ。

 どちらにしても、相変わらず年齢に合わなそうな事を言う。


「良いこと言いますね」


「別に」


 なんだか不機嫌?

 いつもと同じに見えるが、いつも以上にトゲがあると言うか、人への当たり方が強い気がする。


「ごめんなさい、少し気分が悪いからひとりになるわ。それじゃ」


 それだけ言うとモエは飛翔し、街の外側へ去って行ってしまった。


「私何か気に触ること言っちゃいました……?」


 怯えて小さくなるミシュ。

 セリとマーシャはさっきのモエを見てか少し変な顔をしていた。


「大丈夫だよ。モエちゃんはいつもあんな感じ……だと思うから」


「憶測じゃないですか!怖いですよあの人!」


 まあ確かにモエは怖がられても仕方ないとは思う。

 少しだけ触れて分かるが、あれは完全に人付き合いに向いていない性格だ。


 シイナに対してはかなり打ち解けている印象を受ける。


「でもあれはいつものモエらしくない不機嫌さだったっす」


 不機嫌なのは認めるのか。

 仮にもゆづきよりモエと長くいるマーシャでさえその認識なのか。


「理由は分からないけれど、本当に具合が悪かったのかもしれない」


「まあそう考えるのが妥当だよね」


 いつも不機嫌そうなモエと本当に不機嫌な時のモエ。

 まだその区別がつかないゆづきはセリの意見に合わせるしかなかった。


 だとしても体調不良のモエを無理に戦わせるわけにはいかない。

 単に不機嫌なだけであってほしいが、モエには不機嫌でいてほしくないという矛盾する妙な思いが胸中をかき乱す。


 ◇◆◇


 夜、ある宿屋に入った。

 昼間のグリシニアの街を堪能した後で良い感じに疲労が溜まっていて今夜は良く眠れそうだ。


 まだモエが帰ってきていないが、セリとマーシャ曰く、こちらの魔力を探知して勝手に戻って来れるとのことだったので今はあまり心配しないことにしよう。


 ひとまず夜も更けてきたのでそろそろ眠ることにする。

 今頃それぞれがそれぞれの部屋で明日への用意を終えて床に就いただろう。


 ゆづきも用意と言う用意はあまり必要は無さそうだが、とりあえず短剣を磨いておいた。

 ファニルに教わったのは魔法。

 それでもこれには頼ることになるだろうから。


 ――ランプの火を消して柔らかなベッドに潜り込んだ。


 すぐに眠気が全身に巡り、目蓋が落ちてきた。


 明日はきっと誰よりも活躍してみせる。

 初めてセリとマーシャの戦いを見る。

 モエの魔法を凌駕……は出来ないかもしれないが、きっとモエも驚くような戦い方をしよう。


 ◇◆◇


 目が覚めた。

 重い目蓋を開けるとまだ暗闇の中だった。

 熱に浮かされるように息苦しく、布団が重く感じる。


「な……に……」


 体が動かない。

 具合が悪いわけではないが、心地が悪い。


「んに……」


 この時ゆづきは気がついた。

 自分の上に誰かが寝ている。

 それもしっかりと抱きつくように。


 暗くて誰か分からないが、こんな事をするのはミシュ以外にいないだろう。

 寝ているところに忍び込むなんて、流石はミシュだ。


「ミシュ、重いから下りて」


 昼間のに比べたらだいぶ控えめだとは思うが、それでも淫行は淫行だ。

 こんな事が日常的に続くのであれば、少し厳しく叱らないといけないみたいだ。


「いい加減に……」


 ミシュを横にずらして起き上がった。

 ランプに火を着けて、その姿を暗闇の中から浮き上がらせる。


 ――金色こんじきがあった。


 ミシュではない体格、香り、そして髪の色。


「モエちゃん……!?」


 モエだ。

 この部屋にミシュはいなく、ゆづきの上に乗っていた者の正体はモエだった。

 信じられない。

