第2章:重なる因果

呼び声―1

 夢だろう。

 果てしなく広く白い空間、自分は複数人の全く同じ姿の女の子に囲まれていた。

 どれも一様に見覚えのある短剣をその手に持っている。


 ――願いの聖剣サニシア。


 それに酷似した物が神々しく見えて目と頭が痛くなる。

 先日、影の戦いの最中でサニシアを顕現させることに成功させてその力を振るった。

 願いの、と謳うだけはあったというのが事実であり抱いた感想だ。


 だがあれだけの事があったにも関わらずゆづきが称賛されることはほとんど無かった。

 マルク・シャーターという〈エデン〉の手強い構成員を倒して脅威を退けたのにだ。


 その後のシイナの判断がサニシア封印というやはり理解に苦しむものだった。

 曰く、ゆづきがサニシアを使うには今の段階ではリスクが高く、心身共に成長しなければ身を滅ぼす。と言うのだ。

 みんなの前での建前はそんな感じだったが本当はアリスを庇った事への罰なのだ。

 身を滅ぼすというのは事実かもしれないが。


 と言うのも以前結界内で遭遇した女の子とこの夢の状況、何も関係が無いはずがなく、この手の夢を見た後は必ずサニシア関連で何かが起こる予感がするのだ。


 夢とは記憶に残る印象深い出来事を基に構成されるものだとテレビか何かで聞いたことがある。

 これまでこの女の子――幼い頃のゆづきに似ている他人(と勝手に思っている)――が出現する夢はどれも同じ内容で、ゆづきを囲んで立ち尽くしているだけというものだ。

 これまで長い間何度も同じ夢を見ているような言い方をしてしまったが、まず影の戦いからは1週間しか経っていないし、その間も4回くらいしか同じ夢を見ていない。


 今回で5回目。

 早く目覚めたい。

 こういうのを明晰夢と言うのだったな。

 これが夢であると分かっていながら夢を見続ける。

 もしこの夢の中でゆづきが自由に何でも出来るというのならまだマシだったが動けないのだ。

 この状況を目覚めるまで永遠と繰り返している。


 大抵は夢の中で意識が目覚めた数分後に現実でも目覚める。

 だがいつまでこの夢を見るのかが少し気がかりだ。

 ここから現実で目覚めるまでの時間的にも、今後この夢を見続けるという意味的にも。


「…………」


「…………」


「…………」


 俯き黙ったままの女の子達。

 真っ白な空間。

 時が過ぎているのかすら分からない。

 じっくりとした拷問のような時間の中で今のところゆづきは精神を保てている。

 それはこれが夢だと自覚しているから。

 最終的には目覚めるのだからありえないが、もしこれを夢だと気付けなかったら今頃ゆづきは発狂しているだろう。


 ――体が覚め始めてきた。


 ふわふわした意識も霞がかった脳内も水をかけられたかのように輪郭を取り戻していく。

 視界が明滅し、正常な平衡感覚のもとに自分の現在地を確信した。


 ◇◆◇


 昼間、ジトジトとした湿気の中。

 薄暗い部屋でゆづきは目を開いた。


 窓の外では雨が降っていた。

 帝都に来てから初めての雨で少しテンションが上がった。

 しかしそれもサニシアを思えばすぐにかき消される。


 サニシアを取り上げられてから代わりに渡されたのはただの短剣。

 せめてサニシアの形を忘れないようにといういらない気遣いのせいで妙に手に馴染む。

 聖剣サニシアの模造品。

 ゆづきはこの剣に感情を抱けないでいる。

 それもそのはず、一度サニシアの万能さを実感してしまったら他の武器なんてまず考えられない。


 準神器ならまだ気が楽だったかもしれない。

 正直、神器と準神器の違いなんて星神グレヴィラントが創ったか人間が創ったかくらいしか分からない。

 それでもただの何も能力も無い武器を持つよりもマシなわけだが。

 今のゆづきにはそれも与えられない。


 力を持たない誰しもがそうしてきたように、地道に修練を積むしか強くなれない。

 それが新たに敷かれたゆづきの道だ。


 ――扉が叩かれる。


「ゆづき起きてる?」


 返答を待たずに扉が開かれた。

 このマイペースかつ適当なやり口はセリだ。


「起きて?」


「起きてる」


 モゾモゾとベッドから降りる。

 クローゼットを開けて着替えを始める。


「なにか用?」


 こくりとセリは頷いた。


「この前からゆづきが欲しがってた戦う力について」


「あーサニシア以外のって言ってたやつか」


 先週からサニシアを取り上げられて、それについての不満をセリやマーシャにぼやいていたのだった。


「今日屋敷にある人が来てるの。会う?」


「ある人って誰……?」


 そのぼやきをただ聞くだけではなく、解決法まで模索してくれていたとは驚きだ。


「シイナさんの古くからの知り合い。私も何回かしか会ったことないけどすごい人」


「へー、どんな人なの」


 セリは少し悩むような仕草を見せた。

 そんなに特徴的な人なのだろうか。


「本」


「ほん?」


「本」


「ほんとうに?」


「ほんとうに」


 本の応酬を経てゆづきも悩んだ。

 本が知り合い?

 それはいわゆる、読書が好きすぎて本しか友達がいません。

 みたいなニュアンスなのだろうか。

 でもセリは人って言っていたし……


 分かったぞ。

 本で人生が始まり本で人生を歩んでいる人なのだ。

 名前にも本が入り語尾にも本をつけるような本を体現したような本好きなのだきっと。


「行く?」


 服を整えて短剣を腰に下げた。


「うん、行ってみる」


 とりあえず目的のためになりふり構っている場合ではない。

 相手の正体が何であろうと力が得られるのなら今はそれに食い付くべきだ。


 少しばかりの疑心と期待を持ってセリについて行くことにした。

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