第63話 掃除機と魔法陣

 宝箱アイテムの1つ〈亜空間式土掃除機〉は、オレンジ色を基調としたコンパクトなハンディタイプの掃除機……かと思いきや、ノズルと本体を結ぶパイプ部分が自在に伸びる素材で出来ているため、簡単にスティック型に変形させることが出来た。


「おお! ほら、本当に土吸いまくりなんだけど!」


 涼坂家にもスティックタイプの掃除機があり、しょっちゅうお手伝いをしていたユイは、事もなげに使いこなしている。

 しかも、吸引力が凄まじく、スイッチを入れた掃除機を地面に向けているだけで、どんどん土を吸い上げ、あっという間に人がひとり入れるほどの穴があいた。


「ほらロフニス、見てみて!」


 ユイは自慢げに穴を指さす……が、ロフニスは浮かない表情のまま、穴のある方へ近づいて来ようとしない。


「ん? どした?」


 掃除機を地面に置き、ロフニスの元に駆け寄る。


「大丈夫? 調子悪いの?」

「いや、そういうわけじゃ……実は僕、地下が苦手というかなんというか……」


 ロフニスは、もじもじしながら、ばつが悪そうに言った。


「そうだったんだ。ごめんね! 無理矢理見せようとしちゃって」

「ううん、ユイが謝ることじゃないから! 具体的に言うとさ、小さい頃、知らないうちにひとりで地下ダンジョンに迷い込んじゃって、そこで怖い目にあったんだよね。でも、どんな怖い目にあったのか具体的なことは思い出せないんだけど……」

「ヤバい魔物に出会っちゃったとか?」

「うーん、かも知れない。ショックで忘れちゃったのかも」


 ロフニスは、ははっ、と自嘲気味に笑った。


「そっか。まっ、もしそうだったらもう大丈夫だね」

「えっ?」

「だって、ここにめちゃくちゃ強い剣士がいるじゃん!」


 ユイは、自信満々のドヤ顔でニヤリと笑って見せた。


「……だね! 頼もし過ぎるぐらい」


 ははっ、と笑うロフニス。

 今度はとても自然な笑顔だった。


「でも、とりあえず、まずは私だけで地下に潜ってみるね。ほら、銅像の様子を見張ってる役も必要じゃん?」

「……うん。ありがとうユイ。よろしくお願いします! その分、僕にやれることは何でもするから。石の種類とか図鑑で見たことある範囲なら結構分かるし……あっ、そうだ、これの使い方も」


 そう言って、ロフニスは宝箱の中から〈地下専用魔法陣エレベーター〉を取り出して地面に置いた。

 それは、ユイが普段の生活でよく目にする〈マンホール〉に似ていた。

 黒色の円形、サイズ感もちょうどそんな感じ。

 厚みは10センチ程度で、いつも地面に埋まっているマンホールの厚みがどれぐらいあるのか実際のところは分からないユイだったが、何となくそれほど遠くない気がしていた。

 そして、一番の特徴は表面に描かれた模様。

 読めない文字、記号、細かい絵、直線や曲線が立体的に描かれている。


「ほらユイから見て、左の方に〈■〉の記号、右の方に〈★〉の記号があるの分かる?」


 ロフニスから言われて、改めてジーッと魔法陣を観察するユイ。

 たしかに、その2つの記号だけ、他のよりも大きくて目立っていることに気付く。


「うん、見つけた!」

「そう、それがこの魔法陣のスイッチなんだ。足で踏むことで切り替えるんだけど、試しにやってみる?」

「えっ? ここでやっちゃっても大丈夫なの?」

「もちろん。これは”地下専用“のエレベーター。だから、地上で使っても何も起きない……はず」

「わかった! そんじゃ、やってみるよ」


 ユイは少し緊張気味に、右足で〈■〉を踏んでみた。

 すると、魔法陣がボワンッと音をたてながら、赤く光った。


「おお! じゃあ今度はこっち!」


〈■〉から足を離すと光が消えて、〈★〉を踏むと青く光った。

 また足を離すと、魔法陣は元の状態に戻る。


「へえ、面白い! でも、光るだけで何も起きないのは地上に置いてるからなんだよね?」

「その通り。ちなみに、〈■〉が下降で〈★〉が上昇のスイッチ。つまり、赤く光っている時、エレベーターは下に降りていって、青く光ってる時は上に昇っていくってこと」

「おお、分かりやすい! ねえねえ、実際にやってみて良い?」

「もちろん! さっきユイがあけた穴でやってみようよ……って、もう少し土を吸ってみないと分かりづらいかも──」


 ロフニスが言いかけたその時。


 ヒューッ……ズドォォォォォンッ!


 上空からの攻撃が銅像の頭上にある岩キューブを破壊。

 つまり、ロフニス像はむき出しの状態になってしまった。


「やばっ! 急いで次のやつ持ってこなきゃ!」

「うん! とりあえず僕は石取スキルチョーカーで砦を補修しとくから、ユイは土を吸っといて!」

「りょーかい! お互いがんばろ!」

「おう!」


 ふたりはがっちり握手を交わしてから、それぞれやるべき作業に取りかかった。

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