覆う影を祓う願い―4
アリスは空へ剣をかざし、ゆづきはサニシアに輝きを宿した。
「内部からの結界の破り方は脆弱部分を叩くこと。でもきっとそんなのは無いから、無理矢理穴を開けるしか方法はない」
「つまり?」
「つまり『結界』という概念を崩す。それにはワタシの力が有効だけど、ゆづきのそれだと確実な破壊が可能」
結局サニシアで全てが完結してしまう。
要はこの完璧な結界を壊すべく願えば良いらしい。
「分かった。まかせて」
精神を統一させる。
目を閉じて両手でサニシアを持ち、そこへ意識を集中する。
――文字と言葉が脳内にフラッシュバックする。読み取れないし聞き取れない。だがなぜか理解できるそれを無意識に口にしていた。
「……我、願いしは」
聞き覚えがないのにどこか懐かしい響きだ。
「数多の星を束ねし神の降臨」
目を閉じているのにまぶたの向こうが眩しい。
「絶界の地を刮目せよ」
空間のうねりを肌で感じる。
「悠久の時が節目を迎えた」
なぜか左腕が痺れ、体の横へ落ちた。
するとアリスが左手を握ってくれた。
「故に求む。我が望みし力を」
この感覚は奴が再び訪れた。
“なにか”がゆづきの意識をかすめ取ろうとしている。今度はかなり強力だ。
「『邪悪な影を払う光を授けたまえ』」
刹那の間だった。
誰かと声が重なったかと思えば、眠る直前のように意識が鈍くなった。
「ゆづき、どこでも良い。結界を……」
アリスが何か話している。
だが耳を傾ける前に体が勝手に動く。
ゆっくりと目を開き、右腕を曲げる。
この時点で途方もないと感じる膨大な光がサニシアを中心に照らされていた。
それに加えてサニシアの直近の空間が歪みを見せている。
「ゆづき、ゆづき……?」
アリスはゆづきの異変を察知した。
自分の言葉がゆづきに届いていないこと、そしてサニシアで何をしようとしているのかを。
――サニシアを横一筋に振った。
音も無く光が飛び出し、遠方の闇に触れた途端空間に歪みを生み出した。
そこから光が滲む。
初めは川のせせらぎのようなものが、次第に滝の流れのように漏れ出した。
そうしてゆづきの意識は元に戻った。
今この体は自分で動かしていたが、何者かの意思が介入していた。
ゆづきは初めからサニシアを振るつもりだったし、介入者も同じ事をしようとしていたのだろう。
目的が一致したから行動を統一できた。
もし別々の事をしようとしていたら、一体どちらが優先されたのだろうか。
そんな事を考えている内にも光は影を塗りつぶしていく。
「ゆづき、やった」
アリスが安堵の表情を浮かべている。
「……ん、あぁ、そうだね。うん、やった!」
少し腑に落ちないが、アリスの顔を見た瞬間嫌気も吹き飛んで達成感が押し寄せた。
「あたし、成し遂げたんだね」
左腕に違和感が残る。
肩は動かせるが、どうにもそこから下へ上手く意識が向かない。
「ゆづき、腕から血が出てた」
またか、なぜそこに傷ができる。
「……ってアリス、その血」
かく言うアリスの左指からは血が滴っていた。
服の袖は赤く染まり、その下の惨状を物語っていた。
「ワタシの事なら心配はいらない。それよりもゆづきは大丈夫?」
「大丈夫って……」
どうしてアリスから血が出ているのだろうか。
教えろと言ってもきっと教えようとしないし、だけどその袖の下を知りたい気が捨てきれない。
「うっ……」
突然ゆづきは膝をついてうずくまった。
「ゆづきっ、どうしたの」
アリスが真正面まで来て寄り添ってくれた。
だが、これが狙いだ。
ゆづきは凄まじい速さで腕を伸ばし、アリスの左手を握った。
すかさず袖をまくり、その下の惨状を目にした。
皮膚はズタズタに傷付き、とめどない血がにじみ出てきている。
今も指を伝い、赤い雫を地面に落としている。
「……っ!」
アリスはゆづきの手を振りほどく。
乱暴に袖を戻し、ゆづきから視線を逸らした。
「なんでこうなってるのかは知ってるの?」
少し間をあけて、躊躇い気味にほんの少しだけ頷く。
「教えて、どうして左腕だけが傷付くのか」
「……代償」
「代償?」
「ゆづきのそれは神器でしょう。しかも願いの聖剣」
元の持ち主であったシイナと近しかったセリやマーシャまでもが語られるまで知らなかったと言うのに、アリスはこれの存在を知っているのか。
「サニシア、知ってるんだ」
「ん、神器は人ならざる者のための武器。いくら適合しているからと言っても人間が扱うには根本的に適していない。だけど代償を払えば無理に使用することが出来る」
妙に詳しい。
神器を使ってもいないはずのアリスに何が分かるというのだろうか。
「その代償は神器固有の能力を行使した際に払われる。特に願いの聖剣ならその機会も必然的に多くなってその分細かくも代償が増えてしまう。ワタシの左腕が今こうなったのはゆづきが背負うはずだったものを肩代わりしたから。こんな説明で良かった?」
肩代わりなんて、自分が傷付くことを分かっていながらどうしてやれたのか。
ゆづきはアリスへ目を向ける。
「待って、言いたい事は分かる。でもワタシは大丈夫だから」
「でも……」
「いいから」
御されてしまった。
この場合の深追いは良くないか。
「えっとつまりサニシアをちょっとでも使うと……」
「ゆづきの封じ込めた記憶を掘り起こそうとしてくる。もちろん人によって差はあるけど、神器持ちはこれまでゆづきしか見てないから一概にそうとは言えない。ワタシのは単なる受け売りだから」
