超えるべき王たる淫魔―3
自分は今まで何をしていた。
気がつけば両腕と足にセリとマーシャとモエがそれぞれ張り付いてゆづきの動きを封じていた。
そして目の前には息を荒げて地面に突っ伏すミシュ。
なんだかこれまでにないほど嬉しそうな顔だ。
「やっと正気に戻ったっすね」
マーシャのその声で全身が解放された。
なんだかやけに両手が痺れる。
「これは何が……」
「ミシュの尻尾を嗅いだ」
そう言われればあの尻尾をこの鼻に押し当てられた気がする。
そこから記憶が無い。
「あたし何してた……?」
「変態」
「えぇ!?」
全員あまり良くない反応だ。
身に覚えが無いが軽蔑されているのか。
「はぁ、はぁ……ゆづきさん!」
突然ミシュに名前を呼ばれたので向いたら何やらグッドポーズをされた。
これは間違いなくミシュになにかやらかしたなと、そこまでは察せた。
「これまでにない野性的なお尻叩き。あれがゆづきさんのほ・ん・しょ・う」
この小娘、もう一度その生意気な尻をブチ叩いてやろうか。
「ちょ!ストップ!ゆづき!」
よく分からないがイラついたので燃えた。
だがすぐにマーシャに止められた。
「でもありがとうございます。おかげでたくさん吸精出来ました」
ミシュはゆづきへ近づいてきた。
身構えたが、どうやら害意は無いようだった。
「これはほんのお礼です」
ミシュはゆづきの頬へくちづけをした。
柔らかい、そして良い香りに包まれて全身から強張った力が抜けていく。
「
なんだその適当な能力は。
でも確かに魔法や薬では感じられない人肌の温もりがある。
そういう意味では決して劣ることは無いのだろう。
「……あの、もしですよ」
そしてミシュは突然もじもじし始めた。
まだ吸精し足りないのだろうか。
「私がゆづきさんにお供したいって言ったらどうしますか?連れて行ってくれますか?もっといじめてくれますか?」
最後がおかしかった。
しかしそれももはや今更だろう。
「えっと、あたし達は今は依頼でここに来てて、この場合って〈イデア〉に入りたいって事で良いのかな?」
セリとマーシャとモエに尋ねる。
「決定権はシイナにあるから〈イデア〉に入りたいという意思があってもまだ分からないわ。でも、今に限っては行動を共にした方が便利よ」
それはミシュが友好派であるから、王族派の情報を持っているかもしれないという意味で間違いないだろう。
もしかしたら今後もミシュに変態化させられてしまうかもしれない。
しかし今回の依頼を達成するには有力な存在になりうるから場合によっては断れない。
ならまず確認だ。
「ミシュは王族派のことどれくらい知ってる?」
ミシュは空を向いて悩んだ。
「まあ誰がどの立場でどのくらい重役かくらいなら」
「十分よ。一緒に行きましょう」
聞いたのはゆづきなのに結局モエが許可してしまった。
まあどの道ゆづきもそこまで断る気は無かったから別に良いのだが。
「やった!ありがとうございます!よろしくです!」
「早速だけど今回私達は王族派に属している王族淫魔を2割討伐する命で来ているわ。敵の強さは出来るだけ弱い方が良い、これだけの条件で何体くらい討伐すれば足りるかしら」
淡々と述べるモエ。
ミシュはうんうん頷きながら真剣に話を聞いていた。
「そうですね、単純な数で言ってるなら20人くらいですかね」
「単純な数?」
「はい。だって王族派のリーダーとかひとりで一国の人間族全てに一斉に淫夢を見させて、それで吸精するような人ですから。それに比べたらそこら辺の王族淫魔は同時に数人が限界ですからカスみたいなものですよ」
決して数は多くないが力量には大きな差があるらしい。
今の話の内容からするに、リーダーは国を丸ごとカバー出来る力を持っているわけだから普通の奴に比べたら何百倍、もしくはそれ以上に強いのだろう。
考えるだけでも嫌な予感しかしない。
「ならまずはそのカスを片付けましょう。微力とはいえ戦力の調査にもなるし、数も減らせるわ」
