幕間―― 1 そして動き始めるもうひとつの物語
これは黒宮ゆづきがシマン村を発ってからマルク・シャーターを討伐したあの一日で起きた、普段の焦点が当たらない物語である。
◇◆◇
先程まで暗い雲が広がり、雨が降るかと思っていたが次第に雲間より光が差し込んできた。
これはそう、新しい日を迎えるような、そんな日差しに見える。
とは言えもう昼間だ。
今からいつものように家事をして、お昼を食べて、午後からは村民のエーさんの猟の手伝いという仕事が入っている。
エーさんがなるべく人手を確保したいという事で、ゆづきを誘ってきてくれと言っていたのでそのうち隣家へ行く予定だ。
今日の当番は洗濯物と晩ご飯の支度だ。
今から外の物干しに洗濯物をかけて、午後は忙しいだろうからこれが終わったら村に買い物にでも行こうか。
昼はなぎさが作るからそれまでには戻ろう。
そんな事を考えながら洗濯カゴを抱える。
さすがに二人分の洗濯物だけでは量も少ないし軽い。
玄関を開けると強めの風が吹いていた。
ビュウと髪を流した風に多少驚きながらも、素早く物干しに洗濯物をかけ始める。
飛ばされないように留め具を付けて、空のカゴを持って玄関へ向かった。
早めに買い出しに出かけたいところではあるのだが、ドアの目の前であるものに目が止まった。
先程家を出た時には気付かなかったが、ドアノブに紙が結ばれていた。
一体誰がいつ仕込んだのだろうか、とりあえず解いて後で読もう。
◇◆◇
七瀬たまき様へ
突然みんなの前からいなくなる事を許してください。
あたしはあたしの目的のため、ここを離れる事を決めました。
またいつか再開できる日が来るのならば、虫が良いけどその時は全てを許してもらえたら嬉しいです。
最後に、無責任というのは承知の上で頼みます。
どうかはづきをお願いします。
――黒宮ゆづき
◇◆◇
A4サイズの白紙にそう殴り書きで書いてあった。
これを書いたのはゆづきか。
まったく、心臓に悪い嘘をこんな形で吐いてくるとはエイプリルフールではないのだから控えてほしいものだ。
ゆづきとはそれなりの付き合いだが、今回のイタズラは少々度が過ぎる。
そもそもイタズラなんてする人ではなかったと思うのだが、なにがどう転じてこれを書いたのだろうか。
「う、うそうそ。あのゆづきちゃんがそんな家出なんてするわけない」
椅子に座り、運動をしていないしどこにもそんな要素は無いはずなのに冷や汗が出てくる。
「でも本当だったらなんで……喧嘩?目的っていうのも気になるし……」
「なにそれ」
風呂洗いから戻ってきたなぎさが尋ねる。
「ん、ああちょっとイタズラっぽいような本当の気もしなくないような嘘みたいな手紙」
「は?」
何言ってんだこいつと言わんばかりに睨まれた。
なぎさは手紙をぶんどると、まじまじと目を通した。
「え?ゆづきさんどっか行っちゃったの」
「分からない。でもあのゆづきちゃんがそうそう簡単にここを離れるはずないと思うし、もしそうだったとしても絶対僕達に相談とかするよ」
「簡単にここを離れる事があったからこんな手紙書いたんじゃないの?」
「ん……言われてみればそれもそうだ」
だとしたらゆづきは本当にここを……
「慌てる前に確認。隣なんだからすぐ出来るでしょ」
言われずともそうする気だった。
あまり信じたくない内容ではあるが、どことなく真実が含まれている気がして身も心も強張るのだ。