 色々な感情が複雑に絡み合う中、ゆづきはただただ困惑することしか出来なかった。


 なぜモエがゆづきに抱きついていてそれよりもいつ帰ってきたんだ、でもやっぱりなんで抱きついていたんだ帰ってきたならとりあえず起こすとかすれば良かっただろう。


 やはり何かおかしい。

 こんなの刺々で毒々のモエがするにはあまりにもギャップが激し過ぎて逆に刺激が強い。


 ゆづきの上から落とされてもすやすやと眠り続けるモエ。

 こうして無防備なところを見ると、やはりこの子もしっかりと子供なんだなと思う。


 そういえばはづきが怖い夢を見た夜、よく自分の布団の中に潜り込んで来てたっけ。

 さっきの状況とは少し違うが、あの時を鮮明に思い出した。


「……まま」


 まま?


 その時モエの手が何かを掴むように辺りを探り、ゆづきの手に辿り着いた。

 温かく小さな手が、ゆづきの手と絡み合った。


「まっ……!?」


 この身に雷が落ちたようだ。

 あれほど厳しい態度しか見せて来なかったモエがこんなにも甘い姿を見せるなんて、これを夢だと疑ってしまう。


「はっ!そうだ、一般的な淫魔族ユリュナは人にアレな夢を見せて吸精するんだ。ならこれも」


 だがこれは淫夢なのか?

 別にゆづきはいやらしい気持ちになっていないし、そもそも女性の夢に女性を出すか?

 ゆづきが同性愛というのを知っている淫魔族ユリュナはミシュだけのはずだが、しかしミシュは人に夢を見させて吸精する方法は選ばない。


 ならこれは現実。

 夢としか思えないこの現状を疑う気が徐々に薄れていき、気持ちも落ち着きを取り戻してきた。


「ママか」


 モエもこんな組織にいる以上、生死をかけた戦いというのを何度も経験しているのだろう。

 はづきくらいの歳の子供、ゆづきより幼い女の子がだ。


 そういえば〈イデア〉のみんなの家庭事情は全く知らない。

 みんなあの第1区画の屋敷に住み、誰一人として生まれた家の存在を語っていない。

 コートックは一族最後の血筋だったが先日死んでしまい、サイレンテス家の血を絶やしてしまった。


 最後の血筋。

 その家系の他の血縁者が既にこの世に居らず、自身だけが後世にその家系の血を繋いでいける存在だという場合。

 ゆづきはギリギリその手前で止まっていると言うべきか。

 はづきがいなかったらこの異世界ではゆづきがそれに当てはまっていただろう。


 もし〈イデア〉がそんな人達の集合組織だとしたら、それはきっと恐ろしい事実だ。

 シイナを始め、パルまでもが肉親を亡くした孤独な存在というのは、ゆづきの心の深淵にある何かを動かしかねない。


 きっとみんな黙っているだけで、本当はあの屋敷の外で帰りを待っている家族がいるはずだ。

〈イデア〉の構成員は決して少なくない。

 まさかその全員が最後の血筋に当てはまるなんて事はありえないだろう。

 なんせゆづきがそうなのだから、きっと大丈夫だ。


 しかしこの目の前のモエの場合は前向きに考えられない。

 ついさっきその口からこぼれ落ちた言葉は冷たく、そして哀しかった。

 かつて自分がそうであったように、どれだけ泣いてもどれだけ願っても帰ってくることの無かった両親への想いが心の許容を超えて溢れてしまっている。


 いつも厳しく冷酷な人であっても、暖かな幸せを望むのは当然だ。

 ゆづきはモエがどういう経緯で戦いの世界に身を投じる事になったのか知らない。

 でもこの子の心にかつての自分と同じ穴が空いているのを確信した。


 だから……


「寂しい時は、あたしがママになるよ」


 そっとモエの手を握り返した。

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