「簡単に言いますけど王族淫魔自体はカスでも強いですよ。単体が数人程度の小規模な騎士隊に匹敵するくらいと言えば伝わりますよね」
ゆづきの中で衝撃が走った。
王族淫魔はそんなに強かったのか。
どうりでシイナすらも拒絶していたわけだ。
そして安易な考えと正義感でこの依頼を無理矢理押し通した事に少し後悔する。
その後悔は嫌がっていたセリとマーシャを巻き込んでしまったことへ対してだ。
「でもやるしかないっすね」
「ん」
「マーシャ、セリ……」
マーシャは宝石が嵌め込まれたグローブを両手に、セリはずっと持っていた杖を。
これで戦う意思は固まったらしい。
「ゆづきはこれがただの依頼じゃなくて、自分のこの先を左右する大事な試験というのを忘れないこと。良いっすね?」
忘れたわけではない。
だがそこまで言われている相手への不安で霞んでしまっていただけだ。
「相手は約20人。数では圧倒的に不利だけど頑張って倒せたら良い報告が出来るから、ゆづきは自分の望みのためにしっかり戦って」
ゆづきの望みはサニシアだ。
敵が敵なだけに実績を出せたらすぐにシイナもゆづきの実力を認めるだろう。
「うん、ふたりともありがとう」
セリとマーシャの期待を裏切らないようにしなければ。
それにここで失敗すれば2週間も魔法を教えてくれたファニルに面目が立たない。
「王族淫魔の住処はヒトが到達することは叶わない魔境です。ここは一旦私達友好派の拠点に来ていただいて、そこから王族派の動向を探りましょう」
闇雲に突っ込んで行っても勝ち目はない。
ここは相手の隙を突けるまで機を窺うべきだと。
「話はまとまったようだな」
満を辞して案内男が遠方で立ち上がった。
「目的地は
「あれ?場所分かるんですか?」
「まあな」
「へえ〜なら私が先導しなくても大丈夫ですね。よろしくです」
1番にミシュが馬車に乗り込んだ。
その次にモエ、セリ……
おや、この流れはマーシャかゆづきが乗れないのではないだろうか?
「ん」
何かを察したのかセリが馬車から降りた。
そしてじっとマーシャを見つめた。
「あーはいっす」
少し気難しそうに、後頭部をぽりぽりとかいてマーシャは席に座った。
そしてその上にセリが座った。
「えぇ……」
子供がやるならまだ型にはまっていたように見えるはずだが、マーシャの上にセリではアンバランスすぎる。
セリの頭が天井すれすれで、少し車体が揺れれば擦ってしまうのではないのだろうか。
「乗れる」
だがこれで席が2つ空いた。
なんだか変な遠慮の気分でゆづきは席についた。
「ゆづきさん私も」
少しくつろごうとした途端眼前にミシュの背中が迫ってきていた。
「セリが空けてくれたんだから大人しくこっちに座りなさい」
モエは空いている自分の横の席へミシュを引っ張った。
「おっと」
ただでさえ狭い車内なのにミシュの変なノリのせいでさらに環境が悪化するところだった。
珍しくモエに助けられた。
そして馬車は動き出した。
ガラガラと荒い道を進む。
そしてやはりセリの頭はゴリゴリと天井にぶつかっていた。
◇◆◇
次第に平原に入った。
ここまで
「あ、見えてきましたよ。あれが友好派の拠点です」
そう言われてミシュが指をさす方向を見ると、それはそれは巨大な大樹が平原のど真ん中に構えていた。
見るに、なにやら薄く淡い光に包まれているようだ。
「あれ、普通の木じゃないの」
「あれは世界に3本しか存在しない神樹のひとつ『グリーシャ』生きとし生ける生命に等しく安息を与える、
セリが説明する。
なるほどあれが神樹というものなのか。
「街だ」
小丘を超えたその先、神樹の根元を中心に広がる広大な街が目に飛び込んできた。
「友好派の拠点および多種族が手を取り合って暮らしている街『グリシニア』です」
――神樹の枝葉の最先端が遥か頭上というところまで来た。
ここから中心部まではまだまだずっと距離があるというのだから本当にとてつもない大きさだ。