――重い足取りで訪ねた隣家のインターホンをいくつも鳴らすも誰も出てこない。
あれが本当ならゆづきがいないのは確定だが、まさか取り残されているはずのはづきまでいないのだろうか。
「いない……のかな」
もう一度鳴らす。
反応がない。
「……待つ?」
なぎさにかけたその言葉は、はづきが家から出てくるのを待つか、外出していると予測してこのまま玄関先で待つか。という意味を含んでいる。
「うん、待とう。はづきはちゃんと中にいる。なんとなくだけど分かるの」
テレパシーみたいなものか、確かに二人はとても仲が良いからそういう思考を読んだりして感覚で分かるのだろう。
一般人がそんなオカルトじみた力を持っているなんてのはおかしな話だが。
カ、チャリ。
遅い動きで鍵が回された。
次にドアが少しずつ開かれた。
「はづきちゃ……」
そこからは尋常ではない負のオーラが溢れ出していた。
そこにはひとりぼっちで少女が立ち尽くしている。
ドアを開けたその姿勢のままで、暗く穢れた瞳を沈めているその顔は正気ではない。
「はづき」
なぎさはたまきとはづきの間に割って入ると、呆然と立ち尽くす虚ろなはづきの肩を揺さぶった。
「どうしたの何があったの?ねえ」
「……お姉ちゃん……」
二人は心臓を掴まれたように動きを止めた。
はづきの発する言葉をひとつ足りとも聞き逃さぬよう、沈黙し耳を傾けた。
だが鼓動がうるさい。
もはや語られるまでもなく明かされよう真実に背きたいが為の防衛本能なのだろうか。
若干のめまいに苛まれながらもたまきは踏みとどまる。
「……やだよ。お姉ちゃん、お姉ちゃんがいいの。なんで……なんでなぎさちゃんが……」
つまり訪問者が姉ではなかった事に対する八つ当たりだ。
ほんの些細な拳でなぎさの胸を叩き、はづきは泣き崩れた。
「ごめんねゆづきさんじゃなくて」
なぎさはしゃがみ、泣きじゃくるはづきを抱き寄せると頭を撫でた。
すんすん、鼻をすする音。
同時に小さな嗚咽がたまきの耳に届いた。
「何があったのかは言わなくても良いよ。その、なんて言ったら良いか分からないけど、はづきの気持ち分かるから」
「なぎさちゃん…………うあぁーーーっ!」
崩れるようにしてはづきはなぎさにすがりついた。
大声で涙を流し、辛く哀しい感情が大きく伝わってくる。
「そう……なんだ。あの手紙は本当だったんだ……」
口にして改めて現実を知る。
はづきの様子を見てからはほぼ確信していたものの、やはり嘘であってほしいという気は消えなかった。それは今でも思っている。
「なんで……ゆづきちゃん」
誰に問うでもなくひとりごとを言う。
たまきまで目尻に涙が溜まり、溢れそうになるところを袖で拭う。
「……二人とも、時間があったらあがって。お姉ちゃんの事を話したいの」
◇◆◇
「お姉ちゃん、村にいたアクセサリーの行商の人について行ったの」
玄関を通され、重い空気と暗い気配の漂うリビングの席に三人は座った。
「アクセサリーの行商なら何回か見たな……でもなんでそんなのについて行ったんだろう?」
「世界の救済って言ってたんです。昨日の夜中に家を抜け出してドラゴンの討伐?とかに行ってたらしくて。そこで勧誘されたみたいです。少し危険だけどみんなが安全に暮らせるとか言われたようで」
世界の救済とは……?