封じ込めた記憶。ここまで来てまた目をそらしたりはしないが、それは両親を亡くして失意の日々を過ごしていた過去の自分そのもののことだろう。
「サニシアと言いマルクと言い、人の過去を探るのが好きなんだな」
サニシアは使えば勝手にそうなるし、マルクも最後には子供の頃のゆづきをコピーしていた。
「マルクの場合は精神攻撃を仕掛けてきていた。でもサニシアはゆづきの意思で使うか決められる」
「あたしが過去と向き合えるなら使えば良いけど、でもそれにくじけそうだったら」
「二度とその神器には関わらないほうが良い」
そう宣告された。
「……そっか、分かった。あたし頑張るよ、嫌な思い出もちゃんと克服する。また子供の頃のあたしが出てきたようじゃたまったもんじゃないからね」
「うん、ゆづきならきっとなんとかできる」
そうこうしている間に影はもうほとんど無くなっていた。
光に満ちて、遥か頭上からひび割れの音が聞こえてきた。
「結界が崩れる。きっと出る先はバラバラだから最後に言っておきたい。実はワタシは」
『――わたし、混ざっちゃった。これからずっと一緒だね』
「――なの」
「……?」
アリスの言葉に重ねて誰かが口を挟んだ。
そのせいでアリスが何を言っていたのか聞こえなかった。
「ごめん、なんて言った?」
「聞こえなかった?ワタシはゆづきの」
ゆづきとアリスの中間にひびが入った。
と思えば次の瞬間にはそこの空間がガラスのように砕けた。
「ゆづき!」
「シイナさん!?」
これはおしゃべりどころではない。
アリスから大事であろう事を聞きたいが、それはシイナが許してくれなさそうだ。
「君が生きてて良かった。さあ、帰ろう」
シイナは空間の裂け目をくぐり結界内へ足を踏み入れた。
「オマエ、さてはこの機を伺っていたな」
アリスはシイナを睨みつける。
「さあ?なんのことかな。私はただずっとこの結界を外から破ろうと尽力していただけだよ」
シイナは自然な動きでゆづきの手を取る。
「やめろ、ワタシから安寧を奪うな」
「悪いけどゆづきは君個人のために存在しているわけではないんだ。どういう理由でゆづきを求めるのかは知らないが、いいところで諦めたまえ」
静かで冷たいシイナの言葉。
もしこれを言われているのが自分だったらと考えると、かなり精神的なダメージを受けてしまうだろう。
「……くっ、返せ!」
「というより君達は敵同士だろう?組織間の戦いに私情を持ち込むなんて愚かでしかないよ」
シイナは腕を横へ振った。
裂け目の外から植物のツタが姿を現し、アリスに襲いかかる。
アリスは後退して剣でそれらをまとめて斬り伏せ、その流れでシイナへ飛びかかった。
「しつこいね、君」
一旦ゆづきから手を離し、シイナは両腕を広げた。
「アリス!」
このままではシイナの攻撃をまともに受けてしまう。
そうしたらアリスが無事でいられる保証は無い。
なら、今自分が出来ることは。
「やあああ!!!」
「っ!ゆづき!なにをする!」
シイナの腰へ突進し、裂け目の外へ押し出した。
もちろんその後も拘束のためゆづきはシイナにへばりついたままで、アリスは中から様子見で顔を覗かせている。
「行け!アリス!逃げろ!」
初めは敵だった。
でもそれも暗黒の中で溶けていき、たった少しの時間で友達、ゆづきにとってはそれ以上とも感じるほど大切だと思えた。
だからまた会いたい。
今度は、きちんと話をしたいから。
「ゆづき、ありがとう」
アリスは光溢れる結界内へと姿を消した。
裂け目はまだ残っているので追おうと思えば追えるが、何人たりともゆづきはここを通さない気だ。
「ゆづき!どういうつもりなんだ!」
「アリスは!……あの子は悪い子じゃないんです。だから見逃してあげてください……」
「いくら君の頼みでもそれは聞けない、彼女は私にとって重要な事を知っているから!」
「でもやめてください!アリスは、あたしの友達なんです!」
裂け目が縮小する。
シイナはゆづきをどかそうともがくが、ゆづきも必死でそれを抑え込む。
夜空を貫く光の筋が細くなり、そして消えた。
土の感触、森の匂い。
夜の帳に散りばめられた星々と月の明かりが大地を優しく照らしていた。
「……もういいよ、間に合わなかった」
明らかに気の落ちたシイナの声。
事後になるとゆづきも罪悪感を感じる。
シイナの役に立ちたいと思ったばかりなのに、重要な対象を自らの手で逃した。
しかも敵であるのに友好関係を築いたともなれば誰の不評を買っても不思議ではない。
「その……ごめんなさい……」
ゆづきはシイナから降りる。
「君は許されない事をしたよ」
心臓を掴まれたようだった。
その恐怖に冷や汗と共に涙が浮かんできた。
「だから罰としてサニシアは没収だ」
この結果は受け入れるしかない。
だが不思議とゆづきは後悔をしていない。
「でも、マルクを倒したのは君だろう。その件に関しては良くやってくれた」
確かにマルクは自分が倒したが素直に喜べない。
「だから私は君を許す。多少甘いだろうけど、サニシアの没収を考えれば良い釣り合いだと思うからね」
シイナの顔が怖い。
これが大人の強制力というものか。
いいや、今回はゆづきも悪いところはあるのだから強制ではないのか。
「……はい」
複雑な感情を抱きながら引きつった笑みをシイナに返した。
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