この景色を現実でも分かりやすく例えるなら、ファンタジーゲームでエルフの里とかよく名づけられているフィールドだ。
太陽の光だけではない、神樹から放出されている神秘的な光。
木漏れ日に川のせせらぎ、吹き抜ける心地の良いそよ風、これこそ真に安息と呼ぶに相応しいだろう。
馬車の横を道行く様々な種族の者達、そのどれにも不幸なんて感じられない。
「どうです?良いところですよね」
「うん。すごい」
圧巻だった。
帝都とは違いゴタゴタした街並みではなく、自然そのものの景観を最大限に活かしながら数多くの住居を構えている。
当然だがその反面帝都よりは機能面で発展していないように思えた。
「さてもう少しで着きますね」
そうこうしていると神樹の根本に辿り着いた。
そこにある割りかし大きな木造の建物が拠点らしい。
「俺達はここで待ってる。馬のコンディションとかを見てやらないといけないからな」
「ここから先の依頼は自分達で進めるんだ。そして全てが終わったらまた戻ってこい」
案内男達はここまでのようだ。
帰りはまた同行してくれるそうなので今は適当に別れる。
「じゃあここからは私が案内しますね」
ミシュが先を歩く。
木造の建物に入り、中にいた数人の
「ミシュさん戻って来れたんですか!?」
「ええ!ミシュちゃん!?」
当たり前のようにしようとしていたミシュだが、姿を見せた瞬間仲間から衝撃的な反応をされていた。
「戻ってきましたよ。この方達に助けられたんです」
「ミシュを助けたって……」
その
だがそれに深い意味は無さそうで、すぐにこちらに頭を下げてきた。
「ミシュを助けていただきありがとうございました。大変だったでしょう……」
柔らかな笑み、それはミシュを助けるという事の大変さに同情するようだった。
きっとこの人もミシュの淫行に振り回されてきたのだろう。
「いえ別に。お尻を叩きまくっただけですから。はい」
なんだかとてもいたたまれない。
自発的にやったわけじゃないのに、全面的にミシュが悪いのに。
「あはは……うちの者がなんかすみません」
「ふたりとも談笑も良いのですが今は別にやる事があります」
お前の事で苦しい思いをしているんだよ。なんて言えるわけもなく言葉を飲み込んだ。
「ニトさん、この方達は王族淫魔を討伐したいそうです。そこで次の動向を知りたいとのことなのです」
「王族淫魔の動向……ああそれならさっきちょうど出たよね?」
ニトと呼ばれたゆづきに同情する
「なんですかニトさん」
「この子達、王族淫魔の次の動きを知りたいんだって。教えてあげて」
「はい、えっと、明日の夕方に川の狩場で人間族の猟師を何人か誘拐する感じです。割と少数の部隊とのことです」
「分かったありがと」
その
「てこと。ちなみに分かるのは相手の数と場所だけだからこれ以上は答えられないよ」
「十分です。だいたい少数部隊の時って王族淫魔は数えるくらいしかいないですからね」
「そうだね。まあ王族淫魔と戦うならミシュはいた方が良いわけだから、あんたは明日その討伐にお供しなよ」
「言われなくてもついて行きますよ」
なんだか
おおよそゲームや小説に登場するサキュバス系の存在とは、常に淫らなことで頭がいっぱいで繰り出す技からいちいちの発言や素行までそういうものだった。
ミシュは出会ってからいきなり淫行に走ろうとしたが、まともな
日常的に発情していて、見境なく人々を襲い倒しているなんてのは完全に偏見だった。(ものによっては別にそんな事もないが)
そんな偏見で凝り固まりすぎた現代日本、いやもはや世界共通だろう。
元そこの住人として、大変失礼な偏見の目で見ていた事を全世界を代表して心の中で謝罪した。
「というわけで今日はもう明日に備えてゆっくり休みましょう!グリシニアの街を案内します!」
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