たまきはゆづきがアニメや漫画が好きだという事は知っている。
だからここが中世西洋だと受け入れて適応出来ていた。
ドラゴンなんて現世では物語の中だけの存在でしかない。
少なからずファンタジーに憧れを抱いていたゆづきなら、そんな場面に立ち会ったら目を輝かせてしまうのは必然だろう。
しかし、アクセサリー屋がドラゴン討伐とはどういう状況なのだろうか。
「なんの相談も無いなんてゆづきちゃんどうしたんだろう……」
今までもなんでもかんでも事前確認があったわけではないが、こうした大事でゆづきが独断で離れるなんてらしくない。
「私が、私がお姉ちゃんを認めなかったのが悪いんです。それですごく怒って……」
「なによ、じゃあはづきは悪くないじゃない。ただの姉妹喧嘩なんでしょう?今から村にゆづきさんを迎えに行って連れ戻して来てあげるから」
そう言うとなぎさは立ち上がり、玄関へ向かおうとする。
「待て、なぎさはここにいて。僕が行ってくる。はづきちゃん、念の為訊くけどゆづきちゃんは村にいると思う?」
はづきは首を振る。
「分からないです。お姉ちゃんが出て行ってから時間も経ってますし、もしかしたら遠くにいるかもしれないです」
「うん分かった。すぐ戻ってくるから」
今度はたまきが立ち上がり、リビングを出る。
二人と別の空間になった途端、ゆづきの事で胸がいっぱいになる。
「今は……」
もしかしたらの可能性に賭けるしかないようだ。
村に留まってやさぐれているのが一番だが、まず間違いなく例の行商人の下には行っていることだろう。
課題は完全にゆづきが行商人の言葉に呑まれる前に止める事。
行商人が悪だと決まったわけではないが、今は正義だの悪だの言っている状況でも無い。
世界がどうでゆづきの力が必要だとしてもこればかりは絶対に譲ってはいけない。
はやる気持ちと共に玄関を開け、ひしひしと感じる胸騒ぎに呼吸を切らしながらシマン村へと駆けた。
レンガ道を蹴り、広場の一角へ向かう。
行商の露店が展開されている場所だ。
そう、昨日までは展開されていたのだ、あの値が張る胡散臭いアクセサリー屋が。
「……無い。無くなってる……そんな……」
絶望した。
あまりの気の落ちように、不意打ちで涙が浮かんでくる。
だがこれだけでまだ諦めるわけにはいかない。
本日二度目の涙を拭い、聞き込みに徹する。
「――ゆづきちゃんの事見てませんか?」
「――行商の事何か知りませんか?」
何度も訊いた。
「今日はゆづきちゃん見てないわねぇ、行商人はいつのまにか帰ってたのよ〜」
違う。
「ゆづきさんは見てないっすけど、行商人が店を畳む瞬間だけは見ましたよ。忙しかったんでそこしか見てないっすけど」
違う。
「あー、ゆづきちゃん見てないねぇ。私はたまたま物陰から行商人が魔法で転移するとこしか……そういえばその時行商人が誰かといたような」
――なぜ確定的なゆづきの目撃情報が出ない。
たまきは中央広場の一角に置かれた木材に腰をかけて情報を整理していた。
行商人が店を魔法で畳んだり、魔法で転移したりするといった情報しか得られなかった。
まさかゆづきは村に来ていないのか?
だとしたら行商人がこのタイミングで店仕舞いをするなんておかしい。
「本当に偶然なのか」
気持ちの整理がつかず、思った事が口に出てしまう。
「でも行商人が店を畳んだのは一瞬で、それから魔法を使ったのもすぐだったらしいし。その時に誰かと一緒にいたらしいから可能性はゼロではないはず」
ここまで情報不足なのは、きっとゆづきの家出の時間帯にたまたま外にいる村人が少なかったのが原因だと思われる。
もしくは、ゆづきがあえて村人に目立たないよう行動したか。
いずれにしろゆづきがこの村にいる可能性はほとんど消滅した。
行商人を追おうにも行き場所は誰にも分からないだろうし、行商人と共にいた誰かがゆづきでほぼ確定だとしても今更どうしようもない。
「全部手遅れだって……そう言いたいのか」
アクセサリー屋の跡地を見据えて拳を握る。
悔しい。無力な自分が、大切に想っていた女の子ひとりすら引き止める力の無い自分が恨めしい。
一般の身でありながら世界を救おうとしているゆづきが正しいのか?
