第28話 北の大地には誰が行く?
「よっしゃー! そういえば明日休みじゃん! 冒険しまくりだぜ!!」
香織の言葉を聞いた歩斗が小躍りして喜びを表した。
「わたしも忘れてた!! っていうかお兄ちゃん、だったら宿題頑張ってやる必要なかったんじゃないの?」
「……あっ! くそぉぉ、損したぁぁぁ!!」
優衣の言葉により、一転して頭を抱えて悔しがる歩斗。
「おいおい、歩斗。勉強やって得することはあっても損はしないからな。それに、何事も早め早めに終わらせるに越したことは──」
「あら。そういうあなたも『やべぇ、明日出さなきゃいけない書類まだ終わらせてなかった!!』とか焦ってる姿よく見るような気がするけど?」
「そ、それは……」
父親として良きアドバイスをしてやろうとした直樹だったが、香織からの的確な指摘により見事撃沈。
「ったく、まいったなあもう」
頭をかいておどける直樹を見て、歩斗と優衣はゲラゲラ楽しそうに笑う。
さらにその様子を見ていた異世界のユセリとロフニスもクスッと笑ったが、その眼差しにはどことなく羨ましそうな想いが滲んでいる。
会社ではチームのリーダー的責務を負っている直樹は、自然と周りのみんなの顔から感情を読み取るクセがついていたため、異世界の二人の微妙な表情に気付いた。
と言っても、初対面も初対面。
さらに文字通り住む世界も違うとあっては、その反応に対してどう切り込んで良いのかなんてさっぱり分からず、さらに大袈裟におどけて笑いを誘うので精一杯だった。
「ははっ、もうパパ早く行こうよ!! 会社遅刻して怒られちゃうよ!」
「そーそー。ちゃちゃっと行って、サササッと隠れみのオーブってやつ取ってこようぜ!」
歩斗と優衣はゴーゴーと右手を振り上げながら父を急かす。
「こいつら、いっちょまえな口利きやがって……。つーか、いくら学校が休みだからって、こんな真夜中に出歩くのはどうなんだ? しかも、異世界だぞ? ここは、俺が一人……いやささみと二人で──」
「無理。たぶんすぐ死んじゃうから」
直樹の言葉をズバッと斬り捨てたのは魔物の国の少女ユセリだった。
「だろうね。パッと見レベル1っぽいし、とても北の大地から無事に帰って来られるとは……」
人間の国の少年ロフニスがダメ押しする。
「……分かった分かった! 俺だって死にたくないしな。その代わり、二人とも無茶だけはするなよ?」
「うん! やったー!」
「いえーい! 冒険冒険!!」
「にゃーん!」
「ったく……ふっ」
やれやれだぜ的な顔をした直樹だったが、内心では心躍っていた。
なぜなら、最近あまり一緒に過ごせていなかった子ども達と一緒にいられること、異世界を冒険できることがシンプルに嬉しかったのだ。
何はともあれ、こうして北の大地遠征パーティーが結成された。
メンバーは以下の通り。
涼坂直樹レベル1(武器:魔法の杖)
歩斗レベル2(武器:木の弓矢)
優衣レベル6(武器:ピンクゴールドの剣)
ささみレベル2(武器:素手)
なお、まだ異世界で草むしりしかしていない香織は留守番。
「じゃあ、私は急いでミリゼアに戻って調査団の時間を……って、そうだ。ねえ、アユト」
歩斗に向かって手招きするユセリ。
「ん? なに?」
「ほら、それの使い方教え忘れてたから」
ユセリは歩斗が首に付けっぱなしにしていた魔物召喚スキルチョーカーを指差した。
「あっ、そうそう! せっかくスララスと仲良くなったのに呼び方聞いてなかったよね!」
「うん。簡単だけどね。手でチョーカーに触れながら『出でよスララスやーい!』って叫ぶだけだし」
「オッケー! 出でよスララスやい! ね? あれ……スララスやい? それともスララスやーい?」
「どっちでもいいよそんなの! 呼ぶ感じの言い方なら何でも大丈夫だから。ねえ、あとさ、弓矢についてだけど」
「うん、なになに? ボクったら弓矢の才能ありすぎるから、あんまり魔物をいじめすぎるなって? わかったわかった。ほどほどに──」
「違うよもう! まっ、上手いのは認めるけど!」
「そ、そうかなでへへへ」
歩斗は自分から言いだしたくせに、顔の全パーツが溶けて落ちてしまうんじゃないかというほどの照れっぷりを見せた。
そんな息子の様子を見ていた直樹と香織は、感慨深げに目を細める。
社交的な優衣と比べて明らかに人見知りするタイプだった歩斗が、知り合ったばかりの女の子とこんなに楽しそうなやり取りをしていることに対し、驚き半分喜び半分といった親心。
「だからね、矢を当てるコントロールは凄いと思うけど、レベル1だと攻撃力はたかが知れてるから、正直戦力にはならないと思うの」
「そ、そういうもんなの??」
「うん。だから、レベルが低いうちは攻撃よりも回復役に徹した方が良いと思うんだよね。っていうか、あの時見つけた矢ってたぶん回復用のやつだし」
「えっ、そーなの? じゃあ、味方に撃つと回復させることができるってこと?」
「そうそう! だからバトルになったら、スララスを呼んで攻撃はスララスに任せて、アユトは弓矢で回復する、って感じでやったら、めちゃくちゃ活躍できると思うんだけど……
」
