第27話 隠れみのオーブ

 ユセリの話では、彼女が住む魔物の国ミリゼアの調査団が、涼坂家のリビングが転移してきたこの森の調査を行うのが明日──いや、日付が変わって今日の昼頃。

 ロフニスの話では、彼が住む人間の国ロフレアの調査団がこの森の調査を行うのも今日の昼頃。


「えっ、こっちの世界では昼頃に調査するのがお約束なのかい? って、そんなことより、細かい事情は分からないけど、双方の国の調査団ってのがかち合うとマズいんじゃないの? お互い怪しんでるがゆえの行動なわけだし……」


 直樹は、2人の顔を交互に見やる。

 足下のささみも心配そうに「にゃーん」と鳴いた。

 直樹とささみ、そして寝ぼけ眼の歩斗と優衣がリビングの中に立ち、夜の森を抜けてやってきたユセリとロフニスの2人と向かい合っている状況。

 歩斗と優衣はもちろん、ユセリとロフニスも見た目だけで言うとまだ子ども。

 直樹はこの場に居る唯一の大人として、自分の子供らには「早くベッドに戻りなさい」と、そして異世界の子供らには「こんな時間に外を出歩くなんて危ないから、早くお家に帰りなさい」と言うべきなんじゃないかと迷っていた。

 しかし、ユセリとロフニスの目は真剣そのもので、話の内容も理にかなっている上に信憑性もあり、とても無視できる状況では無いとも感じていた。


「もし、二つの調査団がかち合ってしまった場合、最悪戦争なんてことも……」


 ロフニスが神妙な面持ちで答えると、隣に立っているユセリも「あり得なくはないよね、それ」と重ねて強調した。


「うわっ、戦争とかやば!」

「やば!」


 歩斗と優衣は大袈裟に驚いて見せた。


「戦争って……そこまで、そのロフレアとミリゼアは対立関係にあるんだ?」


 直樹は、異世界の2人それぞれの顔を見ながら訊いた。

 向こうの世界に行って始めて出会った人間のポブロトと話してる感じでは、そこまで緊張状態にあるようには思えなかったからだ。


「うーん……対立っていうか、まあ微妙と言えば微妙って感じなんだけど……」


 先に口を開いたロフニスだったが、慎重に言葉を選んでるように見える。


「うん。昔はガンガンやり合ってたみたいだけどね。今はそこまでじゃないと思うけど……大人たちはどう思ってるか正直分からないって感じかな、ねっ?」

「あ、うん、そうそう、そんな感じ……」


 そう言うユセリとロフニスの間にも微妙な距離感があるようで、それがこの世界の情勢を物語ってるのかな……なんてことを直樹は思っていた。


「そっか。まあ細かいことはさておき、とりあえずどうにかしてバッティングしないように出来ないのかな? 例えば、調査団派遣の予定を明日にずらしてもらうとか?」


 直樹は、我が家のせいで両国が戦争に発展するなんてことは絶対あってはならないと、痛切に思いながら提案した。

 何より、せっかく自分の家のリビングから異世界に旅立てるという、あり得ないほど貴重な現象が起きたのに、それが壊れて欲しくないという思いもまた。

 

「派遣を明日に伸ばすのは難しそうだけど、時間だけならずらして貰えるかも。ねえ、キミは……」


 ユセリは隣に立つ少年の顔を見た。


「ロフニスだよ。僕も、時間を変更して貰える可能性は十分あると思う」

「そう、じゃあロフニス。私はパ……知り合いに頼んで調査団の派遣を昼前ぐらいに変更できるようにして貰うから、そっちはなるべく遅い時間にずらして貰える?」

「オッケー! たぶん、大丈夫だと思う!」


 小さな"各国代表"の間で、交渉が成立した。

 それを見ていた歩斗と優衣は、


「ユセリすげー、やるな!」

「ロフニスも! なんかすごい!」


 と、純粋に賞賛の声を上げていた。

 それを見ていた父親の直樹は、自分の子らと異世界の2人の大人っぽさにギャップを感じつつ、なにより自分自身の未熟さに対して苦笑いせざるを得なかった。

 なんだかんだ言ってリビングの外に広がっている世界はという感覚だったのだが、目の前の少年と少女の姿、言動を目の当たりにすると、それは決してゲームの世界なんかではなく、現実としてそこにあるリアルなものであることを否応なしに痛感させられる。

 と同時に、そうであってくれて良かった、と直樹は心底思っていた。

 なぜなら、心のどこかでこのロフミリアという異世界は夢や幻想の類いで、何時間か何日か分からないが、あるとき突然何事も無かったかのように綺麗さっぱり消えて無くなってしまうんじゃないか、という漠然とした不安を抱いていたから。

 だからこそ、この世界をリアルに感じられる喜びを抱くのと同時に、戦争なんて物騒なことは絶対に起こしちゃいけないと、やる気をみなぎらせていた。


「それじゃあ、2人とも。我が家のことで申し訳ないけど、時間調整宜しく頼むよ」


 頭を下げる直樹に対し、ユセリとロフニスはコクリと頷いて返した。


「本当にありがとう。ただ、もしそれで双方の調査団が鉢合わせせずに済んだとしても、根本的な解決にはなってないと思うんだよね。ウチが勝手に転移して来てしまったのに言える立場じゃないんだけど、調査団……先に来るのはミリゼアの方だよね。そのミリゼア調査団がこの我が家の存在に気付いたとして、一体どうなるのか……」

