幕間―2 この世界で見つけたあなたへ
数回のノックと同時に扉を開く。
夜空が良く見える窓際で黄昏れている、自分と似た背丈の少女に歩み寄る。
「帰還しました」
少女は地毛の白い髪を揺らして振り向いた。
「ねえアリス。見て、星が綺麗だよ」
少女は窓の外を指差して嬉々としている。
そこまで珍しい光景でも無いし、なんなら昨晩も同じような空だった。
「……ねえ、今何を考えてた?」
「シス様の感性はワタシには理解出来ないなと」
「ははは、私って可哀想」
シスはいつも寂しそうな表情をしている。
灰色の右目と赤色の左目の端は少し下がり、口は黙ってれば歪んでしまう。
「マルク・シャーターが討たれました」
突然だけれども、報告は忘れてはならない。
仮にも仲間だった者が死んだのだから。
「言われなくても知ってるよ。私と君は繋がっているのだからさ」
そうだろうとは思っていた。
だが一応出来事として口にしないとアリスが落ち着かないのだ。
「彼、苦しそうだったね」
シスはうつむき、その顔に影を落とした。
「これも私がお節介を焼いたからだよね」
アリスは知っている。
以前マルクはシイナと交戦した事があり、その際に瀕死にまで追いやられたという事があったのだ。
放っておけばすぐに死んだものをシスの施しでマルクは延命した。というところまでは。
それからマルクは復讐に囚われ、これまでに無いほどの戦闘力を身につけた。
だがそれがどんなものなのかまではアリスは知らなかった。
「それがあの怪異、世界を喰らう影への変身」
アリスが知らなかったということはシスも知らなかったということになる。
「あれだけの力があれば使いようによっては死ぬ事はあり得なかったのにね、やっぱりそこは自身の性格にとどめを刺されたとでも言うべきかな」
「つまりマルクはあの時他の誰よりも強かったと?」
「そうだと思うよ。でも彼、追い込まれると冷静さを大きく欠くじゃない」
つまりそのせいで死んだという見解らしい。
確かにアリスもあの怪異には勝てる気がしなかったし、結界に閉じ込められた時も捕まらないように抵抗するので精一杯だった。
「それよりも」
シスは話題を変えた。
「アリスがくちづけしたあの人、友達って……」
その話はまずいと思った。
敵対組織に友好関係を結んだ相手がいるとなればアリスは禁忌を犯した事になる。
だから組織的に処分されるかもしれない。
だがシスは微笑んだ。
「私は気にしないよ。だってずっと会いたかった人なんでしょう?その人がたまたま敵だっただけ、どうにでもなるよ」
「そ、そうですね。でもシス様の方は……」
なんとも寛大な言葉だろうか。
思わず嬉しさが溢れ出しそうになった。
「私はまだ大丈夫だよ。っていうかアリス、私と二人きりの時くらいは楽にしてって何回言わせるの」
「普段からこうしていないといざという時に困るのはワタシです」
訝しげな顔をしてシスはアリスを睨みつける。
「……リーダーとして命じます。先程の私の頼みを実行しなさい。さもなければアリス、あなたを処刑します」
目が笑っていないし光が宿っていないから怖いし、そもそもこれだけのために処刑とは何を考えているのだシスは。
「……分かった……シス」
「それでいいの」
アリスは硬くぎこちない笑みを浮かべた。
アリスからしてみればこれは子供の遊びに構うようなものだ。
破ったら本当に殺されかねないだろうが、少しやりにくいだけで特に難しい事は無いだろう。
シスは窓辺の椅子から立ち上がり、バルコニーへと出た。
アリスもそれについて行き、涼やかな夜でシスと肩を並べた。
「それじゃあ、次の作戦を考えようか。アリスは誰なら〈イデア〉を止められると思う?」
「出し惜しみは無駄な犠牲を生む、ならば英傑に頼るべきだと思う」
「英傑……誰が適任かな」
〈エデン〉には英傑と呼ばれる存在が六人いる。
その全員が個性的だが実力者で信頼できる組織の最高戦力である。
「勇者と知将なら目立たずに行動が出来るかもしれない」
「勇者……うん、他に選べるのもいなさそうだから彼らにする」
判断が早くて提案した身ではあるものの不安になる。
だが、自分が行くなんて恐れ多くて言えたものでは無い。
今回の件だってシスの人選だったから、もしアリスが選ばれていなかったらゆづきには出会えていなかっただろう。
後で個人的に勇者達に言っておくべきだろう。
ゆづきの外見的特徴と、今後交戦するような事があれば殺さないでもらいたいと。
権力的には英傑の方が上だからアリスの意見が通用するかは不明だが、減るものでは無いのだから言うだけ言えば良い。
――静かな夜、ついさっきまでゆづきとあの結界にいたのが嘘のように平和だ。
「ゆづき……次はいつ会えるの」
会おうと思って会える関係ではない。
なんせゆづきは〈イデア〉、アリスは〈エデン〉なのだから表向きは敵同士であるべきだ。
仮にもリーダーであるシスは認めてくれたが、同じように他の誰かが認めるとは限らない。
ゆづきはこの同じ空の下に必ずいる。
だから急ぐ必要は無いが、いずれ自分のそばに置かなければならない。
「また会えると良いね」
「……うん」
アリスは遠い地の友人との再会を願う。
今度こそ、自分の本当の事を知ってもらうために。
こうして夜は更けていく。
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