それならゆづきが言っていた『異世界転移者』という肩書きを信じた方がみんな特をするのか。
信じられないし信じたくない。
そんなの詐欺の手口のようにしか見えないではないか。
ゆづきは魅力的な言葉で出し抜かれ、うまく利用されたらどうするかなんて考えなかったのだろうか。
いや違う。
ドラゴンとか魔法とか、みんなで暮らしているよりもそっちのほうがゆづきにとっては魅力的だったのだろう。
だから恐らくはづきと同じ答えを言うであろう自分達に説明せず行ったのだ。
「そういう事か。……ハハ、ハハハ……」
これではどちらが愚かか分からない。
結局たまきの答えはゆづきを否定するわけで、でもゆづきに対して心残りがあるわけだから彼女を求める。
『――なら、その為の力があれば良いのです』
突然、誰かが話しかけてきた。声的に女性である。
視界内にいないので振り向くが、そこにも誰もいなかった。
「だ、誰!?」
感じる。気配がここだと示している。
行商の跡地、日差しを受けてキラリと何かが輝いている。
そこまで行き、地面を見ると白銀の指輪が落ちていた。
それを拾い上げ、土を払う。
「まさか品物を落として気づかなかった?届け……る義理は僕には無いけど。それで、この指輪がどうしたんだろう?」
『力が欲しいか』
間違いない。この指輪は言葉を発している。
周囲の人々は特にこれといった反応をしていないので、恐らく自分に言われているのだろう。
「えっと……」
もしかしてと思って指輪を隅々まで観察してみるが、よくあるおもちゃみたいな音声再生機能が付いているとかでは無いようだ。
『力を欲す者よ。今はまだ
「それってつまりどういう……?」
『我は王を王足らしめる古の神器。祝福しましょう。あなたにはこの力を手に入れる資質があります』
話を聞かない指輪だ。
たまきは質問を諦め、大人しく指輪の言葉に耳を傾けることにした。
『王よ、世界を我が物にしたいのならば我を受け入れなさい。愚かにも普遍な
「なに言ってるのこれ……」
内容がほとんど頭に入ってこない。
ゆづきなら理解できているのだろうか?
「僕が王だなんて納得できません。これもゆづきちゃんにやった手口と同じなんじゃないですか」
遠回しな言い方をかっこいいと思い、それに漬け込もうとしたって理解力の無いたまきには通用しない。
『チッ、めんど……』
「え?」
指輪が舌打ちをして小声でなにかを言った気がする。
『コホン。王よ、案ずる事はないです。我は王の従属ゆえ信頼に背くは死を指します。我が力、生かすも殺すもあなた次第』
「へー」
たまきは指輪を地面にそっと置いた。
『我を拒絶するか。それが我に与えられた運命と言うのな』
指輪を踏んづけた。
地中に埋まった指輪は途端に黙り、地表に露出する銀の輪も薄汚れている。
『王よ。なぜそのような事をされ』
土をかぶせた。
だが少しすると指輪を埋めた場所がモコモコとうねり、全く光を反射しなくなった指輪がたまきの目の前で滞空し、上下に勢いよく暴れている。
『ッシャァアごらぁクソガキィ!人が親切にしてやってんのになにしてんじゃおらぁ!?力欲せよ!世界手に入れろよ!このチキンが!』
さすがにカチンときたが、怒らせたのは自分なのでなにも言い返せない。
「それが本当の君なんだね」
『は!ちちち違うのです。今のはもうひとつの我、決して本性などではありません』
「堅苦しくなくていいから楽な喋り方にして。でないと今度こそ本当に捨てるよ」
『サラッと怖い事言うなあこの人は』
なんとなくこの指輪は無理をしてあんな喋り方をしていた気がする。
それこそ魅力的な言い回しで云々となんら変わりない。
途中で聞こえた舌打ちで勘付き、地面に埋めたのは賭けだったがこうもうまく本性を炙り出せるとは思っていなかった。
「まさかずっと指輪の姿なの?どうやって喋ってるの?そもそもなにが目的なの?」
『あーあーうるっさい。いちいち聞かないでよ。別の姿はあるし喋るのなんてどうにでもなるし目的は無いこれで満足?』
面倒そうに早口で告げられた。
「あ、うん。ありがとう。えと、別に指輪じゃなくてもいいんだよ?」
『んじゃどうやって契約すんの、まずは指に嵌めてもらわないと始まらないの』
「ああそういう」
一気に肩の力が抜けた。
こっちの方がたまきも楽だし、重く事を考えないで済む。
「それで契約って?」
『王のくだりは話しても多分理解出来ないだろうから話さん。契約ってのは、まあ王の力を手に入れるって考えれば早い』
「王の力……?」
『簡単に言えば魔法だよ魔法。良くも悪くも世界を変える事の出来る優れモンだ』
「騙してない?」
『ったりめえだろ』
「その力があれば大切な人を救える?」
『……好きなやつでもいんのか』
指輪は馴れ馴れしくたまきの顔面に張り付いてきた。
「いやっ……んん、違う。違うから!ただ大切なだけ。好きとかそういうのは……」
たまきは自分でなにを言ったら良いか分からなくなり、とりあえず顔から引っぺがした指輪を手のひらに乗せ、汚れを磨いて土を取り除いてあげた。
『話が進まんから言うけど、その男を救えるかはあんた次第ってとこだな』
男……?