ユセリは、自分のアドバイスに自信はあったものの、弓矢を手に入れたばかりの子に攻撃しないで回復しろって言うのはさすがにどうかな……と不安になってる様子。
しかし。
「オッケーわかった! ガンガン回復しまくるぜ!」
歩斗はビックリするほどスルッと素直にアドバイスを受け入れた。
「うん! さすがアユト! そういうの凄く良いと思うよ。それじゃ、私行くね! 隠れみのオーブ、絶対見つけて来て!」
「おう! ユセリも調査団の時間調整なんちゃらってやつよろしくな!」
手を振る歩斗に見送られながら、ユセリはピョンピョンと跳ねるように真夜中の森の中へと消えて行った。
「よし、じゃあ僕も国に戻らないと。あっ、そうだユイこれ」
ロフニアはポケットから何かを取りだして見せた。
「えっ? なになに?」
興味津々の眼差しで、トコトコと彼の元に歩み寄る優衣。
「これって……なに?」
それは、コンサートのチケットのような1枚の紙切れだった。
「これは〈地下移動式自動販売機〉の召喚チケットさ!」
ロフニアはドヤ顔で言い放った。
しかし、優衣はもちろん、その場に居た全員がキョトンとなっている。
「あっ、ごめん。まず自販機の説明しなきゃだよね。〈地下移動式自動販売機〉っていうのはね、まあざっくり言うといつでもどこでも呼んだら来てくれるお店、って感じかな? ほら、ユイが魔物倒したとき銀貨とか金貨とか貰えたよね? あれを使って買い物できるんだよ」
「おお、これね!」
優衣は何故かパジャマのポケットの中に入れてあった銀貨と金貨を取り出した。
「そう、それそれ。で、この召喚チケットを地面に置いて『出でよ自販機やーい!』って呼ぶと来てくれるんだ」
「ふぇー! 凄いねそれ! ねえ、やってみよやってみよ!」
優衣はロフニスの手からバッとチケットを奪い取り、早速地面に置いて自販機を呼ぼうとした。
「ちょ、ちょ、ちょ!! 待って待って!」
慌ててそれを止めるロフニス。
「えっ? なんで? 銀貨ちゃんと持ってるよ?」
「うん、それは良いんだけどね、自販機の品揃えって呼ぶ度に変わるんだ。それって基本はランダムなんだけど、ちょっとした規則性があってね。安全な場所で呼んだ時はそれなりの武器やアイテムしか無くて、反対に危険な場所で呼ぶとかなり良い物が揃ってたりするんだよ。ちなみにいまチケットはこの1枚しか無いからさ、慎重にタイミングを考えて召喚した方が良いかなって」
「へー、そっかぁ……」
優衣はあからさまに肩を落としてがっかりムード。
「なるほどね。でも、この初心者パーティーで行くとしたら、予めなるべく装備を調えて置いた方が良いような気もするけど、どうなのかな?」
RPGで新たな土地に行く前には、必ず経験値稼ぎをしつつお金を貯めて最高の装備を揃える派の直樹がロフニスに訊いた。
「えっと……僕の見立てでは、北の大地が危険な場所とは言え〈隠れみのオーブ〉があるダンジョンの攻略だけなら、ユイたちのパーティーでも問題無くいけるんじゃないのかなって思うんです。実際に行ってみて、厳しそうな雰囲気だと感じた時の切り札としてチケットを使った方が良いし、北の大地で召喚する方が間違い無く自販機の品揃えが圧倒的に良いんじゃないかって」
「そっかそっか。それなら、そうしよう! なんせ、このパーティーは初心者だらけの集まりだからね。ロフニス君、良きアドバイスありがとう!」
「い、いやそれほどでも……ははは……。って、そうだ、紙とペンあります?」
ロフニスは、彼にとって異世界である涼坂家のリビングの奥をチラッと覗き込みながら言った。
「うん、ちょっと待ってて」
すかさず香織がダイニングテーブルの上に置いてあったメモ用紙とペンを持ってくる。
「ありがとうございます! ざっくりですけど、北の大地のダンジョンまでの道のりを書いておきますんで、これを目印にして目指してください」
ロフニスは香織から紙とペンを受け取ると、ササッと地図を書いて返した。
「おお、それは助かる! ありがとうロフニス君!」
「ありがとう!」
「サンキュ!」
「にゃーん!」
「い、いや、それほどでも、ははは」
涼坂家の全員から感謝攻撃を受けたロフニスは、顔を赤らめてはにかんだ。
「じゃあ、急いで国に戻って調査団の件なんとかしてくる! ユイ、頑張ってね!」
「うん! 行ってら~」
手を振る優衣に見送られながら、ロフニスは森の中へと消えて行った。
「よし、ユセリちゃんとロフニス君の頑張りを無駄にしないように、何としても北の大地のダンジョンを攻略して〈隠れみのオーブ〉を手に入れるぞ!」
「おー!」
「おーおー!」
「にゃーん!」
「ふふふ」
かくして、涼坂家パーティーの冒険がはじま──
「あっ、その前にちょっとトイレ行ってくる」
「あっ、わたしも!」
「あっ、僕も!」
「にゃーん!」
「ふふふ」
直樹たちは我先にと争うようにトイレに向かった。
深夜から早朝へと変わり始めるつつある時計の針は、タイムリミットである午前7時を目指して確実に回り続けていた。
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