「それは……たしかにマズいかも。私の国の調査団からしたら、見覚えの無いものということはつまり人間の国ロフミアの仕業だと思うし、ロフミアからしたら魔物の仕業だと思うし……」


 ユセリの目に不安の色が滲んだ。

 と同時、ロフニスの目が希望の色でキラッと輝く。


「アレだ! アレさえあれば何とかなるかも!!」

「えっ? アレってなに??」


 ロフニスのアバウトすぎる言葉に対し、具体性を求める優衣。


「アレっていうのは……〈隠れみのオーブ〉だよ! それさえ手に入れることができれば……!」


 ロフニスが興奮気味に叫ぶが、優衣はキョトンとするばかり。

 しかし、同じ世界に住んでいるからか、ユセリは目を大きく見開き、


「それだ! この状況を解決するのにピッタリすぎる! やるなロフニス!」


 と、人間の少年を褒め称えた。

 少年は「へ、へへへ」と照れくさそうにポリポリと頭をかき、それを見た優衣はなぜかムムムという表情を浮かべている。

 それに比べて歩斗はと言えば、何が何だか分かってないくせに、おおっ、と単純に感心していた。


「ねえ、おふたりさん。盛り上がってるとこ悪いけど、その〈隠れみのオーブ〉っていうのはどういったものなのかな? 隠れみの、っていう語感から何となく想像がつかないこともないけど」

「にゃーん」


 直樹とささみは揃って異世界の2人の答えを待った。

 

「えっと、〈隠れみのオーブ〉っていうのは、一定範囲内にあるものを他の人間や魔物に見せないようにすることができるアイテムなんです」


 ロフニスが切り出す。


「そうそう。それさえあれば、アユトんちを隠してどっちの調査団にも見つけなくさせることができるってわけ!」


 ユセリが付け足した。

 

「それは凄い! でも、そんな使えるアイテム、どうやったら手に入るのかな? 何となくだけど、簡単に入手できるようなものじゃ無さそうな……」

「北の大地……だよね、ロフニス」

「うん、だろうね。使えるアイテムほど北の大地にある、ってことわざがあるぐらいだし」


 2人の答えは一致。

 直樹の脳裏に、陽気な商人から聞いた言葉がよぎった。


「北の大地……って、なんかヤバいんだよね? ポブロトっていう人から聞いたんだけど」

「えっ? ポブロトさんのこと知ってるんですか?」


 ロフニスは驚いた顔して直樹に訊いた。


「あ、うん。こっちの世界に来て始めて会ったのが彼だったんだよ」

「へー、ポブロトさんと。……って、横道それちゃってすみません。北の大地はたしかに危険です。ただ、〈隠れみのオーブ〉があるのは、たぶんこの森との境界線付近だったような……ねっ?」


 ロフニスは隣のユセリに確認を求めた。


「うん。だったと思う。危険は危険だけど、絶対無理じゃないと思うよ。アユトの弓矢があればね!」


 ユセリは歩斗に向かってウインクした。

 リップサービスという言葉をまだ知らない歩斗は、素直に「へへっ」と照れながら喜んでいる。

 

「なるほどね! まあ、どう考えてもこの状況を打破するためにはその〈隠れみのオーブ〉ってのを手に入れるしか無さそうだし、チャレンジする価値は十分あるってことだよな。って、話がゴチャゴチャしてきたからちょっと整理してみようか」


 直樹は異世界側のユセリとロフニス、そしてリビング側の歩斗と優衣とささみの全員に向けて語り始めた。


「まず、二つの調査団が鉢合わせしないように、ユセリちゃんとロフニス君にそれぞれの国へ戻ってもらって、調査団の派遣時間をずらしてもらう。それが上手く行けば、ミリゼアの調査団が今日の昼前、ロフレアの調査団が今日の午後にここを調べにやって来る。と言うことは、可能性として最も早く我が家が見つかってしまうのが大体10時頃あたりだろうか。つまり、それまでに北の大地へ行って〈隠れみのオーブ〉を見つけてここに戻ってくる必要があるってわけだ。そして、個人的な話で恐縮だけど、今日は月曜日。つまり仕事に行く必要があるってことで、冒険に出て帰ってくるまでのタイムリミットは……ギリギリ朝7時ってとこかな。それまでに〈隠れみのオーブ〉を見つけて戻ってこないといけない。俺とささみで……」

「えっ? ボクは?」

「わたしは??」


 小さな弓使いと小さな剣士は、当たり前のように自分も冒険に出ると思っていたようで、父の呟きに対して即座にクレームを付けた。


「おいおい。いま何時だと思ってるんだよ……」

 

 直樹はリビングの壁掛け時計に目をやると、針は2時半の辺りをさしていた。

 親としては、子どもがこんな時間に起きてリビングに居ること自体、看過できることではない。

 ただ、その一方で、レベル1の自分とレベル2のささみだけで、危険な北の大地とやらに出向いて無事帰って来ることができるのかという不安も──


「パパとささみだけじゃ無理だよ! ボクの弓矢が無いと!」

「そうだよ! わたしの剣が無いと! レベル6だし!」

「ぎくっ……」


 そう言われると、初心者魔法使いの直樹としては言い返す言葉が見つからなかった。

 いや、なんとか一つだけ見つけ出した。


「そうだ、2人とも。今日が月曜日ってことは、学校に行かなきゃダメ──」


 と言いかけたその時。


「大丈夫。明日は学校の創立記念日でお休みだから」


 と、背後から声がした。

 直樹が振り向くと、そこにはようやく目を覚まして起きてきた香織が、なぜかドヤ顔で立っていた。

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