「あれ?僕のその、大切な人って女性だよ?」
一旦話の腰を折り間違いを訂正する。
『は?あんたまさか同性愛者か』
理解した。この指輪は勘違いをしている。
「ごめん言わなかった僕が悪かった。僕は男だよ」
暫し沈黙。
『はぁあ!?……あっ……んまあそんなに驚く事でも無いんだがな、そっか。長いことここの概念に浸ってたから忘れてたわ』
たまきは苦笑いをし、再三間違われてきた事に再び軽く傷心した。
『……んあー、気にすんなって。それも王故の悩みだかんな』
この指輪が言う王とは一体どういう人物なのだ。
そもそも最初から自分の事を『僕』と言っているのに気づかなかったのだろうか。
だとしてもやはり外見がものを言うのだろうな。
『んで、契約すんの?』
「する。ゆづきちゃんを救えるのなら僕がそれをする」
『へぇカッコいいじゃん。そんじゃ契約成立ってことで』
たまきは若干の不安と覚悟を決めて、この気性の荒い指輪をはめ……
「どこにはめれば良いの?」
『……お好きにどーぞ』
気を取り直して、たまきは右手の中指に指輪をはめた。
その瞬間、身体の底から不思議な気が湧きたち、たまきを中心に一陣の風が吹き荒れた。
「……お……」
『王の力を手に入れて最初の言葉が『お』ってセンス無ぇなぁ』
「う、うるさいなぁもお」
たまきは指輪の言葉に頬を赤らめ、ささやかに反論。
『つってもまだ力のほんの一部しか取り戻せてない。これから強くなりたきゃ鍛錬を重ねるなり他の神器を手に入れるべきだな』
「神器?」
『簡単に言えば世界にとって柱になる物の事だな。見た目の事を言えばまあ身に付ける物って思えば良いな』
なるほど。
それでアクセサリー行商だったのか。
となるとあの行商人は王だのなんだのと言った事情にかなり深く関わっていると、この答えに自然と導かれる。
『さて、契約も成立したわけだし。お望み通りもうひとつの姿になってやんよ』
指輪は一度煌めき、その身から光り輝く粒子を前方に舞わせた。
粒子が渦巻き、中心から人の姿をした小さなシルエットが現れた。
「妖精……?」
手のひらほどの体長、見惚れそうなほど美しい金髪、キラキラと薄く透き通り輝いている羽。それとヤンキーのような顔つき。
小さな頃子供向けの映画でこんな姿の、妖精と形容される存在を見たことがある。
まさにそれだった。
「
リァサはたまきの左手に座ると、腕と足を組んだ。
不機嫌そうな、だが悪い気は感じない表情だ。
「僕は七瀬たまき。王とかあんたとかじゃなくて普通に名前で呼んでよ。よろしくリァサ」
「ん」
握手の意を込めて右手を差し出すと、リァサはたまきの人差し指を軽く掴んだ。
◇◆◇
ゆづきは世界を救わなくても良い。
なぜ行商人がそこまで彼女にこだわるのかは理解出来ないが、これでゆづきの理念に対抗できる力を得ることができた。
たまきの目的は、『世界を救う』というあからさまな危険に飛び込もうとしているゆづきを止め、また穏やかに暮らすこと。
世界を救いたければゆづきに頼るのではなくその行商人が勝手に救えば良い。
だからたまきの中ではその行商人は、どちらかといえば悪だ。
システムの一部としてゆづきが必要というのなら自分が替わる。
だから、まずは事情を知るためにゆづき達の居場所を見つけ出さないといけない。
そして話し合いで解決できないのなら覚悟を決めるだけだ。
こちらには王の力とやらがある。
リァサと共にはづきとなぎさを護り、いずれそこにゆづきも加える。
他の誰も戦わなくて良いように、自分が身代わりにならないと。
またみんなのあの日々を取り戻すために。
◇◆◇
シマン村でのリァサとの出会いの後、すぐにたまきは家へ帰った。
ゆづきはすでにどこかへ行ってしまったこと、代わりに王の力を手に入れたこと。
一連の出来事を説明した。
「お姉ちゃん……」
予想通りはづきは肩を落とした。
暗い顔をするも、もう涙を流すことはなかった。
「それで王の力って具体的にはなにが出来るの?空を飛んだりとか?」
なぎさが尋ねると、リァサは皿の上から自分の半分ほどの大きさのクッキーを抱え食い付いた。
「なんでも出来るさ、王を名乗るんだから半端な力じゃ拍子抜けだもんな」
腹に溜まるのかクッキーを途中でたまきに押し付けてそこらを飛び回り、自分よりも大きな雑貨に入り込んだりして遊んでいた。
口調や見た目に反してやる事は意外と可愛らしいのだった。
「そこの二人も一応適性はあるようなんだけどあいにく神器が手元に無いもんでね。悪いけどまずはたまきだけってことで」
「この二人は戦わせないよ。傷付くのは僕だけで良いんだ」
それを聞くとリァサは薄ら笑いを浮かべ、たまきににじり寄ってきた。
「おぉいー、想い人がいながらこの二人も落とそうって考えかぁ?この色男めっ」
そう囁かれ頬を肘で突かれる。
「う、うるさいっ。そういうのじゃなくて、純粋に護りたいって思ってるだけなんだって」
「んもぉそういうとこが好きだわ」
「へぇ!?」
突然の発言に耳を疑ったが、恋愛的な意味では無いというのは知っている。
つまりこれはただの愛情表現ということだ。
だとしても出会って一時間弱の人間をここまで思うとはリァサは意外と心が綺麗なのでは……?
リァサは手を広げ大きく飛び回る。
「たまき。自分の中で成し遂げたい目的があるんなら、今からでも力を磨くべきだぞ。基礎的な事までなら教えてやれるから、私と一緒に頑張ろうな」
嬉々として告げられるが、今日は先約があるのだ。
「ごめんリァサ。今日は午後から用事があるんだ」
「あぁ!?彼女と用事、どっちが大事なんだよ。断れ!」
豹変したリァサはたまきの胸ぐらを掴み、勢いよく(全く痛くない)ビンタを数発お見舞いした。
顔色ひとつ変えないたまきに顔を歪ませ、ため息を吐いて空中で踵を返す。
「……それじゃしょうがねえよな。たまきにとっては囚われのお姫様よりも村人Aのほうが大事なんだもんな。くすん、リァサはこんなダメ男とやっていけるのでしょうか……ああ、王よ!……って王こいつだった」
明後日の方向を向いて指を組むリァサの頬から一筋の光が流れた。
「わーわー!分かったから泣かないで!特訓するから!」
「よぉーしそれでこそ王の力を持つ者だ。んで?まず何からやる?」
あまりにも切り替えしの早いリァサ。
嘘泣きだとはなんとなく思っていたが、どうにも女性を泣かせるのは自分の中のなにかに触れてしまうのだ。
「んーじゃあさ、猟に役立つのとか教えてよ。この後で用事ついでに試しながらやっ」
目を鋭く光らせたリァサが鼻頭にドロップキックを仕掛けてきた。
「くほぉあ!?」
「テンメェェ!人の話聞いてたのかよ!?なんで一歩も歩いてないのに同じ事言わすんだよ鶏以下か!アホナス!」
――思うに、この二人の間に主従関係があったとしたら間違いなくリァサが上だ。
なぜ王と呼ばれ選ばれたたまきが尻に敷かれているのだろうか。
たまきは疑った。
こいつはもしかして使いパシリが欲しくて、なんとなくで自分を選んだのではないだろうか。と。
たまきは鼻を抑え、必死に反論する。
「ち、違うよ!猟っていずれにしても動物を攻撃するじゃんか、だったら弓矢で仕留めるよりも僕がやったほうが練習にもなって一石二鳥だって言いたいの」
「……ふーん、そんなこと考えてたんだ」
言い終わる前にドロップキックをしてきたのはリァサなのになんという態度だ。
「はぁ……しゃあねぇなあ。猟をするのに難しい魔法は多分使わない。いろはだけ教えてやるからちょっと表出ろ」
ヤンキーのような呼び出し方だった。
たまきの中で妖精というのはもっと上品で、愛着のあるものだと思っていたのだがリァサはまるで真反対だ。
この子は本当に妖精なのだろうか。
「は、はい……」
滲み出た鼻血を拭き取り、鼻にティッシュを詰めた。
リビングのドアを開けてリァサと共に家を出た。
「――な、なにあれぇ……」
なぎさが唖然としている。
当然だ。あれが妖精とか夢のぶち壊しもいいところで、まさかあんなヤンキーだと誰が予想できた。
「でも強そうだよ。これならたまきさん本当に強くなっちゃうかも」
「かな〜りスパルタそうだけどね」
「……まあ」
はづきはたまきの優しさを知っている。
優しすぎるのだ。
それ故にリァサを困らせまいと自分のあり方をブレさせてまで付き合わないか心配になる。
それに関してはなぎさも同様のことを思っていた。
もし兄が自壊しそうな時は自分が支えてあげないといけないだろう。
最悪の場合、あのヤンキー妖精を除去してでも。
◇◆◇
かくして七瀬たまきの特訓は始まった。
何度もリァサに暴言を吐かれながらも関心されたり、だがやはり超スパルタである。
「ひぃー!」
「情けねぇ声だすんじゃねぇ!イメージだ、魔法では想像力がものを言う。ほらもう一回!」
「ん!ぬぁああ!」
たまきの手から天へ凄まじい光線が放たれた。
リァサを掠り、ヘロヘロと地に落ちながらなにかを叫んでいた。
花畑の中から顔を出し、訝しげに近寄ってきた。
「……おい」
「うあごめんなさい」
「違えよ。凄えじゃんかあれ、やっぱ王の力は伊達じゃねえなあ。でも火力が制御出来てない。あんなのいちいちぶっ放してたら世界がいくつあっても足んねえよ」
――こんな感じでたまーに褒められる。
たまきは自問する。
なぜ自分は選ばれたのだろうか。
それは、ゆづきが語っていた『異世界転移者』だから?
そうかもしれない。
この肩書きには異様なまでに強力ななにかが備わっている。
魔法なんてまず本の中の出来事だし、それに当たり前に適応できるゆづきを少しは尊敬していた。
だから今度は自分の番だ。
こちらには『異世界転移者』に加えて『王の力』がある。
それがなにで具体的にどういう力なのかはまだ知らないが、いずれゆづきを戦いから救い出すために出来ることならなんでもする。
そして、またみんなで平和な日常を過ごすんだ。
それが七瀬たまきの決意であり願いであった。
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